第22話 まりこ

 ──え? 玄関に紙袋。

 なに? やだ、これ私の下着? どうして?

 紙袋の中に、失くしたと思われていたショーツとメモ紙のようなものが入っていることに気がついた。


“洗濯物が落ちてたので届けました”


 ……って、なんで、私のだってわかるのよ? ストーカーだわ……!


 気持ち悪い……。

 急いで紙袋ごとゴミ袋に詰めて、そのままゴミに出した。


 帰宅して早々、こんな目に合うなんて……。


 怒りと屈辱と恐怖で頭に血がのぼる。

 馬鹿にしないでほしい。何が目的なのよ……!

 足早に玄関までたどり着くと、今度はドアに手紙が挟まっていた。


 ──うそでしょ?


 血の気が引きそうになる。

 この数分で? 今、近くに潜んでいるの?

 慌てて鍵を開けて部屋に入りチェーンをかける。もう、おそるおそる手紙を開く他無かった。


“あまり遅くまで出歩くと、危ないよ。それにゴミ出し日は、きちんと守ろうね。まりこちゃんらしくないよ”


 途端に脱力して、その場にへたり込んでしまった。もう1ミリも体を動かすことができない。恐怖。


 うそ、うそ、なんなのこれ……。


 ……椎名に電話しようか。今言えばきっと来てくれるだろう。だけどもうここまで接近されたとなれば、もう椎名や監視役を快諾してくれた椎名の兄の力だけでは戦力外だ。


 だいたい、守ってくれるための監視役なのに、どうしてこんなことが起こるのか……。


 私は遣る瀬無い怒りに体が震えた。


 椎名に電話しようとした私は、スマホにかけた指を一旦止めた。


 ──こんなとき頼れるのは、男。

 それも年上の、知識も力もあるような大人の男。


 もう迷いはなかった。拓海さんに連絡する。私をストーカーから守ってくれるのはもう拓海さんしかいない。


 直接電話をかけるなんてことしたことなかったけど、もう無理。


 私は登録していた拓海さんが前に教えてくれた電話番号にコールする。


 ──出て……早く出てお願い……。


『もしもし、マリーか? どうかしたのか? 』


 流石の拓海さんも動転している。長い付

き合いの中で、私からの着信など、今までだって一度もなかったのだから。しかもまだ拓海さんも社内にいると思われる時間帯に。


 私は大きく息を飲んでから、震えた喉から絞り出すように言葉を発した。


「……心配かけられないと思って、今まで黙ってたんだけど……もう無理。隣人のストーカーが怖いの! これから車で来て欲しい。助けて、今日は家に居られない……! 」



 程なくして拓海さんは車で家まで来てくれた。車内でも動揺する私を拓海さんは、落ち着かせようと必死だった。


「僕でよければ力になるけど、警察に言わないつもりなのかい? 」


 互いにため息をついた。


「こうなった以上警察にも言えない。拓海さんにまでとばっちりが行くなんて嫌。それにもともと警察は頼りにしていないの」

 私は面倒なことは嫌いだと、きっぱりと断る。


「ご両親には? 」

「それも同じ事です……」


「そうか、まあ、僕なんかで良ければいつでも頼ってくれていいけどね。妻には今夜は帰らないと連絡しておいたから」


「そう……ありがと」


 この後の展開を想像した上での気恥ずかしさに思わず沈黙。


 察した拓海さんが口火を切る。


「これから、どうしようか。このまま路駐しているわけにはいかないし。ほとぼりが冷めたら、自宅へ送ろうか? 」


 心中まで読まれているようだった。


「……いいの。タクミさん、ずっと良くしてくれたでしょ。だから、私、いいよ」


 またの沈黙。


「……そうか、高嶺の花も、やっと僕に触れさせてもらえるときが来たんだね」


「変な言いかたしないでください。私は──」


「はは、冗談だよ、僕だって立場をわきまえてるさ。社会的地位も大事だが、何より君がやけを起こしているんじゃないか確かめておかないと、いざとなったら僕が傷付くことになりそうだから。下手な手は打たないさ」


「……ありがとうございます。いつも、ごめんなさい」


「気にしなくて良いよ、どこか美味しいご飯でも食べに行こう。僕のことは、これまで通りパパと呼んでね。その後のことは、それから考えようか」


「……うん」


 椎名に電話しなくてよかった。これで良いんだ。私は安全、それにきっと幸せな夜が待っている。こんな気持ち初めてで、今まで幾人もの男達に口説かれたが、これほどまでに受け止めてもらえて、認めてもらえた感覚を得たことに感動している自分がいた。

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