第4話(改)

 日曜日一〇時。


 昨日寝るのが遅かったからもう少し寝ていたかったけど、宅配便の配送連絡の電話が朝っぱらからかかってきて、仕方なく起きることになった。配送数が多くて不在だと面倒になりそうだから電話かけてきたみたいだった。そうだよな、昨日結構買ったもんな。配達ご苦労さまです。

 大翔にも機材が届くことを連絡した。大翔は件の彼女を連れて午後イチには店の方に来てくれるようだ。


 身ぎれいにして、飯を食い、配送業者と大翔たちを待つことにしよう。



 シャワーを浴びるために一階に下りる。ユニットのシャワー室と洗面スペースは階段のすぐ脇、トイレと並んで設置されている。ちゃんとトイレとは別々になっている。というのも、このトイレは、店舗のトイレと兼用にしているから。シャワー浴びている最中に鉢合わせしたら気まずいじゃない?

 着替えまで済まして洗濯物は洗面スペースの端においた洗濯機に放り込む。毎日洗濯したほうがいいのはわかっているが、量も少ないし、面倒なので二日三日に一回ぐらいしか洗濯はしない。


 二階に戻り飯を作る。俺はいつも、食材は週一回まとめて買ってきて大型の冷蔵庫に全部入れてしまう。献立は考えているようで考えてない。その時の気分次第になるので、豪勢な料理になったり卵だけチャーハンだったりする。今朝は、と言ってももう昼近くだが、無理に起こされたので頭を働かせるためにも甘いもので行きたいところだ。


 冷蔵庫を覗くと見覚えのないフランスパンがある。


 嘘です。……覚えています。スーパーのベーカリーで衝動買したやつだね。すっかり忘れていた。しかも冷蔵庫の野菜室に入れてあるとは、自分自身の行動を疑ったよ。


 傷んではいないようだが固くなっているのは齧ってみなくてもわかった。そうしたら、俺の中ではもうひとつしかレシピは浮かんでこなかった。


 口に甘くて、固いパンを上手いこと利用できる、そう、フレンチトーストだ。



 まずはパンを切らねば。厚いのが好みだけど、卵液が染みるまで待つのが今は嫌なので二センチくらいに薄くパン切り包丁で切っていく。半分くらい切った残りのパンは冷凍庫に入れる。もったいないからね。


 それからボウルで牛乳と卵と蜂蜜を混ぜ、数滴バニラエッセンスを垂らす。バットに卵液を移し、パンを並べて浸しておく。フランスパンみたいに穴ぼこだらけだとこの方法でいいから楽でいい。


 浸らしている間にコーヒーを淹れることにする。今朝はキリマンジャロのミディアムローストにしよう。


 手挽きミルにコーヒー豆を投入し、ハンドルを回す。ゴロゴリとコーヒー豆が挽かれる音と芳しい香りがリビングに充満していく。コンロの火にかけておいた猫印のついたポットがコトコトと湯が湧いたことを知らせる。


 俺は濃いめでたっぷりと飲みたい派のなので、粉の量も多い。急いで挽かないと。大きいマグカップの上にドリッパーとペーパーをセットする。洗い物も増えるのでいちいちサーバーなどに取らない。ドリッパーに挽いた粉を入れ、火から下ろしておいたポットのお湯をゆっくりと注ぐ。粉を蒸らし、小分けに湯を注いでいく。挽いていたときの何倍もの芳香が鼻腔をくすぐる。


 淹れたてを一口。


「うまい。今日も上手く淹れられたな」


 フランスパンの方も卵液をすっかり吸っていい感じになっている。フライパンにバターを入れ溶かしていくとコーヒーとはまた別の香りが舞う。


 火力を調整してひたひたパンを投入していくと、暴力的で甘ったるい香りが殴りかかってきた。焦がさないように細心の注意を払っているが、腹が減りすぎたところにこの香りに思考を有耶無耶にされそうになる。



 いい色に焼けたフレンチトーストを白い角皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。


 ナイフで切り分けフォークを刺す。ふんわりねっとりとした歯ごたえ、舌の上で溶けていくようだ。


 コーヒーを口に含む。甘いトーストに酸味が強くほの苦いコーヒーの組み合わせがなんとも合っている。


 先程までの甘ったるさが流されてリセットされる。


「ああ、最高」ため息が出る。

 幸福へと誘うフォークとナイフを再度、手にとる。




 ピンポーン


 ……不躾な訪問者の到着を知らせる醜音が響いた。


 ピンポーン


 再度響く呼び出し音ののち、俺はインターフォンに話しかける。


「……はい」

 おっと、不機嫌オブ不機嫌な声を思わず出してしまった。


「こんにちは。今朝方お電話しました運送会社の者です。お忙しいところ申し訳ございません」


 元気よくにこやかに運送会社のおじさんは小さい画面の中で挨拶してきた。




 幸せな時を侵され怒り心頭なところではあったが、おじさんも仕事であり、何も悪いことなどしていないのは承知している。しかし、食事の一番美味しいときが奪われた悲しみと苦しみと怒りは計りし得ない。


 とはいえ、俺も大人である。社会人一年目にして完璧に身に着けた、【内心を顔に絶対に出さない】にこやか且つ穏やかなポーカーフェイスで応対を行うことに成功した。


「ご苦労さまです。昨日注文したばかりなのにこんなに早く届けていただけてありがたいです」

 俺はにこやかである。多分。


 なのに、おじさん、殆ど目も合わさずたくさんの段ボール箱をすごい勢いで荷降ろししていった。なぜだろう? あ、忙しいんだよな、きっと。


 おじさんの乗った運送会社のトラック見送った。ありがとう、おじさん、気をつけて、と心のなかでつぶやいた。



 さてもう冷めてしまっているだろうが、気を取り直して食事に戻ろう。



「こんにちは、マコトさん。昨日言ったカメラマンの後藤田澪ごとうだみおを連れてきました」

 振り返ると、大翔と背中までかかるロングヘアーの美少女が佇んでいた。


「えっ? 大翔、来るの早くないか?」


「約束は午後イチでしたよね?」



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