二章24 『自由に生きよ』

 0点の独虹――ヤツを飛ばさずに勝利するには、ここで|あの(・・)牌をひかなければならない。

 麻燐の狙い通りの攻撃が成れば、柚衣やヒミコの全力の攻撃でも突破できなかった独虹の守りを突破できるはずだ。

 しかしミスれば、希望は断たれる。独虹に反撃を食らって敗北するか――そうでなければ、次の局にヤツはチョンボして自爆するつもりだ。

 0点以下になれば神罰がくだり、下手すれば死を迎える……。

 目の前で誰かが死んでいくのを見るのは目覚めが悪い。

 ゆえにここで和了らなければならない。なんとしてでも。

 だけどいくらなんでも、プレッシャーがヤバイ

 俺のツモ一回で一人の命が――人生が左右されかねないのだ。

 手の中の黎明が、酷く重たかった。


「……九十九」

 ふいに麻燐の手が、俺の黎明を握る手にそっと重ねてきた。

「ごめんなさい。あなたが苦しんでるのは、きっとあたしのせいね」

「いや、そんなことは……」

「いいえ。きっとそうよ」

 麻燐は俺にだけ聞こえるよう、小さな声で若干俯き気味に言った。

「……父上はきっと、お役目を引き受けないあたしを正すために、自らの命を絶って訴とうとしているのよ」

「なんだよ、それ……」

「父上がいなくなれば、水青家は、あたし一人になるの。お母さまはもう他界してらっしゃるし……。そうなればあたしが頼れる人は、もういなくなる」

「柚衣とか、二並達がいるじゃないか」

「ううん。彼女達はあくまでも使用人や、領地の貴族に過ぎない。国レベルで外交をすることができるのは、この国では父上だけ。もしも父上がいなくなれば、この国はあたし以外に跡取りがいなくなる。自動的にその時点で女王になるわ」

「じゃあ、自分で結婚相手は選べるじゃないか。九尾の嫁になんて……」

 言いかけた俺の言葉をぎゅっと手をつかんで止めてくる。麻燐は暗い面持ちから視線を投げかけてきて言った。

「なるしかないの。そうしないと、国が滅ぼされてしまうから」

「……九尾に、か?」


 麻燐は無言でゆっくりとうなずく。


「そんな危ないヤツなら、倒さなきゃ……」

「無理よ! 神でさえ九尾達には真っ向からじゃ勝てないと思ったから、破邪麻雀を生み出したのよ。あたし達人間がどうこうできる相手じゃないわ」

 いつのまにか麻燐の声のトーンは高くなり、広間中に響いていた。


 俺は周囲のヤツ等の反応を見やった。

 柚衣は唇をかんで顔を背け、ヒミコは肩を竦めて首を振り、天佳はガタガタと震えだし、独虹は表立って反応を見せなかったものの密かに大刀を握る手に力を込めていた。

 皆(みんな)、恐れているのだ――九尾のことを。その何者かの存在を


 様子を窺ってきていた麻燐が自嘲的に笑って言った。

「……そんなにあたしのことを心配しなくてもいいわよ。もうね、いい加減諦めなきゃいけないってわかったから」

「なっ、何言ってんだよ?」

「あたしはきっと、このために生まれてきたのよ――九尾の嫁となって、国を守る。ただそれだけのために」

 空虚じみた表情が、俺の胸の内をにわかに煮えくり返してくる。

「っざけんなよッ! そんな簡単に、自分の人生をわけわかんねえヤツに売り渡す気になってんじゃねえよっ!!」

「……そうね。普通の子なら、そんなワガママも通るかもしれない。だけどあたしは、水青家の一人娘――次期女王なの。この身も心も、生まれた時からみんなのために使わなければいけない定めなのよ」

「だったらなおさらだろ! 女王がいなきゃ、国だってまとまらねえよ!!」

麻燐は「そういうことなら」と柚衣の方を見やって言った。

「柚衣。あんた、女王代理なんて興味ない?」

「……失礼ですがお嬢、言っている意味が飲みこめないのですが……」

「だから、あたしがいなくなった後に女王の仕事をやってくれないかってこと。付き人として九十九もついてくるわよ」

「勝手に人を通販の抱き合わせ商品みたいに売り飛ばすなよ!? っていうか、お前本気で九尾の嫁になる気かよ!?」

「だからさっきからそう言ってるじゃない」


「……いい加減に、しろよ」

 ギリッと奥歯を噛みしめ、俺は彼女を睨んだ。

「麻燐、お前は政略結婚の道具なんかじゃねえよ」

「道具じゃないでしょうね。言うなれば、人柱(ひとばしら)よ」

「――そうやって自己犠牲精神に浸(ひた)ってんじゃねえよッ!!」

 俺の放った怒声に、ビクッと麻燐は体を震わせた。

 構わず先を続ける。

「いいかっ、よく聞け! 麻雀での愚行の一つに、裸単騎(はだかたんき)ってのがあるっ! 鳴いて自分の手をほぼ全て曝して、自由にできる牌を一枚することだ、お前だって知ってるだろ?」

「え、ええ」

「今のお前の状態がまさにそれだっ! しかも上がれるのは安手が確定してる。もしくは役なしフリテン立直か? ――まあなんだっていいが。ともかくお前はそんなバカげた状態に自(みずか)ら身を置こうとしてんだよッ!!」

 俺は肩で息をしていた。

 男の時のように思ったように怒鳴り声が出ないから、かえって大声量になってしまった。


「そん、なの……」

 震えた、麻燐の声――

 彼女の伏せた顔から、きらりと光るものが落ちた。


 周囲の空気がより静かになり、直後発された叫びがより大きく響き渡った。

「そんなのっ、わかってるわよ――ッ!!」

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