二章23 『不動の四巡』

「四巡後って……、どういうことだよ?」

「そうね……。まあ、カンよ」

「……かっ、勘!?」

「ええ。でもなんとかなると思うわ。そんな気がするもの」

 麻燐の言葉に、独虹は肩を揺らして笑った。

「フハハハハハッ、甚(はなは)だしく滑稽だ、滑稽であるッ! そんな曖昧な理由で、この独虹を止めることができると思っているのかッ!?」

 巨体を揺らして大笑いする独虹に、麻燐は彼女らしくなくも冷静にうなずく。

「もちろん。あらゆる意味での、起死回生の手をね」

「舐められたものだな、この吾輩も。だがいいだろう」

 独虹は大刀を下ろし、麻燐を見据えて言った。

「そこまで啖呵(たんか)を切るのなら、四巡の間吾輩は攻撃も和了(ホーラ)も控えよう。その間に起死回生の手とやらを、作ってみせよ」

「わかったわ」


 麻燐は俺の隣に立ち、こちらを見上げてきた。

 俺が女体化して身長が低くなったせいで、その顔は前よりも近くにあった。

「大丈夫、まだ戦える?」

「お前、こんな危ないところに来てるんじゃねえよ」

「あんたが不甲斐ない麻雀を打つからよ。でもいい牌を保持してくれたわね。これならきっと上手くいくわ。ツモ次第だけど」


 今の手牌は東の明刻子(ミンコーツ)、萬子(マンズ)の3~5と7が一枚に9が二枚、筒子の1~3、發が一枚だ。

 待ち牌は萬子の7~9。できればチューワンを引いてきて7、8待ちのテンパイにしてから独虹へ1000点ちょうどを直撃というのが理想だった。

 これならば上手(うま)くいけば最高七枚のリャンメン並みに安定した待ちになる。


 しかし独虹が立直した今となってはもう、この手牌は水泡に帰(き)した。

 だが麻燐はこの手牌でも現状を打開できるという……。


「よくわからんが、お前の作戦に必要な牌ってあと何枚なんだ?」

「六枚よ」

「六枚って……、四巡じゃ二枚足りないぞ? ってか、一巡ごとに狙った牌をきっちり引くのを四回も繰り返すって……上手くいくのか?」

「大丈夫、大丈夫。きっと上手くいくわ」

「楽観的だな……」


「あのね、九十九」

 麻燐は俺の手をそっと握って言った。

「追いつめられた時ほど、自分の望む希望に縋(すが)らなきゃダメよ」

「……それ、典型的なギャンブル依存症患者の思考じゃないか?」

「えっ……と?」

 ぽかんとした顔で首を傾ぐ麻燐。そういえばここは異世界だった。

「まあ、その、ありがとな。励(はげ)ましてくれたんだろ?」

「……ええ、そうよ」

「ずいぶん素直だな?」

「うっ、うるさいわねっ! ほらっ、早くツモりなさいよ!!」

「あ、ああ」

 言われるままに俺は黎明(リィー・ミィン)をはためかせて風を起こし――それはまるで体の一部のように自由自在に現出させ、操ることができた――次の牌を引いてきた。


 風に乗って空より舞い降りてきたのは、チューワンだった。

「これは狙った牌か?」

「ええ、いい調子よ」

「よかった。で、どれを切るんだ?」

「そうね……、じゃあこれで」

 そう言って指された牌を見やった瞬間、俺は思わず「えぇっ!?」と素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。

「おまっ、これ……、マジか?」

「本気よ。さあ、早く捨ててちょうだい」

「……ったく、どうなっても知らねーからな」

 俺は黎明で限定的な強風を起こし、指された牌を川へ吹き飛ばした。

 独虹は目をつぶっていた。約束通り、四巡の間は和了する気もないようだ。危険牌を気にする必要もなく、その点では少し気は楽だった。


 それから二巡連続で、俺は麻燐の望んだ牌を連続で引き当てることができた。

「大した強運ね」

「……俺もビックリだよ。っていうかこれ、普通に和了(あが)れそうな手牌になってきたな?」

「確かにそうだけど、あたし達は|和了らず(・・・・)に決着をつけるのよ」

「わかってるよ」

 俺は深呼吸をして、黎明を握りしめた。

 手汗がすごく、じんわりと湿っている。握った拳を開くと、空気がすごく冷たかった。


 独虹が不動の巡の最後にあたるツモを切った。

 南(ナン)――本来なら他家(ターチャ)全員に津波の全体攻撃を放つ牌だが、交(か)わした約束通り、それを不発に終わらせた。

「四巡待ったぞ。起死回生の手とやらはできたのか?」

 目を開いた独虹が向けてきた鋭い視線。それを前にしても麻燐は動じず、不敵な笑みを浮かべる。

「慌てないで。まだ最後のツモをしてないわ」

「ふん……。虚仮威(こけおど)しでなければいいがな」

「ご期待に応(こた)えてやるわよ――九十九がね」


 この段階まで来たら俺にももう、麻燐の狙いは感づいていた。

「麻燐……、これって最悪の待ちじゃないか?」

「和了るだけならそれなりに希望を持てるでしょう?」

「まあな……」


 今から俺が引かなければいけないのは、百三十六枚中の一枚――すでにかなりの枚数が切られているから、正確な確率はもう少し違うかもしれないが――である。その一枚がまだ残っているかどうかさえ怪しい。

 心臓が爆(は)ぜるような音を何度も立てている。イヤな汗が全身から流れていた。


 視界が緊張でぐらぐら揺れているように思えてくる。

 これなら二万点の差をラスの子でひっくり返す方がマシだ。手牌次第ではあるがまだそっちの方が希望を持てる気がする。


 手が震えてしまって、黎明を振れない。

 もしも、もしもこれで狙った牌、あるかどうかもわからない残り一枚―を引けなかったら、……おしまいだ。

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