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 目が覚めるとぼくは病院にいた。

 一瞬ミドリを探したけれど、彼女がここにいるわけがない。ここは、現実だ。前に入院していたのと同じ病室かどうかはわからなかったけれど、似たような病室だった。時計は午後二時を指していて、文字盤上のカレンダーは一月二十日を表示していた。

 もし物語のお終いがこの病院のシーンで終わったら、この物語の読者たるぼくは、「今までの全てが精神を病んで入院していたぼくの妄想だったのだ、本当のぼくはただずっと夢を見ていたのだ」という結論を受け入れたままこの本を閉じるだろう。そうしたら、ミドリや虚空やレコード・プレイヤーや砂になった工場長が全てぼくの単なる妄想だったということになってしまうのだ。

 ……「妄想だったということになってしまうのだ」?

 何を言っているんだろう。あれはそもそも妄想じゃないか。ミドリや虚空やレコード・プレイヤーや砂になった工場長やセレナや土人形や落ちた月なんてのも、全部、全部、ぼくの妄想じゃないか。

 今ぼくのいるここが現実。妄想なんてどうでもいい。

「今ぼくのいるここが現実。妄想なんてどうでもいい」

 そう、口に出して笑ってみた。

 何が面白いのか、ぼくには今ひとつ解らなかった。

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