第1章 次は君を喰らう_その3


    〇


 物陰に隠した車を降りて、冷たい風に潮の匂いを嗅いだ。

 ないへの流通は大部分を密輸に頼っている。食料に燃料、酒に武器、それから薬。多くが海路であり、今回の積み荷も同様だった。

 投光器に照らされた夜の港を走り抜け、ミソギはざっと周囲の様子を確かめた。

 時間は合っている。場所も間違いない。今はかじかざわによれば「積み荷」は他の荷物同様コンテナで運び込まれ、特殊な塗料でマーキングされているという。

 銃を持った見張りを見つけ、ミソギは瞬時に踏み込んだ。

 一息で間合いに入り、引き金を引かれるより速く、魂ごと一人の胴をぶち抜く。

「なっ!? だ、誰だてめ──」

 遅い。もう一人、全身を旋転させ、遠心力をたっぷり乗せた足刀で横ぎにぶっ飛ばす。

 コンテナにたたけられた見張りは、衝撃のまま灰と散った──二人目。

 音に反応して、他の見張りが集まってきた。どこで仕入れたものやら、誰もが相当い銃で武装している。相手の数を指差し確認しながら、ミソギはふと特大の殺気に気付いた。

 上だ。

 飛び退く。直後、アスファルトにクレーターが穿うがたれる。

 一瞬前までミソギがいた場所に鉄骨が振り下ろされていた。貨物コンテナに飛び乗って見下ろすと、身長ゆうに三メートルはあろうかという巨漢が鉄骨を構えている。

「なんだぁ? 業務用冷蔵庫が動いてんのかと思ったぜ」

 珍しくもない。一家に一台「改造もうじや」だ。

 傷付いても死なないもうじやどもの中には、それを逆手に取って無茶な肉体改造に踏み込む手合いもいる。身体的な限界を超えた怪力、スピード、あるいは武器化──眼下の巨漢は中でもパワー型らしく、重機のアームでもくっつけたような両腕は象も殴り殺せそうなほど剛健だ。

「おう!! お前、死神だな!! まさか本当にいるなんてなぁ!!」

「うわしやべった。冷蔵庫にまで死神呼ばわりされるのかよ」

「何ッそんな冷蔵庫が!? どこだ? かわいい? ペッパー君みたいなやつ!?」

「いねーよ、ボケだよ、説明させんな。脳の代わりにブロッコリーでも詰めてんのか?」

「んんんー! お茶目さんめぇ!!」

 ミソギをにらみ上げ、巨漢は鉄骨を構え直す。鉄色のアームが獣のような低いうなりを上げる。

 見張りの数は二十人を超える。巨漢の改造もうじやを中心として、全員がコンテナに立つミソギただ一人に狙いを定めた。多数の銃器に対して、こちらは丸腰──

「さて。えんこう、開錠・変異──」

 両手両足をだらんと脱力させ、この場の全員をへいげい

 集中砲火が始まる寸前、ミソギもまた、己が「機能」のトリガーを引いた。

「──遅ぇよッ!!」

 ミソギが消えた。何百もの弾丸は空を貫き、一瞬前まで彼がいた場所に残るのは、細い煙のみ。よく見ればコンテナが小さくゆがみ、足の形にへこんでいる。

「ぐぉっ!」

 敵集団の後方で、まず一人が吹き飛んだ。

 ミソギはそこにいた。仕留めた一人目には目もくれず、準備運動のように肩を回している。

 敵は逃げるように飛び退いて円状の包囲網を作った。おいおいそれじゃ味方にも当たっちまうぞ──他人ひとごとのように思いながら、またも急加速。

 小さなさくれつ音が響き、またもミソギが消える。砲金色ガンメタルの脚部が足底に小型のロケットスラスターを展開し、踏み込みに応じて文字通り爆発的なスピードをもたらしているのだ。

 さくれつ、急加速、はがねの拳。誰もミソギを捉えられない。銃弾は案の定敵同士の誤射を誘発し、戦いにもならない混乱の中でミソギただ一人が自由意思を持って動いていた。

「ずおりゃあッ!!」

「おっと!」

 その状況を、真っ向きってぶち破る巨漢。

 敵も味方もない。振り回される鉄骨に巻き込まれ、五人の哀れな見張りが汚い星となった。

 続いて大上段からの振り下ろし。地面が激震し、爆発めいた破砕が起こる。飛び散るせきれきの向こうで相手の目はこちらを捉えて離さない。

 動きはでかいが隙が少ない。バカに見えても動きは巧みだ──面白い。

 ほうこうと共に振り回される鉄骨。鼻先に暴風を感じ、ミソギは避け続けながら相手と鉄骨の動きを見極める。機械化された剛腕で排熱し、巨漢は続いて突きの構えを取った。

 ここだ。地を強く踏みしめ、応じて弓を引き絞るがごとく左拳を構える。

「そこかぁ死神ィッ!!」

 鉄骨の突きが、真正面から拳と激突した。

 衝撃。トラックの衝突にも匹敵する激震が腕から足先に抜け、地面が陥没した。

 果たして、ミソギの左腕は、肘の辺りまで無残にひしやげてしまっていた。

 巨漢は勝ち誇った笑みを見せる。このまま圧殺するのは赤子の手をひねるようなものだ。

「──悪ぃな」

 笑い、つぶやくミソギ。潰れた左腕が、生き物のようにうごめき。

「オレは、特別製なんだよ」

 主の意思を受け、そのはがねが形を変えた。

 肘から先がひとりでに再構成、二秒とかからずえんすい状となる。とがった先端、せんの溝、真っ向から鉄骨とい合って猛烈に回転を始め──

「ど……ドリルぅッ!?」

 雨のような火花が散る。今度は鉄骨がひしゃげる番だ。ドリルに変じた左腕は情け容赦なく獲物を掘削し、鉄骨どころか巨漢の腕にらい付き、なお勢いをゆるめることなく、

「楽しかったぜ、冷蔵庫ッ!!」

 ついには、どてっ腹をもぶち抜いた。

 風通しの良くなった巨漢が、機械部品だけを残して灰となった。ミソギが左腕に「ぬん」と力を込めるとドリルの表面が波打ち、たちまち分解されて元の左腕に戻る。

 えんこうは「よみがえる金属」である。死神の両手両足を構成する、地獄の特殊合金だ。

 この世の物質ではないから、この世の物理法則にも左右されない。主であるミソギの意思に従い、破壊と再構成を超高速で繰り返し、変形の域を大きく超えた「変異」を実現する。

 ミソギは続いてとあるコンテナの陰を見る。何人か隠れていることなどお見通しだ。

「おい。お前らは来ねぇのか?」

「ひぃ!? ととととととんでもねぇ、降参っす降参しますッ! お、俺ら今日を限りに足ィ洗って、こここ心を入れ替えて人の助けになることするっすぅ!!」

「……ほぉ~。うそじゃねえだろうな?」

「神に誓ってうそじゃないっすーッ!!」

 こいつらはえん帳に載っていない。三人を引っ張り出し、まず武器を全部捨てさせた。

「もうなんも持ってねぇな?」

「は、は、はいッ! ……あのぉう」

 と、一人がふところから財布を取り出す。

「こ、これしか持ってないんすがその、に、二万くらいあるんで、み、見逃してもらえると」

 ミソギはそいつの頭を平手でぶったたいた。

「ナメたこと抜かすなボケ! んなもんさいせんにでも突っ込んどけや!!」

「ひぃーッ!」「すすすすいませんしたぁーッ!」「神様仏様死神様ーッ!!」

「オラとっとと消えろ! またロクでもねぇことしたら今度こそ取り立てるからなぁ!!」

 ダッシュで逃げていく三人を見送り、ミソギは鼻息を吹き出す。それにしても──と気を取り直し、灰と銃と機械部品しか残らない戦場を改めて見渡した。

「……見張りが少ねぇな。こんなもんか?」


 同時刻、アッシュは闇と同化して物陰を進んだ。

 防弾防刃性能に優れた戦闘用神父服カソツクおんみつにも向いており、気配を消せば影とも見分けがつかない。反面、輝くばかりの金髪は隠されず、本人的にはハンデくらいのつもりでいる。

 それに、れいな髪だと姉に褒められたから、見せびらかさない手は無い。

 金髪の影が無音で滑る。見張りが気付く頃にはもう消音機サプレツサー付きの小型拳銃を構えていた。

「あがッ!?」

 銃把を握るもうじやの手に風穴が開く。ライフルが落ちるより早く背後につき、アッシュは花に水をやるかのような自然さで相手の片腕をひねり上げ、動きを完全に封じた。

「積み荷の場所は?」

「て、てめぇ一体──ぐあッ!?」

 もう片手の指を、丁寧に一本撃つ。同じことを四回繰り返した。結局情報を吐く頃には相手の手は現代芸術みたいなありさまになっており、アッシュは無感動のまま後頭部に銃口を当てた。

「てめぇ人間か。お、俺たちを殺せると思うなよ。あとできっちり落とし前を……!」

「殺せないと思ってるのかい?」

 ここまで来て事の重大さに気付かない程度の頭なら無い方がいい。アッシュは相手の銃創を指でつつき、その異常さを教えてやった。

 銃痕が白く固まっている。撃たれた部分の肉体は、塩に変化していた。

「誰でも君みたいなことを言う。けどね、この弾は特別製なんだ。僕はこいつでもうじやの魂を撃ち抜くのが、オリーブのピクルスを漬けるのと同じくらいには得意でね」

 今更になって男は気付くだろう。アッシュの背後、見張りの仲間がいたはずの巡回路に、頭から足先まで真っ白な奇妙な彫像が並んでいることに──すべて塩でできていることに。

 もうじやは通常、死なない。体が破壊されても不死の魂が命をつなめる。逆に言えば、彼らを現世にとどめているのは魂ひとつだ。その核さえ失えばたやすく体ごと崩壊してしまう。

 たとえば、ミソギに魂を抜かれたもうじやが灰となるように。

 たとえば、アナテマの銀の弾で射殺された者は、塩となるように。

 前者はえんより受け継がれた地獄の力。後者はことわりから外れた死者をたおすための、人間の技術である。アッシュは目を伏せ、ごく短い祈りをささげた。

「破門者の名において、闇にくすぶる者たちに永久の安らぎを……」

「な……おい待て! なあ、お、俺は雇われただけなんだ! 頼む、見逃して──」

「天にちろ」

 輝く銀の弾丸が、もうじやの魂を容赦なくぶち抜く。

 軽く押すと、男だった塩の塊は崩れ去り、風にかくはんされて跡形も残さない。

 アッシュは再び闇に溶け、それにしても、と独りごちる。

「……向こうが騒がしいな」


 ミソギはコンテナ迷路のさいおうに、ひときわ頑丈なものがあるのを認めた。ペン型のブラックライトを当てると、かじかざわの情報通り目印が浮き上がった。何の意味かはわからないが「6」とあり、なんきんじようのついたラッチで固く閉ざされていた。

 鍵は無し、時間も無し、問題無し。

 えんこう、変異。片手を大きなニッパーにして、ラッチを一発で破断する。

 さて中身とご対面だ。今後のことを考えると持ち逃げしておいた方が好都合だと思うが、車に積めないほどの大きさだったら構うことはないから粉砕してしまおう。裏にいるはずの黒幕がどう出るかを見極めるのが、真の目的である。

 音の反響で中身のサイズ感を確かめ半分、もう半分は冗談のつもりで扉をノックしてみる。

「はいってまふ」

「あ、すんません」

 中の人が返事をした。

 …………………………中の人?

 一気に扉を開く。コンテナの中に、荷物らしい荷物など無かった。

 大小さまざまなクッションだらけの空間に、女の子がいる。

 立ち尽くすミソギを見るでもなく、彼女はただただ、ぼんやりしていた。

 ミソギは慌てて周囲に誰もいないことを確かめ、ずかずかコンテナに踏み入る。ヤンキー座りで女の子と向き直り、脈拍を測り、まぶたの裏側の血色を見て、最後に「じようがん」で数秒凝視する──もうじやの魂に反応するみぎは、ウンともスンとも言わない。

 間違いない。人間だ。

「おいお前、こんなとこで何してる? オレがわかるか? 1たす1はいくつだ?」

「ばなな」

 ダメかもしれない。

 見れば部屋の隅には空になった吸引器が山と積み重なっていて、それはAsエースをキメる上で一番よく使われている型式のものだった。

 もうじや向けのドラッグとして知られるAsエースだが、人に効果が無いわけではない。しかも吸引器の数から考えるに、全部一人で使ったとすれば、成人男性が一人でヤる平均の軽く二十倍もの量を摂取したことになる。

 わな、何かのブラフ、はたまた誘拐か。それとも積み荷はいくつかあって、こっちはハズレなのか──頭に浮かぶ数多あまたの憶測を?み、ミソギは天井を見上げてため息をついた。

 女の子が何者であるかどうかは、この際、置いておくとして

 見たところ十四、五歳くらいか。ぼさぼさに乱れた黒いショートヘアと、見る角度によって光彩の色が変わる不思議な黒瞳が印象的だった。白い肌の下には、温かい血の気配がある。

「……立てるか? ほら、手ぇ貸してやるから」

 手を引かれて立ち上がる女の子は、ミソギより頭ひとつ半も背が低い。一五〇センチもないだろう。彼女は冷たい鉄色の手をぺたぺた触り、何が起こるかまるでわかっていない顔でミソギを見上げる。なんだかダンボールから世界を見る黒猫を思わせた。

「お前を安全なとこに連れてく。とにかく話はそれからだ。いいな?」

 女の子は鼻をすんすん鳴らし、コンテナに入り込んだ夜の匂いを嗅いで一言。

「とうめいなにおいがする」

 放ってはおけない。我ながらつくづく悪癖だ。まだ彼女が何者かもわからないというのに。

 ミソギはまだ、自分が一歩先んじたこと、見張りのもう半分を皆殺しにした「何者か」が同じ場所にいたことを知らない。

 獲物を横取りされた時に、そいつが何をするのかも。

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