美術館の章

第9話 ホラーもあるのかよ…

「おいおい、歩けるのか?」

 心配そうにブッシがJCに声をかけた。

「なにが?」

 あっけらかんとJCがブッシに答え、不思議そうな顔でブッシを見返した。

 なぜ自分が心配されてるんだろう?

 そんな顔である。

「行こ、ねっ」

 JCがブッシに手を差し伸べ、ニコッと笑った。

「あぁ…JCが大丈夫ならいいんだ…けど」

 ブッシは一瞬、JCが差し出した手を取るのを躊躇った。

 その笑顔は昨夜のJCとは別人の様で、それでいて、間違いなく本人に間違いないのだ。

 そう、ゴルフクラブを振り回し、制服の男『オニィ』を殺そうとしているときのJC。

 それは、この笑顔とは違う笑顔だった…狂気に身を委ねた笑顔。

 その表情の落差にブッシはゾワッと毛が逆立つのであった。


 4人が美術館の前で立ち止まる。

 深夜の美術館…入れるはずもない。

 はずはないのだ…が…

「なんで入れちゃうのかな?」

 ブッシが不思議そうな顔で入り口を通過する。

「なんでだろうな、まぁ考えない方がいいんじゃないのか?」

 レーダーが煙草に火を点ける。

「普通、美術館は禁煙よ」

 JCが横目でレーダーを窘めた。

「…普通の美術館は禁煙よ…の間違いだろ」

 真っ赤な壁に彩られた館内、それは普通とは言い難い前衛的な攻めの姿勢で観覧者を拒むような斬新なコンセプト。


「入っただけでザワザワ、ソワソワするよな」

 最後まで入るのを躊躇っていたドライブが、あからさまに嫌そうな表情で中へ入ってきた。

「紙一重ってヤツよね」

「バカと天才の?」

「…狂気と正気の…かな」

「狂気に振り切ってるだろコレ」

 JCとレーダーが話しているうちにブッシが飾られている絵画を眺めて回り始めていた。

「アイツ…芸術とか解るのか?」

 ドライブが聞くまでもなく…何も解ってないんだろうなという空気をブッシは背中から発していた。

「コレ…高いのかな?」

 振り返ったブッシが真顔で問いかける。

 ブッシの前に飾られた黒髪の淑女が描かれた絵画、良く見れば瞳に宝石がはめ込まれている。

「ロード・クロサイト…」

 JCがボソリと呟く。

「はい?」

 ブッシが何を言っているんだ?という声で聞き返す。

「この石…ロード・クロサイト…菱マンガン鉱」

 突然、頭を抱えてしゃがみ込むJC

「おい」

 レーダーがJCの肩に手をかける。

「その石…私の…返して‼」

 フラリと立ち上がって絵画の瞳に手を伸ばす。

「盗らせるな‼」

 ドライブが声を荒げた。

「えっ?」

 ブッシが驚いたようにドライブの方へ振り返る。

「なんかヤバイ…」

 ドライブが気の抜けたような声を出した。

「スマン、手遅れだ」

 一番傍にいたレーダーが謝る。


「あぁぁぁ…あぁぁ…」

 美術館を揺らす様に女性のうめき声が響き渡る。


「ふふっ」

 薄く笑うJC、5カラットほどのロードクロサイトに魅入られているようだった。


(ホラーもあるのかよ…)

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