第15話 冷静とパニックの恋愛境界線

「ところで松木くん、1ついいかな」

 さっきまでの、自分はドMに目覚めました、と宣言していた時とは違い、ラン先輩は真面目なトーンで俺に話しかけてきた。


「なんですか?」

 一体何を聞かれるのだろうと俺は身構えていると

「さっ、君のおっぱい本を友達の家に取りにいくって言ってたわよね?」

 ラン先輩は俺が左手に持っている紙袋を指差しそう聞いてきたのだった。



「え、その話ですか?」

 俺は思わず失礼とは思いつつもほうけた声を出してしまった。

「それで、どうなの?」

 俺のほうけた声を気にする素振りを見せず、答えを求めるラン先輩。


 一体なんなんだろうか。

「まぁ、その通りですが。それが一体どうしたんですか?」

 俺は何故ラン先輩がこの紙袋を気にしているのか分からなかった。



 しかし、思ったよりあっさりとラン先輩が気にしている理由がわかった。

「でも、その紙袋に入ってるのも本よね?それは違うのかしら」


 チラッと中身が見えていたらしく、ラン先輩は恐らく、本を持っているのにどうして本を取りに行くのか、と疑問になったのだろう。


「これは違いますよ。なんと言いますか……後輩のなんです」

 俺は中身がロリ本だということは隠しつつも俺の持ち物じゃないことを伝えた。特に内容は言及されなかったことから、タイトルや表紙までは見られていないことを願って。


 だが、むしろその説明がラン先輩の中ではややこしかったようで

「……?今から行くのはその後輩の家なのかしら?友達の家って言っていたけど……」

 あからさまにラン先輩が混乱しているのがわかった。

 けれど俺はさらにラン先輩を混乱させるような返しをしてしまった。

「いえ、俺の幼馴染の家ですよ」

 俺のこの言葉を聞くと、ラン先輩がみるみるうちに困惑の表情になっていくのが分かった。

 Sっ気はないとは思うが、ラン先輩が言っていたからかいたくなる気持ちが少し分かった。



「なんで後輩の本を持ちながらその幼馴染の家に行くの?ちょっとよく分からないんだけれど」

 頭を抱えながらラン先輩はそう言った。

 よく分からない。確かにその通りである。

 何故なら俺もよく把握しきれていないのだから。

 なので俺は

「俺もよくわかってないんですけど、どうやら幼馴染の家にいまその後輩がお泊まり会してるみたいなんですよ」

 事態を全体的には分かっていないということを伝えた上で今わかっていることをそのまま伝えることにした。

 すると、何となく理解することが出来たのか

「あぁ、なるほどね」

 と、ラン先輩が大きく頷いた。


 今ので納得出来てしまうラン先輩に俺は思わず尊敬の眼差しを向けていた。


 ふと、チラッとラン先輩は左腕に着けていた腕時計を確認し始めた。そしてそのまま俺の方へと顔を向けると

「……それで、時間の方は大丈夫かしら?」

 と俺に伝えてきた。


「時間?……ってあぁ!結構たってる!すいません、俺先に行きますね!」

 彼女に見せられた時計の時間では時刻は7時10分を刺しておりかなりの時間話していたことがわかった。

 俺は大慌てで愛咲ありさの家へと向かった。


「遅刻したら容赦なく叱るように風紀委員会の方に伝えておくわね〜」

「遅刻しないよう頑張りますので勘弁してくださいーー!」

 後方から注意喚起をしてくるラン先輩の言葉に、俺は彼女に届くよう大声で返事をした。


 別段返事を求めての反応だった訳ではなかったのだが、ラン先輩は再び大声で俺に呼びかけてきた。

「くれぐれも長居しないように〜。それじゃあ、また……学校でね〜♡」

 俺は特に返事をすることなく、俺はその場を走り去った。



 ラン先輩の姿が見えなくなるのを確認すると俺は走るのをやめて、右ポケットから自分のスマホを取りだした。

『 今からそっち向かうから』

 一応、幼馴染とは言え女の子の家に向かうのだからと、事前連絡をすることにした。

 とは言えやはり幼馴染だからだろうか、内容は簡潔かつ味気ないものであった。


 そんなたった11文字のメールを送信すると

「とりあえず、愛咲には連絡したし早く到着しないとな」

 俺は少し早歩きで愛咲の家へと再び向かい始めた。

*********************



 一方的なメールを送り早歩きで俊が幼馴染の家へと向かっている一方で、その幼馴染はと言うと

「やばいやばいやばい……!!!!どうしよどうしよどうしよ!!!!」

 その俊からのメールにすぐさま気づくと、このようにプチパニックを起こしていたのだった。


「んん……。どうしたんですか櫛名田くしなだ先輩、そんな慌てて」

 愛咲のプチパニックで目を覚ましたのか、愛咲の家に泊まっていた愛咲や俊よりも1つ年下で後輩の、葵が寝ぼけながら愛咲に聞いた。


 葵からの質問に対して愛咲は簡潔にこう答えた。

「今から俊がこの部屋に来るのよ!」

 と。

 すると、少し目が覚めてきたのか

「え、今から?この部屋に?先輩が?」

 と少しづつ事態の把握をしようとし始めた。


 そんな葵に愛咲は自身のスマホを見せた。

「そうなのよ!ほら見てよこのメール!」

「なんと言いますか、唐突ですね俊先輩。ていうか、女の子に向けてのメールじゃないですよね、これ」


 もちろん、2人がみているメールというのは先程俊が愛咲に対して送った、たった11文字の文章のことだ。

 あまりにも簡潔すぎて、葵は呆れていた。


 しかし、冷静な葵とは対極に愛咲の心情は落ち着いていられない状態のようで

「あぁ、もうどうしよう!時間が無い!」

 ひたすら同じようなことを呟いている。

 あまりにも2人の様子が対極すぎるためか

「ねぇ、櫛名田先輩」

「なに!?」

「どうしてそんなに慌ててるんですか?」

 葵はたまらず、その理由を愛咲に問いかけた。


 しかし、この質問によって愛咲の緊張が崩壊したのか、思っていることをザーッと吐き出し始めた。

「まさか朝から俊が来るなんて思ってなくてなんの心の準備できてないのよ?それに部屋も綺麗に出来てないし、部屋の香りももしかしたら俊の好みじゃないかもしれないし……!!!あぁ、念の為シャワー浴びて体綺麗にしないと……!」

 慌てている人を見ると逆に落ち着くのだろうか

「先輩」

 愛咲とは真逆で冷静な葵は、何とか愛咲を落ち着かせようと落ち着いたトーンで呼び掛ける。

 しかし、愛咲の耳には葵の声が届いていないのか

「あぁ、でももし浴びてる時に俊が来たら出れないし、鍵を開けておいて万が一私のあられも無い姿を俊に見られでもしたら……」

 彼女の不安の声が止まらなかった。


 冷静を保っていた葵も、さすがの限界が来たのか、そんな愛咲に

「櫛名田先輩、落ち着いてください!」

 強めの口調で落ち着くよう呼び掛ける。


 すると、これが聞いたのか愛咲の口がピタッ、と止まった。


「とりあえず、フレグランススプレー貸してください。私がやっておきますんで先輩はゆっくりシャワー浴びてきてください」

 葵は愛咲にあれやこれやと指示を出し始めた。

 彼女なりの、愛咲がパニックにならないようにと気を遣ったのかもしれない。


 すると、先程の葵からの喝が効いたのか

「でももし私がシャワー行ってる時に俊が来ちゃったら」

 不安こそ吐くが愛咲は一方的に話すことはなくなった。

 そしてその不安を受け止めるように

「その時は私が出るので大丈夫です」

 葵は答えた。


「葵ちゃんだって準備があるんじゃ……」

 徐々に冷静になってきた愛咲は葵の身だしなみを気になり始めた。

 しかし、葵には考えがあるようで、ニヤリと笑っていた。

「私の髪はこのとおり短いのですぐ終わりますよ。それに……」


「それに?」

 余裕な様子の葵に愛咲は首を傾げる。

 決して万全な状態とは見えない葵がどうして余裕なのか疑問に思ったのだろう。


 すると葵は自信満々に、こんなことを言い出した。

「普段みんなの前では見せない、ちょっとだけだらしない部分を見せた方が男の的にはドキッとするみたいですし」


 彼女が余裕だったのはむしろ、俊に意識してもらえるチャンスだと思ったからだった。

 そんな葵の考えを理解したのか

「葵ちゃん、凄いわね……。私も負けてられないわ」

 愛咲は感嘆の声を上げる。


「というわけで私のことは気にせず、櫛名田先輩はシャワー安心して浴びてきちゃっていいですよ」

 ニコリと愛咲へ意味深な笑顔を向ける葵。

 そしてそれを受け取った愛咲もまた意味深な笑顔を葵へと突き返す。

「そういうことなら、しばらくの間お願いね。俊にはだらしないとこできるだけ見せたくないからさ」

 そう言って愛咲は脱衣所へと向かいシャワーを浴びる準備を始めた。


 愛咲は完璧な状態で、葵はやや気の抜けた状態で俊と会うことを選択した。

 俊が愛咲の家へと向かう間にこんな攻防が繰り広げられているとは、彼は夢にも思わないだろう。




 そして

「負けてられないのは私も同じですよ、櫛名田先輩……!」

 愛咲と葵がお互いに恋敵であることも彼は知る由もなかった。

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