二章8 『1000点からの立直』

※お知らせ※

〈二章4 『九種九牌を上がれ』〉に、試験のルールが『三人麻雀、東風戦。食いタンあり、赤ドラアリ、北は抜きドラ。』であることを加筆させていただきました。重大な見落としをしてしまい、申し訳ありません。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二並が牌を取った瞬間、空気が変わった。


 ヤツは二巡前に立直をかけている。

 それでこの足元から冷気が這いあがってくるような気配は……。

 直感があった。ヤバイのが来る、と。


 そのまま二並は牌を見ることもなく、おそらく盲牌で上がり牌だと確信し――

「自摸(ツモ)ッ!」

 軽やかな、しかし俺と天佳にとっては処刑台のギロチンよりも重々しい音を響かせ、牌を倒した。


「立直(リーチ)、門前(メンゼン)、断公(タンヤオ)、平和(ピンフ)、二盃口(リャンペーコー)、ドラは……五! 18000点オールよぉんッ!!」

 索子(ソーズ)の2~4、赤を含む5~7、パーピン二枚。

 ドラはリャンソウ、裏ドラはパーピン。


 十二翻二十符、三倍満。


 上がり牌はスーソウだ。

 だが……。

 俺は恐怖による震えを感じていた。

 自摸(ツモ)る一巡前、二並はイーソウをツモ切りしていた。

 あれで上がったとしても立直一発、面前、平和、一盃口のドラ三、八翻二十符で24000点は確定していた。


 俺は凍り付きかけた喉から声を絞り出して訊いた。

「……お前、まさか」

 ゆっくりと、緩慢(かんまん)に二並はこちらを見やり。

「んっふふふ。18000点ぴったりぃ、あーたの点棒をぉもらってア・ゲ・ル」

 机の上に置かれた俺の手に自分の指を這わせ、彼女は毒々しいぐらいに色っぽい笑みを浮かべた。




 現在の全員の点数はこうだ。

 トップの二並は87000点。

 二位の天佳は今の失点で17000点。

 そして最下位の俺は、お情けで取られなかった1000点のみ。


 すっからかんになった点棒箱を俺は茫然とした思いで見やった。


 まだ親番は残っている。しかしその前に飛ばされたら、つまり0点以下になったらその時点で俺のラスは決定する。


 しかし二位の天佳との点差は16000点。二並とは86000点だ。

 親の跳満を二回とも二並に直撃させて、やっと追いつくという差。これを埋めるのは勝利の女神の相当な依怙贔屓(えこひいき)が必要なレベルだ。

 ……だけど、諦めるわけにはいかない。

 俺は俯きかけた顔を上げた。

逆転しなくちゃ、麻燐に合わせる顔がない。




 その思いが通じたのか、次の配牌はかなり恵まれていた。

 萬子(マンズ)は1と9が一枚ずつ。チーソウ、東(トン)、白が一枚ずつ。そして残り八枚が全部筒子(ピンズ)だ。2~5と7が1枚、9の刻子(コーツ)。順子(シュンツ)が一つに刻子が一つ、もしくは順子二つに雀頭(ジャントウ)一つか。

 いずれにせよ筒子に染めやすいのはありがたい。

 おまけにドラはリャンピンで、すでに一枚が手元にある。


 これは上がるしかない。上がらなきゃいけない。

 いや――上がってみせる!


 俺は卓上の下で、麻燐の温もりが残る手をぎゅっとを握りしめた。

 ただ、手の甲に二並の指の感触が残っているのが気がかりだったが……。


 親の二並が一枚目の牌を切る。

 南(ナン)。俺の門風牌(メンフォンパイ)、つまり自風(じかぜ)――役牌(やくはい)である。今の俺は南家(ナンチャ)で、南を三枚集めて刻子にすればそれで一翻が確定する。

 そんな意図はないのだろうが、彼女が俺に対してこう語りかけてきているように感じた。「お前の実力はその程度なのか――?」と。


 ……見せてやるよ、俺の底力を。

 そう内心で返して、俺は一枚目の牌を引いた。

 イーワン。

 筒子で染めると決めている以上、いらない牌だ。

 だが一旦は重ねておいて、チューワンを捨てた。


 天佳は北(ペー)を一枚抜いて、イーワンを川に置く。

 無論、鳴かない。

 これでポンされて手を進められる心配はなくなった。

 そんな小さなことにも、今は幸先(さいさき)がよくなったと一喜(いっき)できた。


 次の二並はチーピンを川に流した。

 筒子だが、今の俺の手牌では鳴けない。天佳もちらと見やったが、鳴きはしなかった。


 二枚目のツモはローソウだった。

 手牌のチーソウと繋がったが、今はちっとも嬉しくない。

 筒子が来てくれなきゃ、高めは狙いにくい。


 だがここで索子を切って筒子が出なくなることを嫌って、俺は場風の東を切った。こういうのが一枚残っていると、後々で直撃を食らう気がして落ち着かないのだ。


「ポンヨ!」


 天佳が鳴いた。

 もしも張られた後で、役牌で和了されたら堪(たま)ったものではない。牌効率とは真っ向から反するような気がするが、以前の世界で最後にした対局が北直撃だったのだから、字牌に対する苦手意識も抱(いだ)いてしまう。特に東は親から食らったらダブ東だし。


 川にイーソウ、西が並び、俺の三枚目のツモが回ってきた。

 パーソウだった。

 ……索子の順子ができてしまった。

 しかもテンパイだ。ローピン待ちのカンチャン。ドラ二で二翻は確定。

 川に捨てた牌はまだ二枚。二並達にまだ手の内は読まれていないだろう。


 三翻……5200。


 俺の手は白に伸び。

「立直!」

 川に曲げる形で叩きつけた。

 続けて点棒を、卓の中心にぶん投げる。


 二人がほぼ同時に目をほぼ正円にして、横向きに置かれた白を見やる。


「……んふふ、いいのかしらぁん? その点棒がなくなったら、あーたは0点よ?」

 つまり自摸られたり直撃を食らわず、たとえ二並や天佳が互いに和了しても俺の望みの綱である千点棒は失われるぞと脅してきているのだ。


 しかしそんなことはとっくに承知している。

「上がればいいんだよ、上がれば」

「いいわぁ、とってもいいわぁ。その希望に満ちた顔、あちしがぐっちゃぐちゃにしてあげるぅん、うっふふふふふぅ……」

 俺と二並の間で青い雷(いかづち)がぶつかり合い、鮮烈な響きを伴(ともな)って火花が散った。

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