第41話 遊園地では何かが起こる
「おはようございます~!お二人ですか?」
「おはようございます、二人です。それと…これを」
「あっ、いつもお疲れ様です。どうぞ!」
現在、夫婦で遊園地。職員パスポートを見せれば、余計な手続きをせずに通してもらえる。お客さん用、フレンズ用と他のゲートもあるけど、今日は前に来た時と同じく職員用から入る
「ふあっ…」
「眠そうだね」
「…誰の、せいだと」
「ごめんごめん、叩かないで」
ポスッポスッと背中を小突かれる。今朝は珍しく妻は俺より遅めに起きたけど、まだ眠気が残っているようで。原因?内容は言わないけど100%俺のせいです、はい
「どこから回ろうか?」
「そうだな…」
「そこの仲良し夫婦さん、迷っているならウチに寄っていかない?」
後ろから声を掛けてきたのはナミチーさん。彼女が受付をしているところは、シュリがギャン泣きし、トウヤを大いに楽しませたアトラクションであるお化け屋敷。他のお客さんにも好評ではあるが、俺達夫婦にとってはただの暗い場所になったところだ
「あれから少し改装したの。前よりもっと怖くなってるはずよ。キキキッ♪」
「…確かに、そう言うだけのことはありそうだな」
案内された館の前に立てられた看板には、恐怖で染まった顔をしたフレンズやお客さんの写真がビッシリと貼られていた。これも中々に効果がありそうだ
「あら、お二人ともごきげんよう。今日はあの子達はいませんのね?」
「結婚記念日でね。二人だけのプチ旅行なんだ」
「あら、羨ましい限りね~」
お化け屋敷から出てきたのは、お馴染みヘビフレンズのコモモさんとアカニシさん。中々に楽しかったとの話なので、俺の中で少しだけ期待値が上がった
「そっちも珍しいな、二人で遊園地なんて」
「視察をしに来ましたの。あの人とのデートをより良くするために。そして愛し合い、わたくしはそのままあの人と…うふ…うふふ…うふふふ…♪」
「そ、そうか…」
最近のコモモさんは、とある職員に猛烈にアピールをしているらしい。確か俺より歳下の新人さんで、真面目で頑張り屋な性格だと聞いている。どうやら彼女の熱烈な愛を、真正面から受け止めてあげているようだ
…そういう人が出来たのは喜ばしいんだけど、彼女の愛は、少しばかり過激な印象を受けるというのが本音。俺達の愛とは全然違うものだから、どうこう言うつもりはないし言えそうにもないけど、どうにか穏便に済んでほしいとは願っているよ
「私のところにも好い人来ないかしらね~」
「アカニシさんならすぐに見つけられそうだけど」
「それは貴方も候補に入ってるのかしら?」
「それは勘弁して」
冗談でも言っていいことと悪いことがあるよアカニシさん。見てよこの妻の眼力、今にもビーム出そうだよ
とまぁそんな世間話もそこそこに、俺達もお化け屋敷へと入場。相変わらず真っ暗な空間に、渡された蝋燭型の明かりが1つ。前よりも雰囲気はずっと出ていて、恐怖心を煽るのにはピッタリかも
「へぇ、ここに棺を置いたのか…おおっ、吸血鬼が出てきた。確かにビックリするかも」
「こっちにも何かあるぞ。これは…人形だな」
「たぶん、呪いの人形って設定なんだと思う。ずっと見てたら髪伸びるかもよ」
「ほう、それは面白そうだ。少し見ていくか」
けどまぁ、結果はご覧の通りです。俺は全く怖くないし、妻も好奇心が100%を占めている。本当にごめんなさいスタッフの皆さん、俺達が例外なので、どうか自信を失くさないでいただきたい
それでも妻は、俺の腕に自身の腕を絡ませ、身をピッタリと寄せてくる。『きゃーこわーい』とか言ってくっついている若いカップルを真似て、雰囲気だけでも出そうとしているのかもしれない。全くもう、可愛いな本当に
「キキキッ、どうだった…って、聞くまでもなさそうね」
「たくさん考えたのに…悔しいでしゅね…」
「いや、前よりも楽しかったのは確かだ。礼を言う」
「俺も楽しかったよ、ありがとう。欲しかった言葉はこれじゃないだろうけどね」
コウモリフレンズの皆で考えたという、俺達夫婦を絶対に怖がらせよう作戦は敢えなく失敗に終わった。いつでもリベンジは受け付けているよ、たぶん何回やっても負けないだろうけどね
「次はどうする?」
「そうだなぁ…とりあえず、片っ端から回ろっか」
「よし、ならあれにするとしよう」
*
そこから色々回って、お土産を見て、お昼を食べて、また回って。日が段々と傾く、良い時間になってきたので、最後に恒例の観覧車へと乗り込んだ
「今日も綺麗だね」
「ああ。何度観ても壮大だ」
そしてまた、観覧車は頂点に登った辺りで止まってしまった。だけどもう慣れに慣れまくっているので、お互いもう何も言わないのである。遠くに見えるサンドスター火山を眺め、反対側の景色を眺め、そして俺達の住むろっじの方向を眺める
「今考えていることを当ててやろう」
「おっ、なんだと思う?」
「トウヤとシュリのことだな」
「おやまぁ、正解。そしてそれは、君も同じ。どう?」
「ふっ…正解だ」
子どものことが気になるのは、きっと俺達があの子達の親だから。2人で誰と何をしたのか、兄妹仲良くやっていたのか、周りに迷惑をかけなかったか。他にもたくさんのお話を、帰ったらゆっくり聞きたいな…なんて、下を歩く人達を眺めながら、そんな未来を妻と話していた
──そこに、水を差す影あり
「キングコブラ」
「私は何をすればいい?」
「父さんと母さんに直接連絡を。寄り道せずに一直線に」
「分かった」
「ごめん、せっかくの記念日だってのに」
「お前が謝る必要はない。夫としてのお前と、守護けものとしてのお前。全てをひっくるめた『
いつでも真っ直ぐに、真摯に、心からの言葉をくれる。本当に、本当に君は、自慢の妻だよ
「では…行ってくる!」
観覧車が下へと到着し、ドアが開いたと同時にキングコブラは飛び出していく。両親のいるところへ、彼女は全速力で走り抜ける
そして、残された俺もまた別の場所へ。俺の方は急がなくてもいい。むしろ急いでしまったことで、全てが台無しになる…おそらくその可能性の方が高い
心を落ち着かせろ。脚を自然に動かせ。表に出すな
確実に遂行するために。内に秘めたこれを爆発させるのは、もう少し後で良い
*
「こっちはOKだ、そっちの準備は出来たか?」
「ええ。万全も万全、抜かりなしですよ」
「いよいよ始まるんだな…」
「何が始まるんだい?」
「「「!?!?!?」」」
「なーにそんなに驚いてんのさ。なんか楽しそうなことしてるっぽいから話しかけただけなのに」
観覧車から見下ろした、目標地点の遊園地の端の端へと無事に到達。そして、標的にも接触成功。共通点は黒のマスクで、黒のニット帽を被った男に、黒縁眼鏡を掛けた男に、黒いグローブを着けた男の3人。面倒だから順番に①②③でいいや、どうせ会うのも最初で最後だろうし
しかし、見事なまでに黒統一だな。どっかの探偵漫画へのリスペクトか?
「お前、どうしてここに」
「生憎、眼が良いものでね。怪しいから来たってわけ。てかその格好だとここじゃむしろ目立つだろうに。ひょっとしてバカなのか?」
「こいつ…言わせておけば…!」
「どうやら、ご自身の立場を分かっていないようですね…」
①はニット帽の中から、②は眼鏡をくいっと持ち上げつつ懐から、③は袖の内側からそれぞれ武器を取り出した。バチバチと不快な音を鳴らす機械、金属で作られた鈍器、光輝く刃物。それぞれが凶器と呼ぶに十分な、パークに相応しくない代物達
「スタンガンにトンファーにカッターナイフ…か。バリエーション豊富だな。銃じゃないのは意外だが」
「オイオイオイ、随分と余裕そうじゃねぇの?」
「これでも尚、私達に勝てると思っているのですか?」
「どうやら、バカはてめぇだったみてぇだなぁ!」
ニタニタと、よくもまぁそんなに気持ち悪い顔で笑えるものだ。妻がいなくて本当に良かった、彼女の綺麗な瞳に、こんな汚物を映させたくないからな
「一応確認しとくが、お前らは覚悟してるんだよな?」
「あ?何をだよ」
「俺に殺される覚悟だよ。俺を殺そうとしてんだから、自分がされても文句言うなよ?」
「ハハハッ、何を言い出すかと思えば。恐怖で頭がおかしくなりましたか?」
「この状況でまだなんとかなると思ってんのかよ、脳内お花畑かぁ?」
こっちは1人、向こうは3人。こっちは丸腰、向こうは武器持ち。普通の人なら逃げる一択、例え手練れのフレンズが対面したとしても、俺ならその子に逃げるよう指示を出す。まぁその理由の殆どは勝てないからではなく、こんな奴等を知ってほしくないからだけど
「ま、今回は聞きたいこともあるし、とりあえずは気絶させるだけで勘弁してやるよ。時間も惜しいしちゃちゃっと終わらせようか」
「…いちいちムカつく奴だなぁてめぇはよぉ!やれるもんならやって────」
ドゴシャッ!
「────ァェ…?」
「「…え?」」
「やれるもんなら…なんだって?」
「な、なん────」
ドゴシャッ!
「こ、この────」
ドゴシャッ!
「はい、おしまい」
やったことは極めて単純。順番にそれぞれの頭を掴んで、地面に思いっきり叩き付けただけ。一応安否確認…うん、生きてる、問題なし
「おっナイスタイミング。おかえり皆」
ここに来るまでに放っておいた式神達が、それぞれ口に目的の物を大事そうに咥えて帰って来た。ちゃんとお仕事できて偉いぞ、後でいっぱい撫で撫でしてあげるね
『緊急警報!緊急警報!遊園地内でセルリアンの発生を確認!お客様は職員、並びにフレンズの指示に従って避難してください!繰り返します!』
「うんうん、良いアナウンスだ」
どうやら、妻も無事に着いたようだ。現在、セルリアンの気配は感じられず、戦闘が行われている様子もなし。つまりは嘘のアナウンスだけど、人払いをするならこれが1番手っ取り早くて最適解
さて…俺の仕事はまだ終わってない。こいつらを運ばないといけないなんて、本当に面倒で迷惑な奴等だこと
*
その後、何事もなく妻達と合流した。妻には念のため、遊園地内のパトロールをしている母さんや他の職員達の護衛を任せている。そして俺は、別件で何処かと連絡を取っている父さんに代わり、これから取り調べを始める
「ほら起きろ、何時まで寝てんだ」
「「「ふげっ!?」」」
これまでのセルリアンばら蒔き騒動は、金に吊られた奴等ばかりで、その先に繋がる情報は何も持っていなかった。だけどこいつらは違う、明らかに何かを知っているような口振りだった
「さて、知ってること、やったこと。洗いざらい吐いてもらおうか」
「だ、誰がてめえなんかに話すかよ…!」
「私達があの人を裏切るとでも?」
「何をされてもしゃべんねぇからな!」
…なるほど、それなりの仲間意識はあるらしい。まぁそんなもの俺には関係のない話なのだが。てか眼鏡男、今『あの人』って言ったな。やっぱ裏に指示役がいるのは確定か
「それに、余裕ぶっこいていられんのも今のうちだぜ!」
「なんせここには、たんまり時限爆弾を仕掛けたからな!今頃爆破してんじゃねぇかぁ!?」
「爆弾ねぇ…。それは、これに入ってたやつのことか?」
「ええ、それのこと…なにぃっ!?」
遊園地の各地に置かれていた、セルリウムが入っていた試験管。唖然とする3人に追い討ちとして、回収し、処理を行った全てを目の前に置いてやった。今回ばかりは阻止させてもらった、やられっぱなしは癪だからな
「ま、まじかよ…この短時間で、全部…!?」
「ふむ、やはりこれで全部か。確認する手間が無くなって助かる」
「あっ…!?」
「さて、話を戻すが──」
「これじゃあ時間が…」
「──時間が、なんだ?」
ボソッと呟かれたその言葉を、俺の耳は逃さなかった。しかし聞き返しても、返ってきたのは沈黙だけだった
「…はぁ。言わないというなら仕方ない。さよならだ」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってください!」
「こういうのはもっとこう…あるだろ!?」
「何をされても話さないんだろ?なら尋問も拷問もやる意味はない。これ以上は時間の無駄だ」
「お、俺達が死んだらどうなるか…」
「セルリアンに喰われた、そういうことになるだけだ。そもそもお前達は不法侵入者、ここで死んだところで自業自得。それに俺には、パークに悪意をもって害を為す輩を、野放しにしておく理由がない」
どうせやらかしてもワンチャン生きて帰れるとか考えてたんだろうが、そんな甘い考えが通じると思うな。ここは優しいだけの世界じゃないし、お前らのようなやつに持ち合わせる優しさなんてねぇんだよ
…なんて言ったけど、それは本当に最後の選択肢。まぁ、あの人にあれだけ頭を下げられてしまったのだから仕方ない。とりあえず、さっきと同じ事をして出方を見ようか
「わ、分かった!言う!言うから!」
脅しの効果は絶大だったようで、固い口がようやく開かれた。二度はないぞという意味を含めた瞳を向けて、さっさと話せと命令をする
「俺達は、俺達の目的は──!」
それぞれが話し出す。全てを聞いて、俺は心底後悔した。こんな人間ごときに、これだけの時間をかけてしまったことを
そして、この一連の騒動に対しての、己の浅薄さを呪った
幻想の けもの After Story 遊士 @S-Django
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