第12話 まりこ
いつもと変わらない朝のホームルーム。だけど私は最高に憂鬱だった。
「ちょっと留守にした間にポストに手紙が入るだなんて、まるで監視されてるみたいじゃない? 」
「まあね。流石にビックリしたよ。しばらくは遊ぶのもほどほどにしといたほうがいいかもしれない」
誰も集中していない生徒が詰まったこの窮屈な四角い箱の中で。
時間だけがダラダラと過ぎているこの日常の中で。
椎名だけは前のめりになって私に話し掛けてきている。親身になってくれてるのは嬉しいけど、ちょっとだけ場をわきまえて欲しいとも思った。
最近、私にストーキングしている何者かからの接触の頻度が増えている。
私の行動パターンを把握しているようで、近所のコンビニへ買い物に行っている間の数分の間にドアの隙間に手紙が挟まれているのだ。そのことを椎名に今朝、つい開口一番に話してしまったばっかりに、彼女の好奇心に火をつけてしまったのだから仕方がない。
仮にもしこのクラスにそのストーカーがいたとすれば、私の瞬き動き一つにさえに注意を払って、きっと、心中を妄想していることだろう。
「あの日、犯人から手紙がなかったのも、きっとクラブの近くでコンビニのバイトしてたから、書き置きに来れなかったってことになるんでしょう?」
椎名の考察は止まらない。家にいる間でさえ、居心地が悪いのに、学校でもそんな事を考えていたくはなかった。私は満面の笑みで椎名に向き直りこう言った。
「まだそうとは決まったわけじゃないんだからさ。けど、もし犯人が例のコンビニ店員の隣人だったとしても、ヒョロイキモヲタでしょ? 知ってるよね? 私は合気道の段持ちよ? 父さんから護身術だって教わったんだから」
「そうだけどさ、監視されてるみたいで気持ち悪くない? 」
同じ話が堂々巡りしている。
私はもしかするとクラスに潜んでいるかもしれない、ストーカー男に聞こえるように大きな声で言った。
「お父さんは弁護士だし、私は護身術の達人! いざとなればいなせるから! なんてね」
「まりこってば最強だね! 」
「ふふ、そんなんじゃないよ」
ようやくこの話題から離れることができそうだと思ったその時だった。
「だから柔道部のエース、カワサキもまりこに惚れるわけだわぁ」
椎名の一言から──視線を感じた。
すぐに目と目があったのは、クラスメイトの男子、斎藤だった。
彼は驚いたのか一瞬目をギョロリと開くと、すぐに窓の外へ顔を背けてしまった。
男子高校生なんて頭の中はみんな同じようなもの。
椎名が、先日私に告白してきたカワサキのことを口にするものだから、数名の男子が一斉に私を見たのだ。
たまたま目があったのは斎藤だけ。人の視線を感じるセンサーは、きっと私は人一倍に敏感なのを自負している。
──男が見るのはまず顔、身体。それから瞳から太ももを品定めしたあとに、その後ほとんどは胸の膨らみへと視線は泳ぐのだ。
街を歩いていても、学校の中でも、クラブハウスでも、職員室でも、それは変わらない。こんな事を考えてしまうのは、女子高生としては私だけなのかもしれないなぁと思う。
人の視線に慣れないことも。
私だけなのかもしれない。
それと同時に、人の視線を浴びたがっていることも。
「では、これから学年での生活検査を行います。多目的ホールに移動するから、全員廊下に出て列になるように」
担任が言うと、教室中にブーイングの嵐が巻き起こる。
とはいえ決められたことには従うしかないのが学校での生徒の役割だ。
各々が渋々席を立ち、身なりを気にしながら廊下に出て行く。
「ソックタッチある? 」
「やばいヘアピン持ってないよ〜」
「やべ! 爪切るの忘れてた」
「どうしよ、スマホがポケット入ったまんまだった! 」
多目的ホールでの生活検査は、見せしめのように行われるため、クラスのムードメーカーならまだしも、普段大人しくしていながらも多少の違反を犯しているものとしては、辱しめ以外の何ものでもないのだった。
「まりこはヘーキ? 」
椎名が聞く。
「私はタイツ派ですし、スカート膝上3センチはギリギリセーフなのです」
「先生はさ、まりこだから許すんだよ? わかんないのかなぁ」
椎名はいそいそとウエストを二回折り曲げて丈を短めにしていたスカートを直している。
「朝も起きたくなかったんだぁ。だって生物の課題の量ハンパなかったでしょ、このあと提出じゃん。テストの範囲も広いしさぁ、完全に補習コースだよ私」
「あはは、椎名の方こそ遊ぶのもほどほどにしないといけないのかもね」
「ほんと、まりこってば超余裕。やだわぁ」
「私はやることやってるだけだよーだ。てかさ、スカートもそのくらいでいいんじゃない? 」
「はいはい、そうですね。風紀委員のまりこさんの天下ですものね、分かります」
愚痴が止まらない椎名。この間自宅へ遊びに行ってからか、クラブへいってからなのかは分からないけれども、どこか最近の彼女は幼いと言うか、子どもじみていると感じている。
慕ってくれているのか、甘えているのか。
普通の女子高生って、こんなものなのかな。
「まあまあ、なんとかなるって。なるようになるよ。社会に負けるな椎名〜! 」
「社会じゃなくて。生物、理科なんですけどね〜」
私達は社会のルールを学校という場で教わっている。
友達は沢山いることが必須です。だけど顔が広すぎても危険なのでダメなのです。
SNSにもマナーはあります、更にはネットでの個人情報漏洩は完全には消せない黒歴史となるのです。
尊重し合う体制で、右に習って行動しましょう。人のふり見て我がふり直せ、都合のいい大人達のエゴなんです。
「大人にまけちゃいけないよね」
ある種の洗脳のようなものだと私は思う。日本という国を支えるための、苗木のような私達。
だけどさ、高校生活だって永遠に続く訳じゃないのだ。
今はなんと言っても、私達は希少価値のある天下無敵の女子高生なんだからさ。
「楽しいことだけやってようよ、ね」
私は話を終息に導くため、自分に言い聞かせるように、言う。
前の方の列に、隣のクラスの高良あいなの姿が見えた。ヘアカラーはスプレーで色を落として来たのか、普段より暗く見えて、いつもより背中も丸まって見える。
こうやってみると、どれもこれもどんぐりのせ比べ。
私は、普段の私のままでも、堂々としていて良い唯一の存在なのかもしれない。
今、すこしだけ胸が疼く感覚が、私にはこそばゆく感じた。
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