第34話 1年に1度の!


「出来映えはどうだ?」


「バッチリだよ。全部美味しかった」


「…味見と称して食べすぎていないだろうな?」


「大丈夫、それ用に同じものを1つ作ったから」


「たくさん食べてることには変わらないな…」


「まぁまぁ、君の分もちゃんと残ってるよ。味見用にね?」


太陽が空の真上に昇ったくらいの時間帯に、俺とキングコブラは自宅のキッチンにいる。渋い顔をしていた妻だったが、ゆっくりと料理を食べた後に笑顔を咲かせた。今回も完璧だと改めて確証した


「2人は?」


「今は向こうの中庭で遊んでいる。もう少しで戻ってくるだろう」


「ならもう並べとこうか。そろそろ…っと?」


「どうやら来たようだな」


言いかけたところで、外からバスが止まる音がした。妻にこの場を任せて、俺はお出迎えをするとしよう


「いらっしゃい。そしてお疲れ様、父さん母さん。荷物持つよ」


「ありがとうございます。あれよこれよと増えてしまって…」


「ホントだ、結構重いね。何が入ってるの?」


と、新作のジャパリまんじゅうやらお菓子やらだ。色々あった方がいいと思ってな」


「本当にありがとね」


「お礼なんていいんですよ。今日は特別な日ですからね」


今日のために、前々から連休を取ってくれていた両親。忙しい日々が続いていて今年は無理そうかなぁと思ってたけど、部下達の助けもあってどうにかこうにか休みを勝ち取って来てくれたのだ


…ただ、その分の仕事は後日のし掛かってくるみたい。せめて今日明日だけでも、2人にゆっくりしてもらいたいものだ


「準備はどうだ?」


「完璧。今キングコブラが料理を並べてくれてるから、後は皆を呼ぶだけだね」


「今日の主役はどこに?」


「今は──」


「あっ!おじーちゃんおばーちゃん!」


おっと、噂をすればなんとやら


「あら、トウヤくんシュリちゃん。こんにちは」


「こんにちは!遊びに来たの?」


「その理由は半分だ。もう半分はお祝いしに来たんだぞ」


「「おいわい!」」


その言葉を聞いて、揃って瞳を輝かせた2人。お待たせしました、今日の宴を始めましょう




*




『お誕生日、おめでとー!』



皆で声を合わせ、勢いよくクラッカーを鳴らす。ホールケーキに乗せられた、合計10本の小さな蝋燭に灯された火を2人が吹き消すと、もう一度大きな拍手が起こった


そう、今日は誕生日。愛する我が子達の、1年に1度の大切な日だ


なんとこの兄妹、産まれた日が同じなのである。順調に日を重ねて産まれたトウヤと、予定日より早く産まれたシュリ。運命が照らし合わせたかのように、2人の誕生日は同じになったのだ。一緒という特別感もあって、毎年豪華な料理を用意し、庭でパーティーを開いてお祝いをしている


「2人ともお誕生日おめでとう、これお祝いのフルーツね」


「ありがとうサーベルちゃん!」

「ありがとー!とってもおいしそー!」


「ふふっ、喜んでくれて良かったわ」


サーベルタイガーさんを筆頭に、今年も多くの友達が来てくれて、子ども達にお祝いの言葉を掛けてくれている。他にもお土産を持ってきてくれる子がいるから、食べるものが足りなくなることはなさそうだ


「ねえねえ、早速なんだけど写真撮ろうよ!トウヤちゃんシュリちゃん、並んで並んで♪」


「全く、お前というやつは…もう少し落ち着きを持ってだな」


「まあまあ。とても良い案だと思いますわ。せっかくの晴れ舞台…とは違うかもしれませんが、特別な日ですもの、少しくらいはいいのではありませんこと?」


「だよねー!2vs1でボク達の勝ちー!というわけでー…まずは1枚!」


「いえーい!」

「わっふーい!」


「いいよいいよー!そのまま続けてー!」


ノリノリで考え付くキメポーズを取る主役2人。やいのやいのと言い争っていたのは、エリアを跨いで来てくれた北欧3姉妹。シャッターを切るリル姉さんに、なんだかんだ楽しそうなヨル姉さん


そして──


「結局そういう話し方でいくんだね、“ヘル” 姉さん?」


「ええ。“わたくし” 、元々は女神ですから。これからはお淑やかに過ごそうと思いまして」


「結構崩れるけどね」

「ああ。女神(笑)だな」


「言ったなぁ!? …あっ、ゴ、ゴホン。そんなことないですわよ?」


早速お嬢様口調が崩れたがなんとか持ち直し、『オホホホ』と口に手を当てて苦笑いをしている。随分とまぁ無理をしているようにも見えるけど、本人がそう決めたのならなにも言うまい


そんな姉さんは、あの北欧神話に出てくる死の女神、“ヘル” を元にしたフレンズであり、俺が姉と呼ぶ4人の内の一人だ


黒の瞳、肩まであるストレートの金色に輝く髪。ピンクのリボンがついた帽子に、紫と白が入り交じった服に、フリルのついたスカート。背中に折り畳まれた、広げれば大きなコウモリのような翼を持つフレンズ


そして、パークの “守護けもの” の一人


ヘル姉さんは出生が特殊で、元々はセルリアンで俺達の敵だった。だけどいくつもの奇跡が重なり、彼女は俺達と同じフレンズとなり、こうして本当の家族になれた


ヘル姉さんの担当はナカベエリアで、オイナリサマやカコさんのいるパークセントラルに比較的近いエリア。自身の経歴や能力を生かして、カコさんの研究の手伝いを積極的にしているようだ


「そういえばコウ、『彼女』には会えまして?」


「彼女…とは?」


ヘル姉さんの問いかけに問いかけたら、怪訝な顔をされ首を傾げられた。『質問を質問で返すなあーっ!』とでも言いたげだけど、俺にとってはこう言うしかないのである


「おかしいですわね…既に会っていてもおかしくないのですけれど…」


「その子がそっちを出発したのっていつ頃?」


「随分と前になりますわ。そこらのセルリアンにやられるような子ではないのですが…」


最近は大型やハンターセルのような凶悪な個体の出現報告はないし、大量発生したという事例もない。魔物型モンスターセルリアンの報告はよく聞くけど、ヘル姉さんも認める力を持ったフレンズがそんなのに負けるとは思えない


だとしたら、それ程までの脅威が隠れて──


「わぁ!これなに!?」

「なんか変なのいる!」


「ん?どうした?」

「何かあったか?」


「パパ!ママ!これ見て!」

「変なの写ってるの!」


「…これは…なんだ?」

「尻尾…いや、翼…?」


2人が見せてくれた1枚の写真。その右端に、確かに何か細いものが写り込んでいた。気のせいかと思い他の写真を確認すると、写っている場所こそ違うものの、全て同じものだった。それを見たヘル姉さんは小さくため息をついた


「もしかして、 “これ” がその子のものなのか。撮りたいのなら言ってくれれば撮るというのに…何故このようなことを?」


「この子のイタズラ心が炸裂しているのですわ。今頃、貴方達の驚いた顔が見れて御満悦かと」


それはそれは…中々いい趣味をお持ちで…


さて…“この子” は今、この場のどこかに潜んでいるということになる。風や音を感じさせない飛行には驚いたけど、大人数がいる中で飛ぶのは些か危険だ。いつ誰にぶつかってもおかしくないから、ちょっと強引にでも捕まえさせてもらおう


「きれーな羽根だねー!」

「ひらひらしててかわいいー!」


とか思っていたのも束の間、その子は姿を現していた。褒められて嬉しいのか、空中をくるくると回っては羽根(?)を舞わせている。それに飛び付く子ども達は、さながら猫じゃらしとネコのようだ


「お前、名前は何と言う?」


「☆………♪…!」


「「???」」


「…もう一度いいか?」


「☆………♪…!」


「『スカイフィッシュ』さん…ね」


スカイフィッシュ、確か空中を高速で移動する未確認生物…UMAと考えられていたもので、実際には高速でカメラを横切った昆虫などが正体らしい。神や妖怪ですらフレンズ化するのがこのジャパリパーク、彼女が顕現してもおかしいことはなにもない


それにしても言語(声?)がとても独特で、皆には内容が一切伝わっていないようだ。察するに、俺はだから彼女の言葉を理解できているのだろう。それを知らない子ども達は、俺をすごいスゴいと褒めてくれている。とても嬉しいです、もっとしてもいいんだよ?


「やっぱり先に来てたか…待てって言っても聞かなかったしな…」


「ツチノコちゃん!いらっしゃい!」


「よぉ、2人とも誕生日おめでとさん。ほら、祝いの土産だ」


「わーい!ありがとー!」


ツチノコさんもお祝いの言葉と共に、豊富な種類のフルーツを大量にくれた。サーベルタイガーさんのと合わせて凄い量だ、これなら当分デザートには困らないな


「…; ;?」


「心配するな、怒ってねぇよ」


「……♪」


「二人は知り合いだったのか?」


「まあな。こいつが来た時と同じくらいの時期にな。コウのことも以前から知ってたみたいだぞ?観察されていたみたいだな?」


ああ…時々感じていた視線、それは彼女が俺を見ていたものだったのか


「それなら直ぐに遊びに来てくれても良かったのに、なんで来なかったの?」


「…!☆☆……☆!」


「えぇ…」


「何て言ったんだ?」


「『キョウシュウ観光が楽しくて後回しにした』だってさ」


「…そうか」


キョウシュウを任されてる身としてはとても複雑な気持ちです。島に興味を持ってくれるのは嬉しいけど、俺は放置を食らったわけだし。結構おてんばで自由な子なのかな?


まぁ、今日という日に来てくれたのは良かった。子ども達に新しい友達ができたからね。もうすっかり仲良くなっていて、ひらひらと飛ぶ彼女と仲良くおいかけっこをしている


「さて…ミドリ、そろそろあれを渡そうか?」


「そうですね。トウヤくん、シュリちゃん、こちらに」


隅っこに置いておいた例の物を持って両親が子ども達を呼ぶ。やはり待ち遠しかったようで、風のごとく2人は駆けつけた。スカイフィッシュさんも来た。ごめん、君の分はないからいっぱい料理食べてくれ


「改めて、2人ともおめでとうございます。はいこれ、おじいちゃんとおばあちゃんからの誕生日プレゼントですよ」


「「ありがとーございます!!!」」


子どもにとって誕生日の一番の楽しみといったら、やはり『誕生日プレゼント』だろう。現に今日一番はしゃいでいるのだから間違いない。なんならここ数日で一番かもしれない


「おおー!かっこいいー!」

「ふわぁ!かわいいー!」


「気に入ってもらえてなによりだ」

「悩んだ甲斐がありましたね」


トウヤに渡されたのは竜のリアルな造形のフィギュア、シュリに渡されたのは虎のデフォルメされたぬいぐるみ。まだまだこういうのが好きなお年頃、皆に自慢しているのがなんとも微笑ましい


そして、それともう1つずつ。俺とキングコブラが選んだものがある


「2人とも、これを開けてごらん?」


「んしょ…これって靴?」

「こっちはお洋服なのかな?」


「少し違うな。どれ、着せてやろう」


早速袋から取り出し、それを着させる。二人より少しサイズが大きいので、袖や裾を捲ったり、フードを少し締めたりして微調整。最後に長靴を履かせて、等身大の鏡に映してあげれば…


「うわー!仮面フレンズがいる!」

「私仮面フレンズに変身した!?」


「これは、仮面フレンズなりきり雨具だ」


「「あまぐ?」」


「雨の日に使う物のことだ。傘と同じだな」


プレゼントの2つ目。それは所謂『雨合羽』と長靴だ。雨の日であっても、これを着れば外で遊べるようになる。勿論長時間はなし、保護者がついていることが前提の話ではあるのだが


そして、色が一色のシンプルなものだとせっかくの誕生日に相応しくないと考えた俺達は、両親に頼んで、2人の好きな仮面フレンズのデザインをあしらった雨合羽を用意してもらったのである。雨の日でなくともこれを着れば、一層ヒーローごっこ遊びが楽しくなるだろうし


「フレンズキィーック…わっととと…!」

「ダーッシュ!ダーッシュ…わわわ…!」


「まぁそうなるな…危ないからやめとこうな?」


「「はーい!」」


…長靴に慣れるのには、もう少し時間が必要かもね?




*




「さて、去年よりも伸びてるかな?」


「伸びてるよ!ぐぐぐーんってね!」

「私も私も!絶対大きくなってるもん!」


パーティーの賑わいも落ち着いてきたので、二人をろっじの中庭にある大木の前に立たせる。この大木には二人の成長記録が刻まれている。並んでもらって、頭の天辺に合わせて手を水平におく


「シュリ、背伸びしちゃダメだよ!」

「しないもん!あっ!お兄してるじゃん!」

「アハハ、バレちゃった!」


「ほらほら動かない動かない。さっ、いくぞー!」


スッ…と横に手を動かすと、今年も新しい痕がハッキリと残った。それよりも下に、何本か同じような痕が残っている。これはこの子達の背比べをしてきた歴史…なんて、少し大層かな?


「分かるか?こっちが去年で、こっちが今のだ」


「うん!伸びてる!」

「おっきくなってるね!」


「ああ、確実にな。これならトウヤの『ツチノコちゃんなでなで計画』は順調に進みそうだな?」


「じゅんちょーじゅんちょー!これなら直ぐ出来そう!」


「くっくっくっ、そう簡単にいくかな?」

「いくかな!?」


「いくもん!あとシュリ真似しない!」


「なでなで計画…それ、面白そうね。私もお願いしちゃおうかしら?」


「いいよ!サーベルちゃんにもいっぱいなでなでしてあげるからね!」


「ふふっ、また楽しみが増えちゃったわ。でも今は、私が代わりになでなでしてあげる」


「んっふふー♪」


おやおや、なんとまぁご満悦な顔しちゃって。にしても2人にそんな約束してしまうなんて、トウヤも中々やるもんだ


「…大きくなったら、かぁ」


トウヤは6歳、シュリは4歳。少し前までハイハイしてたと思ったら、自分で歩くようになって、元気に走り回るようになって。子どもって本当に、俺が思ってる以上に成長するのが早い。それが嬉しくて、なんだか少し寂しい気持ちもある


「子離れ出来そうか?」


「…………出来るよ、きっと」


「随分と長い間だったな?将来その間が取れるのか楽しみにするとしよう」


イタズラっぽく君は笑う。仕方ないじゃないか、こんなにも愛おしいのだから


「そういえば、朝これが届いていたぞ」


妻から渡されたのは、1つの縦長の茶封筒。『コウさんへ』としか書かれていないのに届くのは流石ジャパリパークだ


さてさて、肝心の中身は…っと


「へぇ…これは凄いね」


「嬉しい誕生日プレゼント、だな」


この誕生日プレゼントが使えるのは、もう少し日にちが経ったら。大切に閉まっておいて、その時になったら遠慮なく使わせてもらおう。ヒーローごっこで盛り上がるトウヤとシュリを見ながら、俺はサプライズとしてこれをそっと隠すのだった

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