第5話:十分に幸せ

 学校が終わり、放課後ーー。


 僕等は作戦会議をするため、日和山公園に集まっていた。秘密基地は相変わらず黄色のテープがぐるぐると貼り巡らされていて、入ることは叶わず。なので、仮の秘密基地である、蒸気機関車の中に集まっていた。


 蒸気機関車といっても、本物と言えば本物だけど、今は使われていない、園内の遊具の一つで。昔は実際に使われていたものだそうだが、鉄道の電化にともなって引退。その後、町が旧日本国有鉄道からこの機関車の無償貸与を受け、公園に移されて展示されるようになったらしい。


 公園の入り口近くに設置されている上に誰でも簡単に入れてしまうので、見た目はカッコイイけど……。残念ながら、秘密基地には向いていない。それに、六人集まると運転室は小狭く、ぎゅうぎゅう詰めだ。


 そんな中、過去の世界での旅を快適にするための作戦会議が行われていたけれど。僕は、じっと指先に摘んだ宝珠を見つめ。



「うーん……」


「どうしたんだよ、エイゾー。変な声なんか出して」


「いや、この宝珠なんだけどさ。調べているんだけど、ちっとも分からないんだよね」



 僕は手にしていた、第一の宝珠を翼へと見せる。


 どうしてウチの、僕の部屋の押し入れの中にあったのか。また、どういう原理で、僕等の時代と三平達のいる時代とをつなげているのか。見た目はただのきれいな珠で、全てが謎だらけだ。


 僕の部屋は昔、僕のお父さんが使っていた部屋だから、お父さんに訊けば、なにか分かるかもしれないけど……。でも、それはとてもむずかしい。


 お手上げだと半ばあきらめかけていると、莉裕也が話しかけて来て。



「おい、エイゾー。頼んでいたものは、どうなっているんだ?」


「あっ、そうだった。ごめん、忘れてた。はい、莉裕也。電撃弾の威力を上げておいたよ」


「ああ。どれ、どれ……」



 莉裕也は早速、僕からピストルを受け取ると試し撃ちをする。そんな莉裕也の様子を見て、翼がむすうと頬を膨らませて。



「いいなー、莉裕也ばかりずるいぞ」


「あはは。本当はあの銃、僕用に作ったものだったんだよ。でも、僕より莉裕也の方が、銃の腕が良いからさ」


「なあ、エイゾー。俺用の武器も作ってくれよ」


「いいよ。どんなのがいい?」


「そうだなあ。やっぱり剣がいい! 正義の味方にふさわしい武器と言えば、剣だもんな! それに、銃より剣の方が強いしなー」


「はあ? なにを言っているんだ。剣なんかより、飛び道具の銃の方が上に決まっているだろう」


「坊ちゃまの方こそ、なにを言っているんだよ。銃みたいに遠くからこそこそ狙って攻撃するなんて。そんなの、卑怯者ひきょうもののすることだ。男なら、正々堂々と戦ってこそだ」


「誰が卑怯者だ! お前はただのバカの一つ覚えだろうが」


「誰がバカだ、誰が!」


「この間のテストで三十点だったやつがだよ」


「うっ……、そ、それは今、関係ないだろう! とにかく、剣の方が強いんだよ!」


「いいや、銃だ!」


「違う、剣だ!」



 翼と莉裕也は、互いの顔をくっ付けて。ばちばちと、目からは火花を飛ばし合う。


 しかし。



「もう。二人とも、止めなさい!」



 やはりこの辺りで、芳子の叱声しっせいが飛ぶ。



「全く、アンタ達は。毎度、毎度、本当にあきないわね。どっちも強い、それでいいじゃない。

 あっ。そう言えば、エリちゃん。あのうさぎ、様子はどう?」


「それが、うさぎちゃんたら、昨日からずっと眠りっぱなしですの。学校に行っている間も、じいやとばあやが様子を見て下さっていたんですけど、何度か起きても少し食事をしたら、また直ぐ眠ってしまうそうで」



「余程疲れているのかしら」と、エリちゃんは心配気に後を続けさせる。随分とねぼすけなうさぎなんだな。


 すっかり話が中断してしまい。メモを取っていた拓が、ぱんと一つ手を叩き。



「話を元に戻すけど。他に持って行ったらいいものとかあるかな?」


「懐中電灯の予備の電池も用意しておいた方がいいんじゃないかしら? 急に使えなくなったら困るもの」


「あと、お菓子も!」


「もう。翼ってば、食べ物のことばかりね。もう少し真面目に考えてよ」


「なんだよー。食べ物は大事だろう。腹が減っては戦はできないんだ」


「それでしたら、私がお弁当を持って行きますわ」


「やったあ! さすがエリちゃん。俺、今日はおにぎりがいいなー。できればタラコおにぎりが」


「分かりました、おにぎりですね。そしたら、たくさん作りますわ」


「ちょっと、翼。少しは遠慮しなさいよ。エリちゃんにばかりお弁当を用意してもらったら悪いわよ」


「大丈夫ですわ、芳子ちゃん。お弁当作りは、ばあやにも手伝ってもらってますの。それに、これも花嫁修行の一環ですもの」



 そう言うとエリちゃんは、薄っすらと頬を赤く染めさせる。


 翼は、エリちゃんの視線の先を追って。にやにやと気味の悪い笑みを浮かばせ。



「良かったなあ、莉裕也坊ちゃま。毎日おいしいご飯が食べられるぞ」



「良かったな」と繰り返させる翼に、

「うるせえ!」

と、額にいくつもの青筋を立てた莉裕也の口から怒声が飛んだ。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 とっぷりと日は暮れーー。


 真っ暗なキャンバスに、ぽつぽつと白い絵の具が散っている空の下。しんと静まり返っている中、その静寂さを打ち壊すよう、奏でられたコンコンという音に、僕はそろそろと窓辺へと近付いて行って。



「みんな、待ってたよ。早く中に入って。エリちゃん、うさぎは連れて来た?」


「ええ。ですが、うさぎちゃんたら、まだ眠っていますの」



 本当に眠たがりなうさぎだな。うさぎはエリちゃんの腕の中で、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。


 僕等は音を立てないよう、忍び足で押し入れへと移動し。いつも通り現れた黒いもやの中を、手をつないで一列になって進んで行きーー。


 過去の世界に着くと、三平と犬彦はすでに起きていて。早速、エリちゃんが持って来てくれたお弁当で腹ごしらえをした。


 エリちゃんは翼のリクエスト通り、タラコにサケ、おかかにツナマヨなど、色々な具材の入ったおにぎりを作って来てくれた。それから、カップサラダに卵焼き、タコの形をしたウィンナー、それと唐揚げにフライドポテト、そして、おやつにはゼリーまでもが用意されていた。


 うさぎも過去の世界に来た途端、目を覚まし。お腹が空いていたのか、一緒に朝食を食べた。


 それが済み、エリちゃんは腕の中からうさぎを地面へと下ろすけれど。



「あら。うさぎちゃん、どうしたの?」



 うさぎは、なかなかエリちゃんから離れようとはしない。エリちゃんの足に、自身の体全体を使ってこすりつける。



「あら、あら。どうしましょう」


「余程エリちゃんのことが好きみたいね。

 ねえ、このうさぎ、このままアタシ達で飼っちゃおうよ」



 結局僕等は芳子の案に同意し、そのうさぎの面倒を見ることにした。とは言っても、うさぎは始終エリちゃんにべったりなので、主に面倒を見るのは、エリちゃんだけど。


 話もまとまり、僕等は第五の宝珠が光り指した方角へと歩き出す。その道中、芳子がエリちゃんの腕の中のうさぎを見つめながら。



「せっかくだし、うさぎに名前を付けましょうよ」


「だったら、ジャイアント・ラビットなんてどうだ?」


「嫌よ、そんなロボットみたいな名前」



 真っ先に出した翼の案に、芳子は即座に否定する。



「なんだよー。だったら芳子は、どんな名前がいいんだよ」


「そうねえ。マカロンちゃんはどう?」


「げえ。なんだよ、マカロンなんて。どうして女って、食べ物の名前を付けたがるんだろうな」


「なによー。かわいいじゃない、マカロン」


「うさぎの名前なんて。ぴょんこでいいだろう」


「ぷっ……! ぴょんこなんて。莉裕也、だっせー。ぴょんこって……!」


「なんだよ。お前のジャイアントなんとかよりはマシだろう!」



 やはりここで、翼と莉裕也の言い争いが始まる。本当に直ぐケンカするんだから。


 そんな二人をよそに、拓が、すっと手を上げて。



「イナバなんてどうかな?」


「イナバだあ? なんだか変な名前だな」


「ああ。もしかして、因幡の白うさぎから取ったの?」



 僕が尋ねると、拓は、「ああ」と答え。



「因幡の白うさぎ? なんだよ、それ」


「アタシも知ってる。日本の神話よね」


「うん、古事記に記されている話の一つだよ。

 ある一匹の白うさぎが淤岐島おきのしまから因幡に渡りたくて、そこでワニ達を騙して海上に並ばせ、その上を渡って向こう岸に行くんだ。でも、うさぎはつい口を滑らせてしまい、ワニ達を騙していたことがばれちゃって。仕返しに皮をはがされてしまうんだ。

 うさぎがその痛みに苦しんでいると、そこに出雲の国の大国主命おおくにぬしのかみという神様が通りかかって、うさぎのことを助けてあげるんだ。すると、うさぎは、そのお礼に大国主命を、因幡の国の美しいと評判の八上姫やかみひめと引き合わせて、二人はめでたく結婚するんだ。

 それで白うさぎは、縁結びの神様といわれているんだ」


「まあ! ロマンチックなお話ですわ」



 拓の話に、エリちゃんが感嘆の音を上げる。先程まで無関心そうだったうさぎも、ぴん! と耳を立てていた。



「うさぎちゃんも、イナバという名前が気に入ったみたいですわ」



 こうしてうさぎの名前は、拓が出した案のイナバに決まった。


 仲間も一人……ではなく、一匹加わって。僕等の旅も、また一段とにぎやかになった。


 しばらく平野を歩いていると、突然傍らの木の陰から、がさがさといくつもの影が飛び出した。その影は、僕等の前に立ちふさがり。



「やい、やい。お前達だろう、姫御子様に楯突く輩とやらは。そんな不届き者は、この秋二郎あきじろう様が成敗してくれるぞ!」



 僕達の行く手をふさいだのは、僕等と同じ年頃くらいの少年だった。秋二郎と名乗った少年の後ろには、数人の大人の男達も控えている。


 秋二郎の右目の下には、ちょこんと大きな黒子があり。三平が着ているような簡素な着物ではなく、時代劇の将軍の子が着ているような、立派な衣服をまとっていた。


 秋二郎は一本に結んだ長い髪の毛を揺らしながら、腰に手を当てて、偉そうに僕等のことを眺め回している。


 そんな彼を見つめながら、翼がぐにゃりと眉を大きくゆがめさせ。



「……なんだ、あのバカ」


「なっ……!? この秋二郎様のことをバカと呼ぶとは、失敬な。無礼だぞ、そこのガキ!」



 秋二郎はタコみたいに顔を真っ赤にさせ、ぶんぶんと翼に向かって腰に差していた木刀を振るう。


 が、急に彼の動きがぴたりと止まり。じーっと、とある一点を見つめ続け。



「か、かわいい……。あんなきれいな娘、生まれて初めて目にしたぞ。……決めた。

 おい、じい。あの娘をまろの嫁にするぞ!」


「なっ、なんと!? しかし、秋二郎様。鳥居とりい様は、全員捕まえろとのご命令です」


「うるさい! もう決めたことだ」



 じいと呼ばれていた白髪頭のひょろりとしたおじいさんの意見を無視して、秋二郎はずかずかと僕等の元へーー、真っ直ぐにエリちゃんへと近付いて行き。



「おい、そこの娘。お前はなんて幸運なんだ。この秋二郎様の嫁になれるのだからな。

 と、言う訳だ。まろと一緒に来い。お前だけは鳥居様には渡さず、まろが養ってやるぞ」



 そう言って、エリちゃんの腕を掴もうとするけれど。エリちゃんは、秋二郎の手をするりとかわし。


「嫌ですわ」

と、即答する。



「なっ……!? い、嫌だと? なぜだ!?」


「だって、エリは莉裕也様の妻ですもの」


「つ、妻だと?」


「ええ。エリは莉裕也様の未来の妻、莉裕也様だけのものですから」



 そう言うとエリちゃんは、ぎゅっと莉裕也の腕に絡み付く。秋二郎は、余程ショックだったのだろう。放心状態で、ただただその場に立ち尽くす。


 すると、そんな彼の隙を突き。とっさに飛び出した翼が、秋二郎の額を思い切り竹刀で突いた。棒立ちだった秋二郎は、後ろに大きく吹き飛んでいった。



「秋二郎様!? しっかりして下さい、秋二郎様!」



 おじいさん並びに秋二郎に付き従っていた男達も、みな秋二郎を囲み。すっかり目を回している彼に何度も声をかける。



「みんな、今の内だ。逃げるぞ!」



 僕達は地面に横たわっている秋二郎を後ろ目に、一目散に走り出す。



「姫御子に僕等の行動がバレちゃっているんだ」


「どうしよう!」


「どうしようって、今はとにかく逃げるしかないだろう」



 運が良いことに前方に山が見えたので、僕等はその中へと入り込んだ。その森は緑が深く、右へ、左へ、うねうねと進んで行き。どうにか秋二郎達を巻くことができたようで、追って来ている気配はなかった。


 そのことに安堵の息をもらしていると、それも束の間。不意に拓が翼に声をかけ。



「ねえ、翼。ひじから血が出てるよ」


「えっ? ああ。逃げている途中、木の枝にでも引っかけたんだろう」



 然程気にしていない様子の翼に、芳子は静止の音を上げ。



「待って、翼! きちんと消毒しないと」


「別にいいって、これくらい。舐めれば平気だよ」


「だめよ、ケガを甘く見たら。破傷風はしょうふうになるかもしれないわよ」


「破傷風だあ?」


「ええ。破傷風菌っていう、土壌に生息している菌が原因の感染症よ。強力な神経毒素を産生して中枢神経を侵す、とっても危険な病気なの。死んじゃうことだってあるんだから。今でも死亡率が高い、危険な病気よ」


「芳子ってば、大袈裟おおげさだなあ。そんな簡単に死なないよ」


「大袈裟なんかじゃないわよ! この時代でケガや病気をしたら、医療が整っていないのよ。一応救急セットは持って来ているけど、それで対応し切れるかどうか。どんなに危険か分からないわ。

 だから、みんなも気を付けてよね」



 やけに真剣な芳子の様子に、みんなすっかりたじろいでしまっている。


 でも、確かに芳子の言う通りだ。用心しておくに越したことはない。


 丁度滝が見えたので、僕等はそのほとりで翼の手当てをするかたわら一休みすることにした。秋二郎から逃げ回るため走り続けで疲れていたので、僕としては休めてうれしかった。


 川の水を飲んで喉の渇きを癒していると、がさりと物音が聞こえ。また秋二郎達かと警戒しながらも、そちらの方に視線を向けるとーー。



「うわあっ!?」



 僕の口から、驚嘆の音がもれた。その声にみんなも気付いたのか、視線が一ヶ所へとーー、一匹の二本の短いツノを持った、大きな塊へと集中する。灰褐色のもふもふとした毛に身を包んでいるそれは、くりくりとした眼で、じっと僕等のことを見つめていた。



「なんだ、あの動物。鹿か?」


「違う、あれはカモシカだよ。名前にシカがついてるけど、ウシ科で牛の仲間なんだ」



 さすが拓だ、動物のことでも、なんでも知っている。


 彼は、さらに言葉を続け。



「おとなしい性格だから、おそっては来ないと思うよ。僕達の時代だと、国の特別天然記念物に指定されているんだ。九州地方のカモシカは特に生息数が減少しているから、レッドリストにも記載されているんだよ」


「レッドリストってなんだ?」


「絶滅のおそれのある生物の種のリストだよ。環境省とかが作成しているんだ」


「つまり、めずらしい動物ってことか」



 翼は、なるほどと納得する。


 拓の言っていた通り、カモシカがおそって来る気配は全くなく。その上、一向にその場から離れようともしない。変わらずに、じっと僕等のことを見つめている。


 その様に、芳子も僕と同じ思いを抱いたのだろう。



「なんだか様子が変じゃない?」


「うん、どうしたんだろう」


「あっ! アイツ、ケガをしているみたいだぞ」


「えっ? あっ、本当だ!」



 三平に言われてよく見ると、カモシカの足には矢が深く刺さっていて、そこから血が流れていた。


 芳子は固唾かたずを呑むと、ゆっくりとカモシカの方へと近付いて行き。



「大丈夫、こわくないよ」



 優しく語りかけた。すると、カモシカは芳子の言っていることが分かったのか、はたや足が痛くて動けないのか、別段その場から逃げようとはせず。ただ芳子の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。そして、ゆっくりとその場に座り込んだ。


 芳子もカモシカにならって腰を下ろすと、じっとカモシカの足を見つめる。



「うわあ、痛そうだな。ひどいことをするなあ」


「おそらく近くの村の連中のしわざだろう」



 翼や三平も、芳子の後ろからカモシカの足をのぞき込む。そんな二人に、芳子はカモシカの足を見つめたまま。



「仕方ないわよ。だって、生きていくためだもの」



 芳子の視線は上へと移り、カモシカの黒い澄んだ瞳を見つめる。



「私達だって、動物を食べるでしょう。豚に牛、鳥に、それから魚だって。ただ、自分の手で始末しているか、していないかの違いだけよ。

 それは今も昔も変わらないし、それに、人間だけじゃない、他の生き物だって。食うか、食われるか。生きるって、きっとそういうことよ」



 確かに芳子の言う通りだ。僕等の時代では、わざわざ自分で狩りや釣り、作物を育てなくとも、スーパーや専門店に行けば簡単に買えてしまう。でも、他の生物の命を食べて生きていることには変わりない。


 芳子は、ようやく僕達の方を振り返り。



「ねえ、みんな。アタシの考えが正しいかどうかは分からない。この行動は自然に逆らっていて、きれいごとかもしれない。でも、だけど、それでもアタシは、この子のことを助けたい。だって、命って、消えちゃったら終わりだもの。だから。

 お願い。時間をちょうだいーー」



 そう言って、深く頭を下げた。


 僕達はめずらしくもしおらしい芳子の態度に、少し面を食らってしまったけれど。二つ返事でそれに答えた。


 目の前でケガをして苦しんでいる子がいるのに、それを見過ごすなんて。芳子だけじゃない、僕達だって嫌だもの。みんなの意見は、簡単に一致した。


 芳子は真剣な眼差しで、救急箱の中身とにらめっこをして。カモシカのケガしている箇所に適切な処置を施していく。



「……っと、これでよし。うん。二、三日もすれば、前みたいに不自由なく歩けるようになると思うわ」



 芳子は額の汗を手の甲で拭い取り、一つ、大きな息を吐き出した。カモシカの表情も、なんだか穏やかになったようで。みんなそろって、芳子に続いて安堵の息をもらした。



「さすが芳子だな。カモシカのケガを治しちゃうなんて」


「治してはいないわよ、手当てしただけよ。それに、あとはこの子の生命力次第だから」



 芳子は照れ臭そうに笑いながら、カモシカの背中を優しくなでる。


 すると、

『ありがとう、優しい人間の子ども達よ……』

と、りんとした声が流れ。



「えっ……? ねえ。今、誰かなんか言った?」


「いや、なにも……」



 みんなの視線は、自然と一ヶ所へと集まり。



「もしかして、このカモシカが喋ったのか……!?」



 じろじろとカモシカの顔をのぞき込む翼に、拓が声を上げ。



「違う、これはテレパシーだ。直接みんなの脳に話しかけているんだよ」



 カモシカは拓の言葉が通じたのか、こくんと深くうなずいてみせる。


 それから、またテレパシーで語りかけてきて。



『あなた方の探しているものは、この先のほこらの中にあります』


「えっ、本当?」


『はい。ですから、私について来て下さい』



 カモシカはくるりと背を向けると、ゆっくりと歩き出した。僕達は顔を見合わせると、その後をついて行く。


 道を進むにつれ、緑は一層と深くなっていき。大分山の奥の方まで来ると、カモシカはようやく足を止めた。


 カモシカの視線の先には、小さな祠が建っていて。すると、その祠の中が、急に光り出して。



「あっ……! 本当だ、宝珠があった!」


「やったあ! でも、どうしてアタシ達に教えてくれたの?」



 芳子が視線を向けると、カモシカは、すっ……と瞳を細めさせ。



『私達の力だけでは、もうこの世界を守ることはできませんからーー』



 カモシカは寂し気な表情で、空を仰ぎ。



『この世界は刻一刻と、滅びへと向かっています。この大地も、水も、緑も、全て姿が変わってしまうでしょう。だから。

 どうか、どうか、この世界を……』



 瞬間、辺りが眩い光に包まれ。僕等はその眩しさに耐えられず、目をつむった。


 光が収まり目を開くと、先程までいたはずのカモシカの姿は不思議なことに、跡形もなく消えていた。



「ラッキーだったな、宝珠が見つかって」


「でも、あのカモシカが言っていたこと、なんだか気になるなあ」



 あごに手を当て考え出す拓の背中を、翼がばん! と、一つ強く叩き。



「拓は心配性だなあ」



 そう言って、笑い飛ばした。


 僕も拓と同じくカモシカの言っていたことが気になったものの、宝珠が手に入って喜んでいたこともあり。それ以上、考えようとはしなかった。


 こうして、僕等は山を抜けるため、再び出口を目指して歩き出した。

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