第17話 答え

「!?」

 俺はヤクマの言葉に衝撃を受けた。

 討伐隊とか悪い冗談だ。何せ俺は戦闘経験0で、“ゴブリン”を追い返せたのもたまたまだ。


「なぜ自分が?といった顔をしているな。理由なく君を登用しようとしているわけではない」


 そしてヤクマは俺を討伐隊に必要とする理由を述べ始めた。

「君は一度“ゴブリン”と遭遇し、それを撃退している。我々警備隊は恥ずかしながら魔物に出会ったことのあるものなどほとんどいない。まして、撃退したものなど存在しない」


「......それはたまたまっ......」


 ヤクマは俺の言葉を遮るように言葉を続けた。

「それに君は瀝青アスファルト防水とやらを街中に一夜にして施した。それを策した君の能力は感服に値する」


「............」

 俺は言葉に詰まってしまった。


 そんな俺にヤクマは畳み掛けた。

「何も最前線で戦って欲しいとは言っていない。君に危険が及ばないように警備隊が全力を持って護衛する。それに君がいることで隊の士気も上がるだろう。何せ君はすっかり有名人だからな」


「一度......考える時間をいただけませんか?遅くとも明後日までにはお返事いたします」

 俺は一度頭を整理したかった。何が大切で、何をすべきかを。


「わかった。良い返事を期待している」


 --------


 ヤクマとの話を終えた俺は、ミズイガハラの街をぶらぶらと歩き回っていた。

 ここのところ視察や指南で外に出ずっぱりであった俺にとって、昼間の街を歩くのは久しぶりであった。


 街は相変わらずの活気であふれ、たくさんの人や物が往来している。


 やっぱりいい街だなぁ、と物思いにふけながら歩いていると、「カズトさん」「カズトさん」と多方から俺の名を呼ぶ声がする。


 気がつくと俺は領民達に囲まれていた。俺は一夜城の一件以来、すっかり有名になってしまったようだ。

「この間はありがとう!」「あのときの領主の顔にスカッとしたよ!」「また便利なものを教えてくれよ!」

 そう話す領民達は皆笑顔であった。


 俺は領民の皆んなが頑張ったおかげだと返すも、「カズトさんがいなければ頑張る機会すらなかった」と返されてしまった。


 これは勝てないな......と思ったこと俺は「ありがとうございます」とだけ返し、なんとか囲みから抜け出した。


 そして俺は昼食を求めてレイミの働く店へ向かった。


 店の中に入り、座席に座ると早々にレイミがこちらに気付いた。

「あ、カズトくん! いらっしゃい! 私は参加できなかったけどすごいことやっちゃったね!!」

 レイミの元にも瀝青アスファルト防水の話は届いていたようだ。


「ええ。少しでも皆のためになればよいのですが......」

 そう話す俺の頭にはヤクマからの提案がよぎっていた。


「どうしたの? 元気なさそうだけど?」

 レイミは腰をかがめてこちらを覗き込む。

 こちらの顔をまじまじと見つめるレイミだが、お互いの顔の近さに気付き、その顔を紅潮させながら慌てて離れる。

「あわわわわ! ごっごめんなさい!」


「そんな反応をされるとこっちも恥ずかしくなってしまいます」

 そう言う俺の顔も少し紅潮していたのだろうか。顔が少し熱くなるのを感じた。


 そして俺達はお互いの顔を見合わせて、笑いあったのだった。


 その後、ヤクマからの提案についてレイミに話をした。

 レイミはアレクからすでに黒い池での出来事を聞いていたため、“ゴブリン”と言う言葉への抵抗は小さかったようだ。


「いまカズトくんは領民からの期待を一身に受けてる。それは事実よ。だけどそれでカズトくんが潰れてしまっては、私もお父さんもお母さんも悲しむわ! だから周りのことは気にしないで、カズトくんはカズトくんのことだけを考えて答えを出して欲しいな」

 そう話すレイミの顔はいつになく真剣であった。俺の話を本気で考えてくれたのであろう。


「......ありがとうございます。でも悲しむって言っておいて気にしないでだなんて難しいお願いですね」

 俺はそう言いながらレイミに微笑んだ。


「あ! 本当だ! 気付かなかったよー!」

 レイミも釣られて笑う。


 側から見れば些細な会話かもしれない。でもそんな会話が俺にとっては途方もなく楽しかった。


 --------


 翌朝、俺はアレクの牧場へとアイネルを走らせていた。

 アレクに“ゴブリン”の調査結果を報告するためだ。


 ここ最近の連続した外出によりアイネルの扱いはそれなりに長じるようになっていた。


 道程はいたって順調で、昼前にアレクの牧場に到着した。


「カズトくん! おかえりなさい。また帰ってきたの?? そんなにここが恋しいのね」

 サリアが笑いながら声をかけてきた。


「ただいま戻りました。アレクさんやサリアさんが恋しくて」

 俺も冗談で返す。


「まあ」

 サリアはまんざらでもない顔をした。

 そして、こちらの要件を察してかこう続けた。

「夫に用事かしら? ──こっちよ」


「やあカズトくん。今日はどうしたんだい?」

 アレクはいつもの優しい口調で問いかけた。


「実は警備隊から“ゴブリン”の調査結果が出ましてその報告にと」


 アレクの顔が一瞬強張るのがわかった。

「それでどうだったんだい?」


 そして俺はヤクマから聞いた話をそのままアレクに伝えた。


「そうか......。それでカズトくんはどうするんだい?」


「俺は......まだ迷ってます。俺が行って何の役に立つかはわかりません。俺が必要とされているのなら参加したいです。ですが......怖いんです。“ゴブリン”のあの威圧感が、あの狂気に満ちた叫びが。目の前で誰かが死ぬかもしれない。もちろん自分も死ぬかもしれない。そう思うととてつもなく怖いんです」

 俺はありのままの気持ちをアレクにぶつけた。


 それに呼応するように、アレクも本気で応える。

「僕にはカズトくんの恐怖がどれほどのものかはわからない。だから安易に助言をすることもできない。ただ一つ言えるのはカズトくんは自分のことだけを考えて答えを出すといいんじゃないかな?皆んなの期待だとか、“異世界からの旅人”だからとか、そんなことは考えなくていいんだよ」


「......レイミさんにも同じこと言われました。さすが親子ですね」

 俺はアレクの言葉に思わず口元が緩んでしまった。


「え? そうかな?」

 アレクも微笑んでいるのがわかった。


「「はははっ!」」

 俺とアレクは思わず笑いあった。


 あー......こうして笑いあえるのってなんかいいな。


 それは元の世界にはなかったもの、そしてこの世界でみつけたものであった。

 そして俺はそれをとても大切にしたいと思った。


「アレクさん、俺......」


 こうして俺の答えは決まった。

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