リンゴの中身は秘蜜の恋
小桃 もこ
第1章
第1話 ファーストキスじゃないけどね
◇◇◇
りんごちゃんえ
げんきですか?
がっこうわはじまりましたか?
ぼくわAぐみになりました
りんごちゃんわなにぐみですか
またおしえてね!
◇◇◇
◇◇◇
はるくんへ♡
げんきだよ。はるくんもげんきですか?
わたしは1ねん3くみになりました。
しょうがっこうはたのしいですか?
はるくんのらんどせるは
なにいろですか?
◇◇◇
風はなく、白色の空からまっすぐと地に太く注がれるような雨の日だった。雨降りにしては、色の白い空だった。
「俺と、付き合ってほしいんだけど」
人のいない校舎の四階。副教科室の並ぶそこの廊下の突き当たりには広めの家庭科室に通じる大きな扉がある。その扉のちょうど前だった。
こんな変な場所を選んだ理由は他でもない、人が来ないからだ。どんなに気をつけたって人目というのはどこにでもある。それがこの場所だけは格段に少ない、特に放課後とあればそれはほぼない。そう調べがついていた。
ここ数日悪天候なのもあって、部活も出来ず早めに帰る生徒も恐らく多い。これはまたとない絶好の機会だと判断したわけだった。
その日の出来事は今から十ヵ月ほど前、お互いまだ高校一年だったのある秋の日のこと。
俺の前に立つ彼女は小柄で、茶っぽい髪は肩より少し長くて少しのクセと艶がある。肌は透き通るように白く綺麗で頬は桜色、茶色い瞳は大きくまつ毛が長い。要するに整っていて美人だ。
まだ衣替え前ではあるが雨の続く天候。気温は平年よりも低く、彼女は制服のカッターシャツの上から学校指定の紋章が左胸に刺繍されたベージュのカーディガンを羽織っていた。小柄ゆえか、袖が長めで余計に可愛く見える。
その彼女に引き換え特にモテるわけでもなくクラスでも部活でもあまり目立たない俺。自慢じゃないけど髪型も服装も集団に混ざれば途端に溶け込めるようなありふれた生徒だ。そんな俺がクラスだけでなく学年でも人気と言われる彼女に本来ならこんな告白が出来るはずはない。
けれどもこれは紛れもない現実だ。そもそも勝算がないのにこんな勝負に出るわけがない。失敗が怖くない人間なんてそういない。ただ成功の確率は百というわけではなかった。なんだってそうだ。だからこそこんな人目のない場所でこそこそと行動している。
彼女の名前は
席が近ければ話もするし、休日も部活で顔を合わす。つまりは全く面識がないというわけじゃないし、いわゆる一目惚れとかでもない。
とはいえ会話をしていて脈がある、と思ったことは残念ながらない。ないんだ。なぜならこの楠木という女子は……。
「前から思ってたんだけど、
「……え?」
「いやごめん、今改めてよく見たらほんとすんごくべっぴんさんだなって。ふふ」
はあ……?
この楠木 りんごという女子は、なかなかにクセが強い。というかちょっと中身がズレているんだ。
しかしながら、それがかえって人気の理由だったりするから世の中わからない。かく言う俺だって、いつの間にかすっかり彼女の独特なものの考え方と破壊力抜群の笑顔にすっかりやられてしまってこうなっているわけだし。
「……肌きれい、とかどうでも良くて、あの、聞いてた? 『付き合おう』って言ったんだけど」
「あ、聞いてた聞いてた。旭くんってかっこいいのに面白いよね、ふふ」
笑顔はかわいいが俺の緊張とかも少しは察してほしい。
「いいよ。幸せにしてくださいっ」
小首を傾げて微笑むそれが、幻覚でないか何度も確認したくなった。
しかし当の本人は固まる俺の前を何事も無かったかのように通り過ぎて窓辺に行くと「うーわ、見て雨すっごいよ、今日も筋トレメニューだねえ、もう四日連続じゃない?」などと日常的な話題を振ってくる。
当然不安になるわけで。
「……あの、『付き合う』の意味、わかってる?」
雨を眺め続けるそのデカい瞳と窓ガラスの間に確認を投げた。すると──
カッターシャツの襟を掴まれて力強く引っ張られたと思ったら、柔らかいそれが俺のものと重なった。
長い、二、三秒だった。
「……ファーストキスじゃないけどねっ」
頬を少し紅くしつついたずらっぽく笑ってそう言うと、呆然とする俺を残して彼女は駆け足で廊下を進んだ。
「部活遅れるよー、
この時から約十ヵ月。奇跡のようだが交際は二年生になった今でも順調に続いている。
……続いていた。
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