第16話

「魔王討伐の為に旅をしてるんだ」

 カシウスは十八歳ほどの年齢の青年ととある街で出会った。今日もまた救いを届けようと立ち寄った街のカフェでだ。その男は白いシャツに、黒いズボン、赤いマントを身につけた身長は少しだけ高めの青年であった。

 金色の髪と緑色の目。

 整った顔立ちと、しなやかな筋肉。女性が見ればほっとかないであろう。

 現に、彼の傍には二人の女性が座っている。

 カフェのような店。酒場とは違い、シックな様相の店で、カシウスは優雅にコーヒーを飲む。

 とは言っても、その中身は砂糖をたっぷり溶かした甘いものではあるが。

「それは素晴らしい志だ。是非とも応援しよう……」

 にっこりと微笑みを浮かべ、カシウスは賛同の意を示した。

「ところでオリバーくん。そちらの二人は?」

 先ほどから気になっていた。

 全身を鎧で固めた戦士のような姿の、桃色のローテールの髪の少女と、修道服を着た黒髪の少女。黒髪の少女の髪型はウィンプルに隠れてわからない。

 コーヒーカップをテーブルに置かれた小皿の上に戻した。

「こちらがイザベラで」

 オリバーが腕で示しながら桃色の髪の少女を紹介した。

 少女は視線を合わせずにカシウスに小さく礼をした。

「それで、こっちがミア」

「よろしくお願いしますね」

 それは上品な笑みで修道服の少女が答える。

「三人で魔王討伐か。大変そうだね……」

「カシウスだってまだ若いのに、一人で冒険者をやっているんだろ?」

「いやいや、魔王討伐と比べれば大したことなどないよ」

 現れる敵意など大したこともない。処刑魔法を発動し、その命を終わらせるだけ。

「いえ、立派なことだと思いますよ」

 ニコニコとミアはその表情を崩すこともない。それはカシウスにしてみれば至極どうでも良いことではあったが、その笑みにはきっと威嚇の意味もあったのではないか。

 そう推測できるほどに完璧な笑みだった。

「私たちは安全な場所に引きこもってばかりでしたから」

「そんなのは気にするだけ無駄さ。気にしすぎても良いことはない」

 カシウスはミアの何処か自嘲するような態度に、慰めの言葉をかける。

「カシウスさんは私たちより年下なんですよね?」

「どうだろうね」

 そう答えて、カシウスはコーヒーを一口、口に含んだ。口に含んだ液体を飲み干すと、カチャリとカップを再び戻す。

「そういえば、イザベラくん。先ほどからどうして、私を警戒しているんだい?」

 ふと、カシウスの視線がオリバーの右にいるイザベラに動いた。

「…………」

 だが、イザベラは質問に答えることはない。それにさほどの不快感をカシウスは覚えていない。

「カシウス、こいつは人見知りなんだ」

「ああ、成る程。悪かったね、無理に話しかけて」

 カシウスが謝辞を述べるも、イザベラは答えない。何も言わない。

「あ、すまん。ミア、イザベラ。用を足してくる」

 どうやら、オリバーは便意を感じたのか、いそいそと立ち上がった。イザベラは横に避けて、オリバーの通る道を確保する。

 そして、オリバーはその道を通って、慌てたように手洗いへ向かった。

 ふ、と一呼吸を置き、カシウスは言葉を吐いた。

「私に教えてほしいことがある」

「答えられる範囲であれば」

「…………」

 相変わらずの反応であった。

「まず、オリバーくんは勇者なんだね」

「はい」

 質問にはミアが答える。

 イザベラは真剣な表情でそこに座ったままだ。

「それで君たちは?」

 一瞬だけ、チラリとカシウスはイザベラを見た。

「私は回復を、彼女はオリバー様と一緒に攻撃と、防御を」

 それはどうでも良かった。

「成る程ね……」

 カシウスはゆっくりとコーヒーカップを持ち上げて、口元に運んだ。ミアもまた、手元にあるコーヒーカップを持ち上げ、口をつける。

「……ふぅ」

 そして、それを口から離して、テーブルに戻そうとする瞬間に異変が起きた。

「ぁ……?」

 するりとコーヒーカップが指から抜け落ちる。そして、テーブルに落下していき、割れる。そのすぐ後に、ミアが倒れた。

「おめでとうミア」

 その声は女のものだった。

「イぁ、ベりゃァ……!」

 呂律が回らない。

 仕込まれた毒が舌の感覚を麻痺させる。魔法を唱えようにも、思うように体が動かない。

「あなたは救われた」

 人見知りなどではない。

 イザベラという少女は敬愛すべき梟に再び出会えた歓喜に打ち震え、何を話せば良いのか分からずにいたのだ。

 それでも、イザベラは梟の教えの通りにミアを救って見せたのだ。

 それを彼が責めることはない。何せ、死は救いであるのだから。

「ふむ、私はーー」

「ああ、梟様、私です。矢野やのあかねです」

「ああ、君か。もちろん覚えているよ」

 しっかりと。

 何せ、集団自殺より以前から覚えているのだから。

「ーー私はあなたの剣となり、盾となりましょう」

 それは正しく騎士の誓いだった。

 どこまでも忠実な騎士だ。彼女の心にある敬意は全て梟に向いていたのだ。

「剣は十分だけど、盾は欲しかったね」

 処刑魔法しか持たない彼ではあまりにも防御力に難点があったから。

 だから、イザベラという盾が手に入ることで、対応できることも増える。

「ーー矢野くん。いや、イザベラ。私のことはカシウスと呼ぶように」

 カシウスがそう告げると、イザベラは本物の騎士の如く深々と礼をした。

「ああ、マスター。美味しかったよ。君は素晴らしい人物だ」

 そして、代金を支払うときに、カシウスは腕を伸ばし、カフェのマスターの手を握り、優しく囁いた。

「ーー君は救われたい」

「あ……」

 その瞬間に飲み込まれた。

「君は飛び立つんだよ」

 脳が希望と幸福に満たされていく。

「怖くなんてない。私が見ている」

 その声にカフェのマスターは満足げな顔をして、自らの首を絞めた。

「……良かったのですか?」

 店から出るとイザベラがカシウスに尋ねる。

「オリバーくんのことかい?」

「はい」

「救いを乞うのなら、また巡り合うさ」

 イザベラはその答えに対して、微笑むのみ。梟の言葉に間違いはないのだから。

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オウルの救済 ヘイ @Hei767

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