第33話

 ──パソコンの画面から目が離せない。


 これは一体なんだ?確かにまりこの顔写真だが、俺の知っているアカウントとはまた別のもののようである。いわゆる裏アカ、それともエロ垢というやつだろうか?


 ページを辿ると何やら公開している画像にコメントをもらって、エロチャットのようなやり取りまで繰り広げられている。これはどう言うことか。


 まさか、彼女がこんな“裸体に近い姿を不特定多数に公開している”なんて。視覚に飛び込んできた刺激の強すぎる彼女の痴態に目眩がしばらく止まなかった。見てはいけないものを見てしまった気がして、興奮している自分を脇に置いておいて、胸がざわついた。


 理性が投稿を辿る手を止めさせた時、別窓が開かれたままでいることが気にかかる。ここで俺は当初の目的を思い出す。


 母親が何を企んでいたのかを探るために部屋に入ったと言うことだ。


 マウスで別窓を開く。


 プリインストールされているWordソフトだった。画面一杯に敷き詰められている文字から、日記だ──と思った。しかし、よくよく文字を追っていくと、母が書いた小説だと判明した。



 まりこは──。

 まりこが──。

 まりこの──。



 何故、母の小説にまりこの名前が?椎名という名前で、さとみのような存在まで描かれている。


 すぐさま裏垢のことが脳裏によぎる。

 それによく見ていると、際どい写真には顔にぼかしが入っていて、本人かどうか分からないようになっている。それに、画像の中のまりこが着ているこの服や、下着って……。


 小説の中のまりこは現実のまりこにとてもイメージが近く、うまく特徴が表せられている。更にはパパ活のこと、裏垢のことにまで触れられていて、母は一体彼女の何を知っているのだろうかと気味が悪くなってきた。


 小説の中のまりこは隣人からのストーカー行為に悩まされている。実際にこんなことが? 最近は家族とろくに会話をしていなかったので本当かどうかは分からない。しかし、唯一現実との相違を挙げるなら、この小説内の母さんはとても家族思いで美人で誰からも愛されているような母親像であるということだ。これが母さんの理想の母の姿なのだろうか?


 小説の最後には、

“男と少女、二人の幸せを祝福するかのように、朝日が神々しくもまりこの麗らかな笑みを輝かせていた。”


 という文に続いて、“END”の文字で締めくくられている。


 話の筋としては美しい女子高生まりこがティーンエイジャーならではの悩みや孤独感と戦いながら、パパ活を通してついには真実の愛を見つける……といった具合だろう。


 まりこがうちに泣きながらやってきたときのくだりが、妙に今日の出来事と見事に一致している。


 まりこの発したセリフまで一語一句同じではないか。


 小説内ではこの日の夜にまりこはストーカーに襲われてしまうということになっている。まりこが処女を失って酷く傷つく描写が嫌にリアルで生々しかった。


 最後には結ばれる運命にある男と駆け落ちするようだが、どうにもこの男、タクミという名前といい、俺の父親であるかのように演出されているのはどういうことなのだろう。……考えても仕方がない。


 気色の悪い文章を読んだせいで、一気に食欲が失せてしまった。母さんがこれを書いたなんて信じたくなかった。


 俺は音を立てないように自室に戻ることにした。そしてついつい君島まりこの事が気になって、久しぶりにカーテンを開け部屋からまりこのアパートへと目をやる。


 すると、どきりと胸が鳴った。


 そう、まりこの部屋の前に、包丁を手に持っている全身黒尽くめの何者かが佇んでいたのだ。そこに居るのは、小説にあったような変質者でもなく、隣人の男でもなく、紛れもなく俺の母さんだった──。

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