第9話(改)

 澪ちゃんにGW開けにSNSでカフェの方も告知してもらっていたら、そこそこお客さんも来てくれるようになった。GW中は農家相手のお昼ごはんで手一杯だったけど、今は一日一五組前後の客入りなのでなんとかなっている。とはいえ一人だとやはり大変なのでもう一人は従業員、できれば常勤者がほしいので、取り敢えず店内に募集のポスターを貼っておいた。もちろん作成は大翔と澪ちゃんだ。俺の書いたポスターは一瞬でこの二人に却下されたためだ。悔しくないですよ?


「あの、すみません」


「はい。ただいまお伺いします」


 お客さんに呼ばれたので、厨房を出てすぐ向かう。ここのところよく来店してくれているお客さん。眼鏡と帽子、ちょっと地味目の服装だけど綺麗めなお姉さんだ。


「お待たせいたしました。ご用件をどうぞ」


「あ、いえ。あの従業員募集のポスターなのですが、今でも募集はしていますか?」

 店の入口に貼ってある従業員募集のポスターを指差しながら聞かれた。


「はい、まだ誰も応募してきてくれていないので継続中ですよ」


「では、ちょっとお話聞いてみたいのですが、良いでしょうか?」


「え?貴女が?」

 驚いて思わず聞き返してしまった。


「いえ、すみません。私ではなく、妹なんです。」


 そうですよねぇ~。お姉さん、地味に見えて服装の素材とかすごく高そうなものだし、うちに乗ってきている車もちょっとお高めな輸入車ですものね。


「では、あと三〇分ぐらいで閉店なので、その後で良いですか?このまま待っていただけるとありがたいですが」


「大丈夫です。お手数おかけします」


 頭をペコリと下げた彼女からは、なんだかすごく良いに香りがした。



 彼女は野々垣胡桃ののがきくるみさん。妹は野々垣凛ののがきりんさん、二〇歳。住居は川の向うだな。


 凛さんは中学三年の時不登校となり、通信制の高校を卒業した。なかなか就職できず、レストランでアルバイトをしていたのだけど、そこも先日閉店してしまった。実家暮らしで、甘ったれ気味なので早く自立させたいらしい。どうも彼女らのお母さんは体調が良くないらしく、凛さんの世話まではやけなくて、胡桃さんが偶に帰って実家の家事を手伝っているということらしい。


「で、雇用条件はこちらの用紙に書いてある通りなので、持ち帰って凛さんに渡してください。それで、まあ自宅から近いんで用はないかも知れないけど、従業員募集ポスターにも書いてあった寮はあっちの古道具屋の二階です」


 胡桃さんを小道具店ブロカントの二階に案内する。事務所には澪ちゃんとサチばーちゃんがいたが、「ちょっと案内」「はーい」と軽い挨拶を交わしただけで二階に上がる。サチばーちゃんはうたた寝していた。相変わらず自由だ。



「ここを寮にしています。俺が母屋に移る前に半年使っただけなので結構きれいだと思いますよ」


「こんなにきれいで広いところが寮なんですか? 決めます。凛をお願いします」

 いやいやだめでしょ。本人の意向をちゃんと聞かないと。


「と、取り敢えず。本人を連れてきてください。それで、話してから決めても良いなじゃないですか?」


「あ、はぃ。そうですね。来週早々に連れてきますのでお願いします。他の人に決めないでくださいね」

 胡桃さんはかなり食い気味に念押ししてきて、最後に部屋の写真を撮っていた。


「じゃ、これ。俺の連絡先です。なんかあったら連絡ください。邪魔になったらブロックでも何でもしてください」

 と、俺個人のSNSアカウントを胡桃さんと交換しておく。店のアカウントは澪ちゃんが全部管理しているから連絡用じゃ使えないんだよね。



 一階に戻るとサチばーちゃんは帰宅したようで、代わりに大翔が来ていた。


「あ、店長。こんにちは」


「今日は休むんじゃなかったのか?」

 大翔は澪ちゃんを迎えに来ただけだった。お熱いこって。


「さっきの女性って?」

 大翔。彼女の前で他の女性に目を向けると案件になるよ。


「カフェの従業員募集の件だよ」


「あの人が?」


「違う。彼女の妹さん」


「なんだぁ。きれいそうな人だったわね。彼女、女優の矢内瑠美に似ていたわよね」

 そう澪ちゃんに聞かれたけど、俺には矢内瑠美が誰かわからない。


「そう? わからないけど、別に何も言ってなかったし女優が妹の仕事探しに来るわけ無いでしょ」


「そうですよねぇ~、に来るわけ無いかぁ」

 こんなところで悪かったな。お前らそのでバイトしているんだけどな。



 翌週、凛さんは胡桃さんに連れられてやってきたが、特になんてことはなくあっさりと採用が決まった。もちろん入寮も決まった。良いのかね、そんなに軽い感じで決めて。


 凛ちゃんが来て、凛さんだとリン酸みたいで肥料思い出すから凛ちゃんと呼ぶことにした、なにか問題でも起きるかと思っていたけど結局何も起こらず平穏な日々が続いた。



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「どうですか、凛は?」

 今日は久しぶりに胡桃さんが来ていた。


「いや、あんなに簡単に決めちゃうから大丈夫かなと心配したけど杞憂だったみたいだね」


「不登校も通信制高校だったのも、別にコミュ障だったわけじゃないですからね。どちらかと言うと凛はコミュニケーション能力高いほうですからね」


「そう思うよ。一月やそこらでじーさんばーさんのアイドルみたいになっているし」


 用もないのにジジババがやってきては世話焼いているし、優駿まさとしとも何故か一緒にパン焼きしているんだよな。


「柊木さんもおもしろい方ですよね」


「マコトでいいよ。何がおもしろいの?」


「じゃ、誠人さん。凛のこともわたしのこともアレコレ聞いてこないじゃないですか? わたしが突然妹の就職の話なんかしだしたのなんかちょっとおかしいですし、凛の経歴もアレですし」


 あれ? ちょっと不安に思っていたのかな。気にすることないのに。


「ん~問わなくても良いんじゃない。人それぞれそれなりには他人に知られたくないようなこと一つや二つあるでしょ? そんなの根掘り葉掘り聞き出したところでしょうがないよ。本人が話したいって言うならいくらでも聞くから、胡桃さんも何かあればどうぞ。夜明けまで聞くよ。聞くだけになるかも知れないけどね」


「やっぱり、誠人さんはおもしろい方ですね」


 また来ますと言って胡桃さんは帰っていった。帰り際に凛ちゃんに「今度あなたの部屋に泊まりに行くからちゃんと掃除しとくんですよ」と釘を刺していたのが面白かったよ。凛ちゃんしばらく固まっていたしね。でも掃除くらいちゃんとやってもらいたいと思うよ。

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