第25話 一夜明けての報告


「トウヤ、見つけたぞ!」

「うわっ!もう!?」

「シュリ!そこにいるな!」

「ええー!?早いよぉー!」


外からヒグマさんの気合いの入った声と、子供達の楽しそうな声がよく聞こえる。そこから少し立って、キンシコウさんとリカオンさんの叫ぶ声も聞こえてきた


病室から覗いてみると、キャーキャーという声を重ねながら皆で逃げている。あの様子だと捕まるのは時間の問題だな、ヒグマさん速いし


「調子はどうだ?」


「痛いはだいぶ引いたよ。動くのに支障はないね」


「それは良かった。だが無理はせず、今日も回復に努めること。いいな?」


「りょーかい」


特製ジャパリまんを頬張り、妻から受け取ったラムネで流し込む。最初は合わないと思っていたこの組み合わせも、食べてしまえばそんな考えもどこかに飛んでいってしまった。これホントに美味しいわ


このラムネは、最近開発されたフレンズ用のもの。サンドスターが溶けていて、野生解放や怪我の治療等で大幅に使われたサンドスターを即座に補充し、回復を促進させてくれる代物だ。色が6種類あって、現在7種類目の開発が取り組まれているらしい


色は黄緑、桃、水、赤、青、緑で、味も少し違いがある。フレンズ毎に好みが変わり、好きな味の色なら回復効果も上がるとのこと。なんとも不思議なものだが、サンドスターがそういう性質に変わっていると考えれば納得できる


因みに、妻が好きなのは緑で、俺はどれも同じくらいに好き。俺は体質が特殊だから、どれを飲んでも効率は変わらない。逆に言えば、どれを飲んでも効果は高い。小さな瓶に入ってる物でも高いのはありがたいことだ


さて、そんな便利アイテムであるラムネ、いったい誰が持ってきてくれたのかというと──



「相変わらずよく食べてるな。これも食べるか?」



──早速、答え合わせが出来そうだ


部屋に入ってきたのは一人のフレンズ。お見舞い品に持ってきてくれた色とりどりの果物をテーブルに置き、ラムネ…ではなく、持っていたペットボトルに入った水を飲み始めた


「そうだね…リンゴを頂こうかな、 “ヨル” 姉さん?」


「了解した。少し待っていろ」


少し大きめのリンゴを取り、ウサギのような形へと器用に切り始める姉さん。あっという間にお皿にウサギの群れが出来上がったので、遠慮なく頬張っていく。しゃりしゃりとした食感と甘い果汁がたまらなく美味しい


そんな俺が姉さんと呼んだフレンズは、あの北欧神話に出てくる蛇、“ヨルムンガンド” のフレンズであり、俺が姉と呼ぶ4人の内の一人だ


翠の瞳、首元までの少し短めな癖っ毛のある翠色の髪、細いけど全身に巻き付けても余るくらいに長い尻尾。所々目のような白い模様が入った(被ってない)フード付きパーカーを羽織り、ショートパンツを履いているヘビ系フレンズ


そして、パークの “守護けもの” の一人


ヨル姉さんは普段はこの島じゃなく、ゴコクエリアというキョウシュウの隣のエリアにいる。そっちの方は今は平和そのものらしく、暇が出来たから昨日から遊びに来ていたとのこと


んで、今の今まで父さん達の手伝いをしてくれていた。来て早々大変なことに巻き込んでしまって申し訳なかった。姉さんは気にしてないけど頭が本当に上がらない


「もうすぐ診察が終わるから呼びに来た。食べ終わったら来い」


「よし、行こうか」


「速いな…」


美味しいからね仕方ないね。だから蛇さん二人揃って呆れ顔はやめてほしいな。ちゃんと噛んで食べて味わってるからやめてほしいな



*



「入っても大丈夫ー?」


「いいですよー」


「はーいっと… 調子はどう?」


「おかげさまで良くなってきたわ。身体もだいぶ動くようになってきたし。ありがとうね、ミドリ、タヌキ」


「いえいえ、どういたしまして~」


「全然気にしなくていいですからね!」


訪れた部屋は、サーベルタイガーさんの病室。さっきまでテーブルに座っているラッキーさんと母さんで、彼女の診察をしてもらっていた。その言葉に嘘は混じってなさそうだ、昨日と比べて彼女の顔色が凄く良くなったのが見てとれるから


母さんは一度父さんと図書館に向かい、そこから姉さんと一緒にこっちに来てくれた。ジャパリまんやラムネの手配をしてくれたのも二人だ。それはありがたいんだけど、大きめの段ボール6箱分は流石にビビるよ。引っ越しの荷物かと思ったよ


それはさておき、俺達がここに来たのにはちゃんと理由がある。とても大切な理由がね


「では、色々と話していきましょう。気になっている内容がなのは分かっていますが、まずは別件を話してもいいですか?」


「いいよ。そっちも大切だしね」


「ありがとうございます。ではまず、立入禁止区域に指定した森についてですね」


ハンターセルの群れ、及びベヒーモス型の大型セルリアンの再出現によって、あの森は立入禁止区域になっている。入れるのは俺のような守護けものや、両親のようなパークで立場が上にいる人達、そして俺達から立ち入り許可を出した者達だ。ただ最後に関しては、たぶん俺を含めた上の人が一緒に着くことになる


「コウくんがサーベルタイガーさんを迎えに行っている間、ハンターセルが数体現れました。ですがそこは流石のハンターとへいげんの子達、上手く連携して倒してくれました。そのおかげで、周辺のフレンズや職員の避難は無事に完了しました。これについてはアオイさんからお伝えしましたね」


首を縦に降って肯定、ここまでは昨日聞いたこと。今はへいげん組が交代交代で警戒、警備をしてくれているようだ。退院したらお礼しなくちゃ


「一通り終えた後、私はヨルと共に森の中に入り、なぜこのような事態になったのかの調査をしました。結果分かったことは2つ。1つ目は、あの森はサンドスターとロウの濃度が、通常時と比べてあまりにも高かったということです」


サーベルタイガーさんがあんな状態になってしまった理由と、強力なセルリアンが発生した理由。それが原因と考えれば何も不思議なことじゃない


「だが、噴火した当日は特に問題はなく、噴火してから数日経ってもセルリアンの被害はなかったのだろう?今になってハンターセルや大型が出現したのは何故だ?」


流石妻、鋭い。そこは俺も気になっていたところだ


「…そのことが、次に話す2つ目に当たります。これを見てください」


タブレットに映し出された、ある一つの写真。黒色に微かな虹色が混ざりあった繭のような大きな何かが、食い破られているような姿でポツンと残っていた。それは自然の中にあるには、あまりにも不自然なものだった


「これは?」


「ほんの少しだけ純粋なサンドスターが混じってはいますが、数値から結論を出せば、これはサンドスター・ロウの塊です。この穴は内側から破られたと推測できますね。出てきたのは十中八九ハンターセルでしょう」


「今これはどうしてる?」


「残念ながらなくなってしまいました。私達が近づいた途端、分裂していつものサンドスターとセルリアンになりましたので。生まれた個体は全てヨルが倒してくれたのですが…結局、詳しいことは分からずじまいです」


周辺の調査をしたけど、どうやら同じようなものは発見できなかったらしい。繭の大きさと出現したハンターセルの数を考えると、繭の数は少なかった、またはこれ1つだけだったのかもしれない


ただ、疑問が解決したわけじゃない。なぜこれが生まれたのか。なぜ現在に至るまで見つからなかったのか。これもまたサンドスターの気まぐれか、サンドスター・ロウ…セルリアンの進化なのか。何れにせよ、今まで以上に警備と警戒を強めなくちゃな



「では…ここからは、サーベルタイガーさんに起こった現象──【ビースト】について話していこうと思うんですが、これについては話をしたい人がいますので変わります。ラッキー、繋いでください」


「了解シタヨ」


ピロピロピロ…と数秒。ラッキーさんの瞳が緑に光り、向こうから声が聴こえてきた


『…繋がったかしら?聞こえてる?ミドリ?』


「はい。ハッキリ聞こえてますよ」


『ならヨシ。久しぶりね、コウ?』


「…ええ、お久しぶりです、“カコ” さん」


声の主は、ジャパリパークの副所長であり、両親やミライさんの直接の上司にあたり、ナナさんの従姉妹であるカコさん。こうして話すのも随分昔のように感じる、なんせお互い干渉することは殆どないからだ。あったとしても、だいたい両親かオイナリサマを経由するしね


軽い挨拶は程々に、早速本題に入っていこう


「カコさん、ビーストってなんですか?」


『ビーストとは、ヒトとの姿が混ざりあった、アニマルガールのもう1つの姿であり、イレギュラーそのものである存在。それとビーストには、先天的と後天的の二つがあるの』


「先天的?それって生まれた時からってことですか?」


『ええ、そのような個体もいたの。だからサーベルタイガーのは後天的と言えるわ。…尤も、完全なビーストではなく、その一歩手前で踏み止まったというのが正しいのでしょうけどね』


自身の推測と経験を踏まえて、カコさんは話を続けていく


・ヒトやフレンズアニマルガールと関わろうとしない

・行動は野生動物そのものだが、どこか理性が残っているようにも思える

・警戒心が強く、近づくと一瞬で姿や気配を消す

・サンドスターが常に洩れ出し、けものプラズムが崩壊している

・セルリアンに積極的に向かい、排除しようとする


カコさんが並べたビーストの特徴。その中には、サーベルタイガーさんの時と合致する点が多くあった。これは確かに、あの状態はビーストと呼ぶ他ない


パークが創られ、ヒトが離れるまでの間に、ビーストとして生まれた子…先天的な子は二人、後天的になった子は一人。そこから現在に至るまで、ビーストの発生報告はない。今回は4例目で、後天的の2例目だ


『初めて見た時に直感したわ、助けなきゃってね。でも上手く出来なくて、次に見つけられた時にはもう手遅れで、助ける前に元の姿に戻った。そんなことが2度と起きないようにと研究と準備をしていたけど…結局、2人目も同じ末路を辿ってしまった。後天的にビーストになった子は、セルリアンを倒した後すぐに動物に戻った。助ける準備すらさせてもらえなかった。 …これが、私達とビーストと呼んだ子達の話よ』


カコさんの声は震えていた。横目で見た母さんも俯いている。2人の心の状態は痛いほど伝わってきて、なぜ今まで話してくれなかったのかという想いは何処かに消えた


「…後天的になった子はセルリアンを倒したって言いましたが、その時の状況は覚えていますか?」


『ええ。大型のセルリアンに飲み込まれた子供を助けようとした。結果的に子供は助かったけど、あの子はその場で…』


つくづく、今回のことに重なる。大切なヒトを助けようとした結果起きた悲劇。サンドスターは融通なんて効かせてはくれないと改めて実感した


俺に出来ることは、ビーストを発見した際はいち早く保護するということだけ。それくらいしか思い付かないのがもどかしいけど、それでもそれを全力でやるしかない。もし間に合ったのならば、今回と同じように助けることが出来るかもしれないのだから


「ありがとうございます、話してくれて」


『礼には及ばないわ。いずれ話さなきゃいけない事だと思っていたから。…私からも、1つ質問をしてもいいかしら?』


「いいですよ、なんですか?」


『貴方はどうやってサーベルタイガーを連れ戻したの?』


「姿とサンドスターの性質をサーベルタイガーに変えて、彼女に出来る限りサンドスターを渡しました。放出するサンドスターを抑えるように、全身を包み込みました」


『そういえば、そんなことが出来るって言ってたわね。流石はキメラといったところかしら』


『彼女を抱き締めながらやりました(意訳)』ということは言わなかった。言いたくはないし言う必要もないんだけどね。納得はしてくれたから、今回の話はこれで終わりだ


因みに妻とサーベルタイガーさんにはちゃんと説明したよ?サーベルタイガーさんは気まずい顔を、妻は複雑そうな顔をしてたけど。不可抗力とはいえ他の女性抱き締めたらそんな顔にもなるよね。ギューッとしたら機嫌が良くなったのは不幸中の幸いだったと言えるかな



*



「パパ、難しいお話終わった?」


「ああ終わったぞ。二人は何してたんだ?」


「『だるまさんがころんだ』やってた!リカオンちゃん強くて、私もお兄もすぐに捕まっちゃったの!」

「ヒグマちゃんも “ふぇいんと” で転んじゃってたんだ!リカオンちゃんさいきょーすぎる!」


「ト、トウヤ!それは言わない約束だっただろう!?」


「ほほう?そこまで言われるその強さ、見せてもらおうではないか」


「私もリベンジします。やられっぱなしは性に合いませんので」


「オーダー、了解です。また転けさせてあげますよ!コウさん、もちろん貴方もね!」


おっと、珍しくリカオンさんが調子に乗ってる。これは分からせる必要がありそうだ。俺達は簡単には屈しないということをな!


「私も混ぜさせてもらおう。こういうのは久々だからな」


「私も是非。懐かしくてやりたくなっちゃいました♪」


とかやんややんや言ってたら、姉さんと母さんもや参加した。結果、この場にいた全員でリカオンさんに挑むことに。流石にこの人数(とプレッシャー)を相手にするとは思ってなかったようで、リカオンさんの表情は若干ひきつってた。審判のサーベルさんとタヌキさんもこれには苦笑いである


「…じゃあ、いきますよー!だーるーまーさーんーがー…」


覚悟を決めたリカオンさんの合図で、そろりそろりと歩き始める。太陽が隠れ、まんまるの月が高く浮かぶまで、俺達は彼女に挑み続けたのだった

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