第1章 次は君を喰らう_その4


    〇


 港の戦いで回収した魂は、今のうちに地獄に送っておいた。えん帳に載るレベルの悪人はいなかったが、どのみちもうじやだ。ろくでもないことをされる前に帰すに越したことはない。

 ミソギは首都高に乗り、ぐるっと回ることにした。追っ手がいないことを確かめ、交通網に完全に紛れ込んでから拠点に戻らなければならない。

「お前、名前は? 俺はミソギ。そぎじゆうぞうだ」

 女の子は助手席でぼけっとしていた。フロントウインドウの先に伸びる首都高のカーブを見通しながら、やがてぽつりと、

「くくり。──みとがわ、くくり」

 にそれ以外何を聞いても、ろくな返事が来なかった。ちゃんと話を聞くには気長な薬抜きが必要になるかもしれない。

『──お聞きいただいたナンバーは、「新約・魔王」。なんと復活したシューベルト自らの手になるアレンジバージョンです! 時を越えた名曲にDJも涙がちょちょ切れますが──』

 ひいのラジオ番組を垂れ流しながら、あれこれ考えを巡らせる。何かの手がかりになるかと思い、コンテナ内に転がっていた容器をいくつか回収してみたが、街のヤク中が持っている吸引機とは形が違う。かなり上等で気密性が高く、容量も大きいものだった。

 かじかざわから聞き出した情報によればAsエースには「原液」とも言うべきものがあるらしい。特濃のエクトプラズムを希釈することで量産し、容器一本分の原液でざっと一〇〇人単位のもうじやとりこにできるとのことで、これは話に聞く原液用の容器と思われた。

「……何度見ても空っぽだよなぁ。お前こんなモン吸ったのか?」

「んんー」

 むにゃむにゃするだけで何も答えない。眠いのだろうか。くくりは過ぎ去るネオンを瞳に宿し、やがて何かに気付いたように「すぅぅっ」と息を吸った。

「においがする」

「ん? 車ん中くせぇか? 悪ぃな、ファ●リーズは気分悪くなるから付けてねぇんだ」

「くろいにおい。うしろ。なんか、きてる」

 言われて気付いた。後ろからものすごいスピードで何かが追ってくる。

 ヘッドライトは一つ目、恐ろしく機敏。遠雷のようなエンジン音からして大型バイク。いつも首都高を飛ばしてる首なしライダーか? とまで考えた、様子が違うことに気付いた。

 殺人的速度で迫るバイクが、ぴたりとレイスに並んだ。

 乗っているのは、金髪へきがんのさっき見た「弟」。しかもノーヘルで、片手には銃。

「うおおっ!?」

 真横からいきなり銃撃された。防弾ガラスじゃなければよこつらに穴が開いていたところだ。

 い止められた銃弾の色は銀で、相手は「へえ」みたいな顔をした。

 その姿を見た瞬間、本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。最初会った時と違い彼はローブを着ておらず、風でばたつく黒衣が神父服カソツクであることなど一目でわかった。

 嫌な予感に限って、当たるものだ。

「──くっそ、やっぱりあいつ聖職者じゃねーか!!」

 アクセルをべた踏みして急加速。こちとらパワーはそんじょそこらの雑魚ざこの比ではない。低い振動のみを車内に伝え、レイスはバイクを引き剥がした。

 相手も負けてはいなかった。激しくうなるエンジンは獣のほうこうにも似て、ぜいにくを極限までぎ落としたネイキッドバイクが更にどうもうに加速する。一般車を次から次へごぼう抜きしてもバイクはぴったりついてくる。助手席ではくくりがはしゃいでいる。

 バックミラーに映る影が、ホルスターから何かを抜いた。

 剣か何かかと思ったが違う。遠目には短めの両刃剣に見えても、実際のそれは異常に長いフルレングス・アンダーラグを備えた、将星から撃鉄まで銀一色の、大口径だった。


 狙いをつけ、アッシュは現場の判断で「その銃」を解禁する。

「対もうじや用第Ⅲ種救済兵装──『てんデリンガー』、封印解除」

 救済兵装とは、パーツの大部分に銀を使用してとう文を刻み込んだいわば「儀礼による霊的加護を受けまくったもうじや殺し専用武器」である。祝福された銃身は装填した瞬間から弾丸の力を増し、撃発から銃口を飛び出すまでの刹那、長い銃身にびっしり刻まれたとう文の一つ一つから更なる力を乗算させる。

 そうして放たれた聖なる矢が、もうじやを完膚なきまでに粉砕せしめるのだ。

「──彷徨さまよえる魂に、そうこうの祝福を」

 銃火の色は、あお



 輝く光条がジャイロ回転しながらレイスを射貫いた。

 リアからフロントの防弾ガラスがいつせんのもとに貫通された。弾丸はちょうど運転席と助手席のヘッドレストの間を通過し、ミソギは光の軌跡を真横に見た。

「げっ!?」

 一発でわかる。あれにだけは当たっちゃいけない。

 もう一発、二発とせんこうが突き抜け、その度に相手は狙いを補正してきている。車体のどこかを撃ち抜いて止めるとかでなく殺すつもりだ。後頭部にひりつく殺気。次の弾丸が──

『フルメタル俺たち!!』

 いや誰だよ。

 いきなり路面が白く照らされた。空から乱入してくる光源を見上げ、ミソギはうめく。

「お次はヘリかよ……!」

 ヘリはサーチライトを振り回し、レイスとバイクを交互に照らす。その合間に目を凝らして操縦席を見れば──無人。一見、誰も乗っていないのだ。

『敵軍スパイに次ぐ! 貴様が積み荷を奪ったことはわかっているであります! 大人しく投降すれば、ケツに20㎜ぶち込んで奥歯ガタガタ言わせるだけで済ますであります!!』

 見えない操縦手は、えん帳のリスト635番「アポカリプスごんどう」。

 世界中の紛争に参加し、暴れ放題に暴れた挙句ハデに爆殺された双子のようへいごんどう兄弟。実体を持たず復活した二人の魂は、強く引き合うあまり合体した。

 かくして一塊の霊体となった双子は、得意の銃火器を操るポルターガイストとしてますます物騒なようへいへと転身を遂げたという。ちなみにアポカリプスは自称である。

 その片割れ、弟の方がバイクを見てまた何かわめきだした。

『──兄上、兄上! バイクがあるであります! ターゲットではないようですが、イケメンであります! 指示を乞う指示を乞う!』

 一転、声色が低くドスの効いたものになる。一人二役で声色が入れ代わる。

『イケメンは嫌いである。やつも友軍をせんめつした一味であると考えられます!! 確認した。見敵必殺である。了解! あのイケメン面をステキにメイキングしてやるであります!!』

 どうやら神父とは味方同士じゃないようだ。ごんどうが売人側だとしたらやつはどっちだ。

『いくであります! 対地ミサイル整形手術ウウウウウウウウーーーーーーーッ!!』

「──って、マジかよ!!」

 街のど真ん中で、首都高の高架道路に向けて、バカは本当にミサイルを撃った。

 地獄のごうめいた爆裂が、真後ろで咲いた。

 車が浮いた。空中でタイヤを空転させ、運よくアスファルトをんでまた走り出す。暴れる車体を必死に制御し、どうにかスピードを保ったまま前へ。

 ごうの痕はもうはるか後ろだ。夜空より黒い煙が噴き上がり、燃え残る火の光がバックミラーににじむ。後続の車が次々落ちていく、日常茶飯の大惨事が起こっている。

『たたたたーんたーんたたたたーんたーんたたたたーーーん!!(ワルキューレの騎行)』

「うるせー! 近所迷惑だろうが!!」

 空から掃射されるチェーンガンを避け、はじけるアスファルトの間をレイスが突き抜ける。

 さっきのミサイルで後続は絶えた。神父もあれじゃ流石さすがにひとたまりもないだろう──頭の隅でそう思い、ちらっとバックミラーを見上げて今度こそ?ぜんとした。

 神父のバイクだ。何事もなかったかのように、化け物じみた運転技術で追ってくる。

 いきなりカーステレオがノイズを放った。ラジオをつけっぱなしだったことに今更気付き、続いて涼しげな男の声が聞こえてきた。

やつらは君の仲間?』

「うお!? なんだ!?」

『後ろだよ。やつらは君の仲間?』

 改めてバックミラーを見ると、やつ神父服カソツクの胸元を開いて何かを見せていた。金色に光る首輪のようなもの。あの変な装置で通信電波でも捻じ込んできているのか。

「なわけあるか。オレにあんなクソやかましいダチはいねぇ!」

『そう。じゃ、あっちを先に片付けようか』

「簡単に言ってくれるけどな、相手はヘリだぞ? たたとすにしても、道具が──」

『ある。

 正気かよ。

やつらはそろそろ業を煮やす。高度をもっと下げて、近くに寄って機銃かミサイルを撃ち込むつもりだ。それに合わせて君はブレーキを踏め。あとは僕が片付けてやる』

 何をしでかすつもりなのか薄々わかってきた。

 やるしかない。ヘリはどこまでも追ってくる。まずアクセルを一気に踏んだ。応じて後ろも加速し、情け容赦なく降り注ぐ砲火を避けて避けて避けまくる。等間隔の道路灯が光の線となり、暴力的な加速感の中で振動とごうおんを振り切っていく。隣ではくくりがなにやら楽しい気配を感じたか、顔いっぱいで「にまー」と笑っていた。

 読み通り、やはりヘリは高度を下げてきた。正面に回って機首をこちらに向ける。

『無駄である。無為である。無力である。タリホー!! お見舞いするでありますぞー!!』

 サーチライトが目をくらませる。すぐ目の前に重火器の気配を感じる。

「捕まってろよ!」

 助手席に叫んで、ブレーキを踏み抜いた。

 がぐん、と体が前のめりになった。合わせてバイクが急加速。その前輪がいななく馬のように上がり、レイスのリアハッチを踏み、車体を一気に駆け上がる。

 バイクが飛んだ。神父も跳んだ。

 乗り手に蹴り出された重量約200kgの鉄塊は、フル回転のエンジンとたっぷりのガソリンをそのままに、正面からヘリにぶち当たって──炎となった。


 爆音の残響が、遠く海まで響き渡る。

「ったくなぁ、イカれてんのかどいつもこいつも!」

 レイスは車線に対し真横を向いて、長いタイヤ痕の果てに止まっていた。ミソギは車を降り、炎が照らす夜の路上を大股で突き進んでいる。

 ごんどう兄弟はヘリをたたとされた後でも元気に浮遊している。なにしろ幽体なので物理的に負う傷が無く、それこそミサイルをぶち当てても平気だろう。なにやらわけのわからないことを叫びながら武器を探し、真下の鉄クズに目を付けたようだった。

 敵の殺意がこちらを向いた。上等だ、ここらで仕上げてやる。

『発見! そろそろ殺すのである。毎日殺すでありますッ!!』

 敵の念力でれきが浮き上がり、砲弾さながらに飛来する。

 ミソギは細く吸気し、右手を静かに構えた。

「──変異・抜刀ッ!」

 刹那、幾筋もの太刀風が生まれる。

 わずかに遅れ、れきがあちこちに転がる。全て真っ二つに両断されており、祈るように立つ黒い右腕からは、一振りの刃が飛び出ていた。

『な……ッッ』

「地獄から持ってきたわざものだ。冥途の土産によく見とけ」

 えんこうの右腕は、それ自体が「さや」でもある。

 仕込み刀の刃渡りは二尺程度。断ち折れているため、太刀本来の寸法ではない。

 刀身は折れてなお研ぎ澄まされた存在感を放ち、火光を照り返して冷え冷えとえる。

 冥界からよみがえったのは、生きて動く者たち

 ミソギが右に仕込んでいるのは、魂を持って地獄へ落ちた「もうじや刀」である。

 敵が再びれきを放つ。ミソギが真っ向から踏み込む。駆け抜ける軌道に刀光が散り、れきの砲弾が両断されて地に転がる。十分な加速、身をかがめ、宙に浮かぶ霊体をにらみ──

 ──斬ッ!!

 一条のせんこうが斜めに走り、霊体を真っ二つに両断した。

ろ、じようがんッ!」

 ミソギはその場で「門」を開き、ごんどう兄弟の魂を問答無用で吸引した。

 回収完了。予想外の事態ではあったが、なかなかの大物だ。

 荒れ果てた路上に着地し、ミソギは一息ついた。もうじや刀を仕舞い、首を回す。その場でトントン跳ねて四肢の調子を確認。問題ない。ただ、さすがにくたびれた。後ろのレイスを振り向けば、くくりは助手席で寝ていた。なかなかの大物かもしれない。

 このまま直帰といきたいところだが、まだ全部片付いてはいない。

「そこまでだ神父。それ以上近付くなよ」

 黒煙の向こうから、煙より黒い男が歩み出てきた。

「お前がどこの誰で、どんなつもりで来たのかは知らねぇが……」

 神父は、銃のシリンダーをスイングアウトしてやつきようを捨てる。

「こっちも仕事でな。お前に関わる気はこれっぱかしもねぇ、いいか? 聞いてんのか?」

 一発、二発、三発、四発、五発、六発──冷静に次弾を装?。

「……あのな。無駄にやり合う気は、」

 撃鉄が起こされる。

 いよいよあきてて天を仰いだ。こんな時でも月がれいだった。

「あ~~~、っとにもう──」

「次は君をらう」

「そうかよッ!」

 ミソギが踏み込むのと、デリンガーがあおい火を噴くのは同時だった。

 ?を銃弾がかすめる。神父は表情ひとつ変えずもう一発、額への正確無比な狙い。

 ミソギはとつに左手で受けた。ばぎん! と硬い金属音が響き、薬指と小指が吹っ飛んで宙を舞った。変異・再生──しない。

えんこうを壊しやがった……!?)

 きようがくするミソギ。神父が眉を動かす。今ので殺せなかったことが意外というように。

 更に加速。間合いに入り、文字通りの鉄拳を放つ。えぐり込む一線を神父は半身でかわす。視線は片時もミソギを離れず、至近距離から銃口を突き付ける。銀の冷たさを鼻先に感じた。

 発射。左前に踏み込むことで直撃を逃れた。銃声で右耳が潰れる。構わず回り込み、しかしあおい目が冷静に細まるのを見た。相手はとうに銃を放り捨て、腰の後ろの柄を握っていた。

 ぎらりと月光を反射したのは、十字架を模した銀製の戦術タクテイカル手斧・トマホークだ。

 変異・抜刀。もうじや刀で切り結び、火花が散る。

 刃の向こうに氷の面貌。夜気を荒らしに荒らした風が、炎熱の中で収束する。


「待ちなさいっ!!」


 二人、十字に刃をかち合わせたまま止まった。

 目だけで声がした方を見る。ガードレールを必死によじ登ってくるのは……例の姉の方だ。

 空では月が二つ輝いて、死神と神父と、黄泉よみの街を見下ろしていた。

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