第13話 『図書館』沈黙?

 ────夕食後 茂木恋の部屋


 1日ぶりに自宅で夕食を食べた茂木恋は、部屋で横になりながらスマホをいじっていた。

 プレイしているのは勿論、グラブル。

 丁度、六道武器のイベントが来ていたため、トッププレイヤーのみりんさんに手伝って……酷い言い方をすれば寄生してレアアイテムのドロップを狙っていた。


「よしっ! 経典ドロップ! これで後20個だな」


 狙いのアイテムが出たことを喜ぶ茂木恋の元に何やらツイッターでリプが送られてくる。

 相手はいつものみりん……ではなく、初心者プレイヤーの『妹花まいか』さん。


 最近グラブルを始めたらしい。

 顔を微妙に隠した自撮りをツイッターに投稿する、いわゆる姫プレイヤーであった。

 茂木恋はこう見えて、否どう見ても女好きでありオタクであるため、『姫』タイプの女性にはめっぽう弱かった。


『レンくん、みてみて! 緑の倒したよ〜』

『あ! ティアマット討伐すごい! 初めてすぐ倒せるようなモンスターじゃないから妹花ちゃん上手すぎるよ! 流石妹花ちゃん、100回ファボしたい!』


 偶数回押したら取り消してしまうのだが、そういうツッコミどころを残してリプしたつもりであったが、残念ながら妹花まいかからの返信はなかった。

 こういう素っ気ない態度もかえって茂木恋の心を掴む要因となっていたのだが、狙ってやっていたのであればこの妹花という女性プレイヤー、中々の男たらしであろう。


 再び通知がなる。今度は32歳既婚者のみりんさんである。


『ゼノウォフ乙。ドロップした?』

『ドロップしましたよー。いつもいつもすいません。みりんさんには頭が上がらないっす』

『いやいや、いいんだよ。レンとは長い付き合いだからね。そういえば、レンの彼女たちどうなった?』

『あ、その話ですか。進展がありますよ!』

『ん? どうなったの?』

『1人が更生しましたね。文化祭で褒めて褒めて褒めまくって、自信がついた感じです。色々あって俺はボロボロになりましたけど』

『ボロボロは草。殴り合いでもしたの?』

『殴り合ってはいませんね。こっちが一方的にボコされました』


 そうして、桃井美海との一悶着についても茂木恋は話した。


『へー、レンには他にも女がいるんだ。というか許嫁って……マジでモテモテじゃん』

『他人事だからそう言えるんですよ。さっきの暴力女子のパンチはマジで痛いんですって! パンチで人が吹っ飛ぶんですよ!? DVとかそういうレベル越えちゃってるやつなんで』

『レンがその許嫁から逃げたいから彼女が欲しいってのは分かったよ。まあ、目をつけた女の子たちみんなメンヘラだったわけだけどw』

『草はやさないでくださいw』

『レンもはやしてるじゃんw だったらさ、他に良さそうな女の子はいないの? この調子だとレンの近くには可愛い女の子がいっぱいいるでしょ』

『んー、それはどうでしょう。あっ、でも最近近くに可愛い女の子が引っ越して来ましたね』

『えっ! それはもう運命でしょ! 絶対運命の人だよ。メンヘラ女たちは放って置いてその女の子狙うべきじゃない?』

『いや、でも相手は小学生・・・・・・ですよ。めっちゃ小さいんです。それに、今の彼女たちは俺がちょっかい出しちゃったんです。彼女たちの問題を解決するまで、他の女の子には手を出すつもりありません。それが俺なりの……けじめだと思ってます』


 ツイッターで姫プレイヤーにちょっかいを出しているのはどうなんだという話であるが、茂木恋はリアルとネットを区別するタイプなのであった。


 会話に区切りがついたところで、茂木恋は今日起きた出来事を思い出していた。

 どうにも自分の頭だけでは対処のしようがない問題にぶつかってしまったと、茂木恋は困っていたのだ。


 話は本日のお昼前に巻き戻る。

 水上かえでとの図書館デートの時間まで巻き戻る。



 *


 ────お昼前 水上かえでの家


 水上かえでからリストカットの画像が届いた後、茂木恋は自転車で彼女の家へと全力でペダルを踏んだ。

 中学校の頃、水上かえでと大した面識がなかった茂木恋であったが、彼女の家は知っていた。


 むしろ、知らない人は茂木恋の学区にはいないと言っていいであろう。

 風邪や病気で『水上クリニック』のお世話になる人は多い。

 そう、忘れがちであるが水上かえでの家はクリニック。

 両親ともに医者であり、家は街の小さな医院──それが水上かえでという少女だった。


 水上クリニックに入り口から入り、受付に水上かえでの知り合いであることを告げると、すぐに外にある階段から家に入るように促される。


 完全に仕事用のスペースと生活用のスペースは区切られているようで、二階にはインターホンがついていた。

 インターホンを押すと、聴き慣れない女性の声が彼を出迎えた。



「あら、どちら様?」

「お、俺は水上さんの友人の茂木恋です。水上さん大丈夫ですか!?」

「あら、私も水上だけど」

「ああああ、違います! 水上かえでさんです」

「わかってるわよ。ちょっとからかっただけ。貴方が噂の茂木くんね。鍵を開けるからちょっと待ってね」


 声が途絶えた後すぐに、扉が解錠される。

 扉を開くとそこには、水上かえでの母親が……下着姿で待ち構えていた。

 水上かえでの母のスタイルはいわゆるボンキュッボンで、水上かえでがお父さん似であることが確定する。

 カールが掛かった長い茶髪に泣き黒子が特徴的な一般的な感性でいえば魅力的な女性である。

 ピンクの花がら下着で現れた人妻に、茂木恋の顔は一瞬で茹で上がった。


「えっ!? なんで服きてないんですか!?」

「あら、ごめんね。お母さんってば家だといつもこうだから気が抜けてたわ〜」

「し、失礼しました!!」


 バタンと扉を閉めた後、母が着替えるのを待つ茂木恋。

 しかし、扉はすぐに開かれる。


「どうして上がらないの? 何かかえでに用があるんでしょう?」

「だから服着てくださいってー! なんの間だったんですか今の間は!」

「心の準備?」

「いや確かにそういう見方もありますけど!」

「お母さんは気にしないから、中に入って。かえでに会ってあげて」


 急に声のトーンが落ちる。

 ポワポワした印象の女性だが、彼女の声音が事の深刻さを物語っていた。


 水上かえでの家の内装は、一階のクリニックと全く別物であり、広々と明るい雰囲気だった。

 廊下の壁には、どこの国のものとも知れない謎の仮面や旗が飾られており、茂木恋はまるで旅行でもしているのかという気分になっていた。


 水上かえでの部屋に案内されると、彼女の母はスッとどこかへ消えてしまった。

 一度深呼吸をした後扉をノックする。

 返事はなかったが、部屋に鍵はかかっていなかった。


「水上さん、入るよ」

「……えっ……茂木くんどうして……」

「どうしてって水上さんが心配だから……って、うわああああ

 !?」


 目を真っ赤にして泣いていた水上かえで。

 そして、彼女の左腕から流れる血を見て、サーっと血の気がひいていくのを彼は感じた。


 部屋の状況を簡単に説明すれば、白いマットに血だまりができていた。

 人がどれほどの出血で死に至るのか、茂木恋は把握していない。

 しかし、この出血量が鼻血や生理などのレベルではないものを茂木恋は理解していた。


「良かった……茂木くん生きてたんだね」

「生きてるよ! それより水上さんは死にそうじゃないか!」

「……えへへ……心配して・・・・くれてるの? 私は大丈夫だよ」

「そりゃあ心配に決まってるだろ! あんな画像送られたら心配しない方がおかしい! 早く手当てしよう」

「うん。それより、茂木くんはどうして昨日から連絡がつかなかったの?」

「……ちょっとバイト先の店長の家にお泊まりしてたんだ。だからスマホの通知は切っててさ」

「なーんだ。そんなことだったの。ごめんね、私本当に茂木くんが監禁されて毒でも盛られてるのかと思ったよ」


 盛られてます。睡眠薬だけど。


 水上かえでは茂木恋の顔を見た途端に、態度を一変させる。

 先程までこの世の終わりのような悲壮感に包まれていた彼女であったが、今では怪我の手当てに関しても意欲的であった。


 恥ずかしいからということで、茂木恋はいったん部屋を追い出される。

 部屋を出たところで、ピンクの下着お化けが彼の目の前にひょっこり現れた。


「かえでは大丈夫そうだった?」

「はい。今は自分で怪我の手当てしてますよ」

「それは良かったわ〜! 茂木くん、かえでの治療が終わるまでお茶でもいかがかしら?」

「いえいえそんな申し訳……」


 茂木恋はそこまで口にしてから、一度思案する。

 彼は、一度水上かえでの両親と話をしたいと前々から思っていた。

 彼女の『病み』が発生した原因は家が厳しくて受験に失敗したからだと彼は考えていた。

 しかし、蓋を開けてみればこの母親である。

 厳しいとは対極にいそうなポワポワ下着お化けが、どうしても水上かえでを追い込んでいるようには思えなかったのだ。

 真実を知るために、茂木恋は彼女の誘いを受けた。


「では、少しお世話になります」


 ポットからお湯を出し、すぐに紅茶を淹れる。

 茂木恋はティーパックの紅茶しか飲んだことがなかったが、水上家の紅茶は茶葉から淹れるものであった。

 カルチャーショックを受けつつ、彼は四角いテーブルに着いた。


 開始早々、ゆるふわ人妻は身を乗り出して彼に問う。


「茂木くん、かえでとはもうどこまでいったのかしら? キスはした?」

「キス!? いや、してませんよ! 俺たち付き合っていませんし……」

「あら、そうなの? でもかえでは告白したのでしょう? 断ったの?」

「……保留中です」

「男らしくないわねぇ、でも気持ちはわかるわ〜かえでは少し重いのでしょう? あの子と付き合うなら人生を捧げる覚悟がないと難しそうよね〜」

「え、いやそういうわけではないのですけど……まあ、少しそれもあります」


 他に彼女候補が2人もいるなんて口が裂けても言えない茂木恋。

 ついでにいうなら許嫁までいるのである。

 究極の女たらしの茂木恋は、純粋な目を向けられて心が痛んだ。


「俺が話をしたいのは水上さんのその……重い部分についてです。すごく言いにくいのですが……単刀直入に聞きます。家庭で、水上さんに厳しくしすぎていたりしませんか?」

「家庭内暴力を疑ってるのかしら?」

「……そこまでは言いません。受験で失敗して……キツく叱ったりしませんでしたか? そういう話をしています」


 急に真剣な口調になる水上かえでの母親に対して、臆せず彼は問い返す。

 相手は仮にも医者であり、一介の高校生が口論で勝てるはずもない。

 しかし、それでも彼は勇気を振り絞った。


 しばらく睨めっこが続く。

 茂木恋がゴクリと唾を飲み込んだのと同時に、彼女の表情が崩れた。


「あはは! ごめんね、怖がらせちゃって。かえでにキツく当たったりだなんて、そんなことは絶対にないわよ。私も、旦那もそれはないと断言できるわ。寧ろ逆よ〜」

「逆、ですか?」

「そう。かえでが受験に失敗したときだって、私たちはかえでのことを責めなかったわ。だって受験ってそういうものじゃない? かえでは附属高校を模試ではA判定・・・だったけど、それでも落ちることだってある。受験は運もあるのよって。かえでがお医者さんになりたいのだって、私たちがなれって言っているからじゃないのよ? かえでがなりたいから、私たちは応援するってスタンスなの」

「もしかえでさんがお菓子屋さんになりたいって言っても応援しますか?」

「お菓子屋さんなんて最高じゃない! 可愛いかえでにぴったりだわ! あの子、何やらせても上手だからきっとパティシエにだってなれるわ〜」



 パティシエになった水上かえでを想像して感情が高まり机をバンバンと叩く母。

 茂木恋は、彼女はいわゆる親バカなのだということをここで察した。

 この調子だと、父親もそうなのだろう。


「そうなると、別にかえでさんの自傷行動の原因に心当たりはありませんか?」

「それが私たちにも分からないのよ〜どうしてなのかしらね。でも、私は信じているわ。かえでは心の弱さを自分で乗り越えられるって。だって、いい子だもの」


 最高の笑顔を向ける水上母。

 紅茶に口をつけ、普段飲んでいるものとの香りの違いに驚きを隠せずにいたところ、リビングに水上かえでがやってくる。


 リビングをざっと見回して状況を把握した後、彼女は顔を赤くして叫んだ。


「お母さんどうして服着てないの!!!!」

「あら〜」


 水上かえでに背中を押され母が追い出される。

 部屋に残された茂木恋は苦笑いして紅茶を飲み干すのだった。



 *


 ────市営図書館 自習室


 水上かえでの無事を確認した茂木恋は、彼女を連れて図書館へとやってきた。

 精神的に不安定になっている彼女の調整、また前日にマックでの勉強会をできなかったことの埋め合わせとして、彼は図書館デートを選んだのであった。


 飲食禁止なのがネックであり茂木恋たちは普段利用していないが、静かな空間は勉強にうってつけであった。


 2人がけの勉強机で、茂木恋たちはいつもマックでしているように勉強をしていた。

 しかし、いつもと違うところといえば、私語厳禁の図書館というところであろう。

 2人はメモ帳を渡し会話する。


『必要十分条件はそれぞれの方向から確認するんだよ。Aが成り立つ時はBはどうなるのか、Bが成り立つ時はAはどうなるのかってそれぞれ調べるの』

『確認方法って何かコツない?』

『うーん、コツかー。実際にやり方見た方が早いかもよ。例えば『A.x=2』,『B.x^2=4』ってあったとするでしょ?』

『うん』

『Aが成り立つと仮定するよ。その上でBの左辺を計算していって、右辺になれば成り立つって言えるよね。だから、左辺はx^2=(2)^2=4で右辺に等しくなるからAからBは成り立つ』

『なるほど、わかりやすい! 逆も調べるんだよね』

『そうだよ。今度はBが成り立つとするよね。計算後のBをB’ってすると『B’.x=±2』こうなるよね。このB’が成り立つと仮定して、Aが正しいかを計算していくよ。これもさっきと同じように、左辺を計算していったら、右辺になるかなってやつね』

『それなら出来そう! Aの左辺は『x』だからx=±2≠2だ!』

『あんまりその表記見ないけど、わかりやすいならそれでいいと思うよ。この手の問題は過程は問われないから。で、結論だけど、今回はAを仮定してBは成り立つ、Bを仮定してAは成り立たない。だから今回の例えだと『AはBであるための十分条件だけど、必要条件じゃない』が答えになるね』


 一通り水上かえで先生による高校数学の説明が終わったところで、茂木恋は課題となった数学のワークを進めるのだった。


 これまで茂木恋は複数の女の子にちょっかいを出しながらも学校の宿題を忘れてはいない。

 しかし、今週は文化祭があったのと藤田奈緒の家でのお泊まり会があったため、彼は宿題に手をつけていなかったのだ。

 だからこそ、水上かえでとのデートに勉強が絡むことのありがたさを茂木恋は再確認するのであった。


 しばらくの間沈黙が続く。

 水上かえでは学校の課題はすでに終わっているらしく、今日学校を休んだ分の復習をしているようだった。


 茂木恋は彼女の学習している箇所を確認するが、それは聖心高校と大差ない範囲を学習していた。

 同じスピードで学習が進むが、理解度は彼女と彼ではかなりの開きがあることに、茂木恋は彼女の頭がやはり良かったことを再確認するのだった。


「(そういえば、附属高校もA判定って言ってたよな。どうしてそんな水上さんが受験で失敗してしまったんだ?)」


 至極真っ当な疑問が浮かぶ。

 だが、彼女の母が言う通り受験には運がつきものなのである。

 当日の点数が、普段の点数よりガクッと落ちることもある。


 水上かえでが真に運によって敗北を喫したのかについてはさておき、日々勉強を怠らない彼女の現在の学力は志望校に合格した生徒と遜色ないと茂木恋は評価していた。


 *


『そろそろ宿題終わりそう?』

『うん。水上さんのおかげでスムーズに進んだよ。ありがとう』

『分からないところがあったらいつでも聞いてね』


 そう言って水上かえではさりげなく茂木恋の手を握る。

 周りに人もいるため、恥ずかしさはあったが、今日の水上かえでは精神不安定であるため、彼女の手をギュッと握り返すのだった。


 宿題が終盤に差し掛かったところで、茂木恋はあることを思い出す。

 いつもと場所を変えて図書館に来たのには理由があったのだ。


『水上さん、少し調べ物してくる』

『どうしたの? 私もいくよ』


 席を立つ茂木恋の服の袖を掴む水上かえで。

 茂木恋はこれから調べることを彼女にバレたとしても問題がないと思っていたし、彼女の頭脳が必要だったので、彼女を同伴させることにした。


 図書館のカウンターにつくと茂木恋は受付に小声で尋ねた。


「すいません、昔の新聞……えっと地方新聞を読みたいのですけど、可能でしょうか?」

「はい。できますよ。具体的な日付など伺ってもいいですか?」

「5年前の4月11日の地方新聞をお願いします」

「閲覧室がありますので、そちらで少々お待ちください」


 茂木恋たちは図書館内にある小さな閲覧室に案内された。

 一部の盗難されては非常に困る資料に関しては、閲覧室での閲覧というシステムのようだ。

 部屋の中には当然人はおらず、茂木恋たちにとってこれはかえって好都合であった。


「ぷはぁ! ずっと黙ってたから肩凝っちゃったよ」

「そうだね。普段マックで勉強してる私たちからしたら、黙って勉強するって新鮮だったかも。私は、ちょっと楽しかったけどね」

「学校で手紙回すみたいでね」

「えへへ……茂木くんと同じクラスになれた気分だったよ」


 思えば、茂木恋と水上かえではこれまで一度も同じクラスというものを経験したことがなかった。

 茂木恋と水上かえでは中学の頃は一切と言っていいほど関わりがなかったのである。

 だからこそ、水上かえでは今日の図書館デートに満足しているのであった。


 しばらくすると受付が新聞を持ってくる。

 風化を防ぐために透明のファイルを使って保存しているようだ。


「閲覧が終わりましたら、一度お声がけください」

「わかりました。ありがとうございます」


 一礼して、受付が部屋から去る。

 早速茂木恋は新聞をファイルから取り出し、机の上に開いた。


「茂木くん、どうしてこんな昔の新聞を?」

「えっとね…………バイト先の店長からクイズを出されたんだよ。そのヒントがこの新聞に書いているらしいんだ」

「なんだか謎解きみたいで面白いね。茂木くんは謎解き番組とか見る?」

「うん、俺も謎解き好きだよ。最近多いよねそういう番組。もともと、クイズ番組とか頭を使う系の番組って人気あるし、そういうのも後押ししてるのかもね」


 昔から、クイズ番組は安定した視聴率があるのか、日本では人気の番組ジャンルであることは間違いない。

 茂木恋も水上かえでも頭は良い方なので、クイズ番組などは好きだった。


 目を通してみると、地方新聞であるため地域のどうでもいい内容まで記事にされていた。

 市のマスコットキャラクターが出張に行くだとか、商店街の洋菓子店のケーキ特集だとか、どこぞの家で犬がたくさん産まれてしまい引き取り手を探しているだとか、多種多様な記事が並ぶ。

 茂木恋はその中からひたすらに『藤田奈緒』というワードを探していた。


「あっ! このケーキ屋さんまだあるよね。商店街に。ここ数年で段々人気出てきて、今ではたまに列ができてるって聞いたことあるよ」

「どれどれ……『White Snow』か。俺は行ったことないなぁ」

「そうなの? だったら今度一緒に行ってみようよ。ショートケーキが美味しいお店だよ」

「いいね。行列ができるくらいだから、味もすごくいいんだろうな」


 茂木恋は昼ごはんにあんパンを2つ食べても平気なほどの甘党である。

 もちろん、ショートケーキも好き。

 地元に、美味しいケーキ屋があると知れば、彼女の提案に乗らないてはなかった。

 ケーキ屋編で一悶着あるのだが、それはまた後の話である。(書かれるかも不明)


 それから茂木恋は、新聞を隅から隅まで調べたが、『藤田奈緒』の文字列どころか、『藤田』という文字すら見当たらなかった。

 煮詰まった彼の表情を見て、水上かえでは心配した。


「茂木くん、クイズの答えは見つかりそう?」

「うーん、それがさっぱりなんだよね。問題に関係しそうなワードに絞り込んで探してはいるんだけど、全く該当するものがないんだ」

「探してるのって、何か事件とか?」

「事件……詳しくはわからないんだけど、たぶん事件だと思う。生き方を悪い方向に変えてしまうほどの出来事だってことは分かってるから」

「なんだか、哲学に近い問題を出されたのかな。私もその問題聞いてもいい?」


 茂木恋は一瞬躊躇した。

 藤田奈緒の存在は、水上かえでに知られてはならない。

 メンヘラ少女たちの邂逅は、それこそ地方新聞に載ってしまう出来事につながる可能性があるかである。

 来週の地方新聞の見出しに『高1少年、刺殺体で発見』など書かれたくないのは自明の理であろう。

 しかし、あまり情報を出さなすぎるのはかえって怪しいため、茂木恋は名前を伏せて、概要を説明した。


「知り合いにある出来事がきっかけで、他人を『弟くん』って呼ぶようになっちゃった人がいるんだよ。自分のことは『お姉ちゃん』ね。それで、そうなった原因のヒントがこの4月11日ってヒントをもらったんだ」

「なるほど。茂木くんはこの新聞からその自称お姉ちゃんが生まれた謎を解き明かしたいってことだったんだね」

「そういうことになる。でも、それらしい事件は見当たらないから困ってるんだ」

「オッケー。そういうことなら、たぶん私分かったよ。答えわかっちゃった」

「えっ、本当に!?」


 茂木恋は身を乗り出して、彼女の手を握る。

 咄嗟のことになると、どうしてもこういう女たらしなアクションをしてしまうのが茂木恋の悪いところである。

『病み』少女を深い闇へと陥れる魔性の男なのだ。

 水上かえでは頬を赤くしたまま、言葉を返す。


「たぶんそのお姉ちゃんは、このヒントの日に弟を亡くしたんじゃない? だから他人のことを『弟くん』って呼ぶようになっちゃんたんだよ」

「ん? でも人が亡くなるような出来事だったら、それは新聞に載らないのおかしくないか?」

「そうでもないよ。その自称お姉ちゃんの弟がいつ死んだのかは知らないけど、未成年の死亡事件は基本的に新聞に名前が載らないよ。ニュースとかも同様にね」

「そうだったの……?」

「うん。確か少年法で規制されてたはず。『少年犯罪』とかで調べてみると結構エグい事件いっぱい出てくるよ。加害者、被害者共に実名伏せられてね」


 茂木恋はゴクリと唾を飲み込んだ。

 彼はまだ少年である。そして、目の前の彼女も少女。

 きっと、今この場で彼女が茂木恋を刺殺したとしても、2人の名前は報道されないのであろう。

 その事実に、彼は恐怖を感じていた。


「とは言っても、今回のパターンが加害者がいないパターンかもしれないけどね。数年に一度、近くの水田で小学生が出られなくなって窒息死とかってあるよね」

「あっ、確かにその可能性もあるのか」

「もちろん、その場合でも実名報道はされないはずだよ」


『弟』『少年犯罪』『実名報道』と茂木恋の中でワードがグルグルと回っていた。

 しかし、どうにも真実にたどり着くには情報が足りないように彼は考えていた。


 彼の中には『何故俺が』という単純な問いが解決できずにいたのだ。


「ありがとう、水上さん。すごく助かったよ」

「ううん、いいんだよ。茂木くんのためなら私何でもするよ」

「あはは……そこまで尽くさなくたっていいさ。そんなことされなくても、俺はいつも水上さんのことを見てるよ」

「えへへ……ありがと」


 こうして、2人は図書館を後にする。

 彼女とのお泊まりによって生じた亀裂を、どうにか図書館デートというイベントで巻き返した茂木恋。


 物語はここから一気に真実へと加速する。

 圧倒的恋愛偏差値で作った3人の『病み』ヒロイン。

 その背後に蠢く『闇』の存在に、茂木恋はまた一歩近づくのであった。

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