第18話 腕輪

 アレクの牧場からミズイガハラへ戻った俺は、そのままの足で警備隊の詰所へと向かった。

 詰所に到着すると俺は門兵にヤクマへの要件があることを伝えた。

「こんにちは。今日はヤクマさんにお話があるのですが......」


「はいっ! こちらへどうぞ!」

 門兵は俺の顔を把握していたようで、応接室へすんなりと案内してくれた。


「こちらでしばらくお待ち下さい! それでは!」

 門兵はそう言うと自分の持ち場へと戻っていった。


 しばらくした後、ドアがノックされた。

「はい」


「失礼する」

 そう言うとヤクマが扉を開け、部屋へ入ってきた。


「ヤクマさん、答えを出しました」

 俺はヤクマの言葉を待たずに口を開いた。


「そうか。それでどうであった?」

 ヤクマの顔に若干の緊張の色が走ったのがわかった。


「討伐隊、謹んでお受けいたします」

 そう言う俺の顔はどこかスッキリしていたように思える。


 別に警備隊や領民からの期待に応えた訳ではない。

 ただ、皆んなの笑顔を守りたかった。

 アレクやサリア、そしてレイミの笑顔を守りたかった。

 俺が討伐隊に参加することで守ることが出来るのであれば。

 少しでも役に立つことが出来るのであれば。

 この時の俺はそう考えていた。


「そうか。警備隊を代表して君の参加に感謝の意を表明する」

 ヤクマは立ち上がり、そう言いながら敬礼をした。

 その姿は品と威厳に満ちており、正に威風堂々と言ったところだ。


 そしてヤクマは続けて口を開いた。

「早速で申し訳ないが、明日の昼に“ゴブリン”対策会議が開かれる。君も参加できるか?」


「はい。もちろんです!」


「では明日、再度ここまで来て欲しい。それでは頼んだぞ」


 こうして俺は警備隊の詰所を後にした。


 --------


 翌日まで時間の出来た俺はレイミを訪ねるため、アレクの店へ向かっていた。

 それは“ゴブリン”の件を相談していたレイミにもちゃんと報告しておくべきと考えてのことであった。


 もう夕暮れ時だ。この世界の店仕舞いは早い。まだ店にいてくれればいいが。

 そう思いながら足早に通りを進んでいった。


 店が目視できる範囲まで近づいた時、レイミがちょうど姿を現した。

 どうやら店仕舞いの準備をしているようだ。


 なんとか間に合った。そう思いながら俺はレイミに声を掛けた。

「レイミさん!」

 少し離れたところから声を掛けたため、少々語気が強めに出てしまった。


「あれー! カズトくん! どうしたのー??」

 レイミも負けずに元気に応えた。実にレイミらしい反応だ。


 俺はレイミに駆け寄ると、“ゴブリン”の件を報告した。

「討伐隊の件、受けることにしました」


 レイミは驚くことなくその言葉を受け入れた。

「そっかー。なんとなくそんな気はしてたんだ! カズトくん、優しいから」


 一拍ののち、レイミが続けた。

「──でも心配だなー! カズトくん、死んじゃダメだよ? 怪我したらダメだよ?」

 その様はまるで弟を心配する姉のようだ。


 俺はただただ「はい」「はい」とうなずくのみであった。


「そういえばこの話はお父さん達にも?」

 レイミは俺に尋ねた。


「はい。今朝、アレクさんの元を訪ねてきました」


「そっか......。もし“ゴブリン”が動き出したら最初に被害を受けるかもしれないのはお父さん達だもんね。カズトくん、ありがとうね」

 そう話すレイミの顔は物悲しげに微笑んでいた。


「いえ、そんな......。」

 そんなレイミの顔に俺は戸惑う。


「こら! そんな顔しないの!」

 自分のことはよそに、俺の顔の変化を指摘してくるレイミ。


「レイミさんこそ」


 俺がそう返すとレイミは少し膨れた顔をした。

 そしてお互いの顔を見合わせ、笑い合った。

「「はははっ」」


 その時、ふと周りからの視線を感じた。

 周りを見渡してみると、そこには領民が集まっていた。


「熱いね! お二人さん!!」

 俺らを茶化す声も聞こえた。


「もう!!」

 レイミは領民達に対し、怒ったポーズをとった。

 そのポーズはどこか抜けていて、どこかコミカルであった。


 そしてレイミは俺の手を引き、店内へと連れ込んだ。


「カ、カズトくん、ご、ご、ごめんねっ」

 レイミが恥ずかしそうに謝る。


「あれはレイミさんのせいじゃないですよ」

 そう言う俺の顔は恥ずかしさを隠すようにはにかんでいた。


「あの、これよかったら使って! 御守り代わりだよっ!」

 レイミはそう言うと俺に腕輪を手渡してきた。

 腕輪は装飾などない極々シンプルなものであったが、不思議な暖かさを感じる。


 レイミは言葉を続けた。

「この腕輪がカズトくんをきっと守ってくれるよ!」


「ありがとうございます!」

 そして俺はその場で腕輪をつけてみせた。


 俺は腕輪のついた腕を、装着感を確認するかのごとく顔の前で回しながらまじまじとみる。


「うん! 似合ってる似合ってる!」

 そう話すレイミの顔は満面の笑みを浮かべていた。

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