第21話 狩人
「さて、やるか」
「気を引き締めていきましょう」
「オーダー、了解です」
「何があってもいいようにしないとね」
「油断はしないように…ですね!」
しんりんちほーにある、図書館から奥に向かった先にある森の付近。ヒグマ、キンシコウ、リカオン、サーベルタイガー、タヌキ…所謂『セルリアンハンター』と呼ばれる彼女達は、揃ってここに来ていた
普段は別々にパークを巡りセルリアンを退治している彼女達だが、図書館で長に料理を作らされていたヒグマ達の所に、調べものをしに来たサーベルタイガー達が訪れたことで合流した。因みにサーベルタイガーは料理に巻き込まれた
一通り料理が終わった後で、博士から『
そして、せっかく一緒にいるのだからということで、彼女達は全員でここの調査をしに来たのであった
「今のところ、痕跡は見られませんね。 …あっ、可愛いお花が…」
「感じるのは草木の匂いだけですね。でも良い匂いです…」
「特有の音も特にないですね。あぁ…風の音が気持ちいいですね…」
助手から渡されたジャパリまんを頬張りながら、キンシコウは目で、リカオンは鼻で、タヌキは耳でセルリアンの気配を探る。しかし何も感じなかった三人は、それぞれ別のところに意識が向いていた
そんな様子を見た、武器を構えていたヒグマとサーベルタイガーは笑った。肩の力が抜け、張りすぎていた気は緩み、心に余裕が少し生まれた
「そういえば、どんなセルリアンを見たんでしたっけ?」
「確か、丸い形をしたセルリアンと言ってましたけど…」
「ならいつものやつか?」
「どうでしょうね?新しいセルリアンの可能性もあるわ」
「もしそうだとしたら、後で報告しないとですね!」
昔からいるもの、ここ最近生まれたもの。多種多様なセルリアンが、
今回目撃されたセルリアンが、どのような個体なのか彼女達は知らない。だが何が出てきてもいいように、心構えはしっかりとしていた
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「ふぅ…今日も満腹満足なのです」
「あの二人、更に腕を上げていましたね」
「ええ、もう立派な料理人なのです」
「副業として十分やっていけるのです」
場所は変わって図書館。ヒグマとサーベルタイガーの料理をたらふく食べ、食後の休憩の長い読書を終えた博士と助手は、デザートにと用意したイチゴに練乳をかけて食べていた。デザートは別腹、頭に糖分は必須、とでも言うかのように、ポイポイと口に入れてはご満悦な顔をしていた
そんな二人の元に、新たに二人のフレンズが訪れた
「博士、助手、少しいいですか?」
「おや?ダチョウではないですか。それと…」
「確か…お前は “アメリカレア” でしたね。どうしたのですか?そんな顔をして」
「それが…」
「また今度、次の未知を探しに行きましょう?パークには未知がまだまだ沢山ありますから、そうがっかりしないでください?」
「…分かったわ。ありがとうダチョウ姉さん」
少し不満そうだったのは、先日フレンズになったばかりアメリカレア。そして、彼女を宥めているのはダチョウだ
アメリカレアが生まれた際、すぐ傍にいたのはダチョウだった。種族が近いこと、様々なことを教えてくれたことで、アメリカレアはダチョウを『姉さん』と慕うようになったのである
「実は、未知のお告げが出た場所に、もう一つのお告げが出たんです」
「ほう?それはなんですか?」
「『狩人、森林の奥地にて現る』…と」
「狩人…現る?それはセルリアンが現れるということですか?」
「だと思われます。もしかしたら、強力なセルリアンかもしれません」
そう、2つのお告げが指し示した場所は、どちらもしんりんちほーの奥の森だった。こうして今日も仲良く出掛けていた二人だったが、不運にもそうもいかなくなってしまったのだ
「その場所には、少し前に
「五人寄れば文殊の知恵どころではないのです。あいつらなら直ぐに片付けてくれるでしょう」
「本当?なら終わった後になら行っても大丈夫かしら?」
「完全に安全を確認できれば、ですがね」
「やったぁ!」
飛び上がり、嬉しさを身体で全力で表現するアメリカレア。やれやれと呆れている長の視線など気にせず、既に未知へと想いを馳せていた
しかし対照的に、ダチョウの表情は優れなかった
「ダチョウ?どうしたのですか?」
「…博士、助手、直ぐに応援を…出来ればあの人を呼んでください。念のため、パークのスタッフにも連絡をして下さい」
「え?ね、姉さん?どうしたの?あの人って誰?」
「…分かりました」
「私は分からないんだけど!?」
「後でいくらでも教えてやりますから、お前達も手伝うのです」
お告げで見えるのは、ぼんやりとした少し先の未来。しかし確実に分かったのは、それが悪い方向に向かうということだ
助手はハンター達の元へ、ダチョウとアメリカレアはへいげんへ向かうよう博士が指示をする。一人残った彼女はラッキービーストを呼び、何処かへ繋ぐよう催促した
それぞれが迅速に動き始める。その先にある、まだ見ぬ未知に備えて
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「結構生まれたんだなぁ」
サンドスター火山の噴火から数日後。俺は送られてきた、登録されたフレンズのリストを眺めている。それぞれの特徴、生まれた場所、印象や性格等が細かく書かれていた。噴火した初日だけでなく、そこから数日で新しく生まれたフレンズも結構いたらしい。手書きで補足が書かれているのもあるけど、たぶんこれはミライさんが書いたな…
「これなーに?」
「これは新しいフレンズ達の資料だよ。少し前に俺達もお迎えしたのは覚えてるか?」
「うん。でも見たことない子もいっぱいいるよ?」
「パーク中で生まれたからね。この子達は他のちほーにいるんだ」
「この子達もお友達になれるかな?」
「なれるさ。きっとな」
今後の予定は、新しいフレンズに会いに行くことが主になりそうだな。まずはどこからにしようかな?遊園地から各ちほーに順番に行くのがいいかもしれないね
「ご飯出来たぞ」
「はーい!」
「いくー!」
「ああこらこら、走るんじゃない。ご飯は逃げないぞ」
「今日の晩御飯は何を作ったの?」
「麻婆豆腐だ。それと、この前食べた古代料理もある。まだ残っていたから、それも食べてしまおうと思ってな」
「いいね!」
グッ!と親指を立ててサムズアップ。呆れながらも笑うキングコブラに、こっちもおかしくなってつい笑った
古代料理とは、その名の通り遥か昔の料理のことである。最近サーベルタイガーさんが熱心に研究していて、この前来た時に振る舞ってくれた。あのジャガイモを使った料理は、もっちもちの食感に甘塩っぱいタレが絶妙なんだ…
「思い出してるところ悪いが、食べたいのなら速く行った方がいい。残り少ないから取られてしまうかもしれないぞ?」
「それはいけない速く行こう」
残しておいてくれるとは思うけど、それが冗談にならないくらいに美味しかったのだ。俺も精進して、サーベルタイガーさんの味を再現できるようにしないと
「コウ、チョットイイカナ?」
「ラッキーさん?どうした……すぐに繋いで」
ラッキーさんの通信が始まると同時に、俺はその場に防音と目隠し効果を併せ持つ結界を張った。なぜそうしたのか、それはラッキーさんの瞳が、緑と赤の交互に点滅していたから。これは危機が迫っている時の通信、万が一にでも子供達には聞かせられないものだ
『コウ、図書館の奥にある森です』
「分かった、直ぐに行く。…ごめんキングコブラ、ご飯は…」
「謝らなくていい、お前の分は分けておく。 …これを持っていけ。お前も皆も、守ってくれるはずだ」
「これは…ありがとう、心強いよ」
渡してくれたのは、嘗て俺が彼女に上げた御守りだった。古びて何度も修復されたそれは、持っているだけで不思議と力が湧いてくる。彼女が傍にいてくれると感じることが出来るんだ
「気を付けてな…」
「うん、行ってきます」
─
「あれ?ママ、パパはどこ?」
「ご飯冷めちゃうよ?」
同時に首を傾げる子供達。当たり前だ、私と一緒に来て、皆でご飯を食べると思っていたのだから
「…パパは急な仕事が入ってな。ついさっき出発したんだ」
「えー!?またお仕事ー!?」
「パパお仕事多いよー!」
「気持ちはよく分かる。だがパパは皆の為に働いてるんだ。だから帰ってきたら、『お疲れ様』って言ってあげてくれ。な?」
「「…はーい」」
何度こう伝えただろうか。これから何度こう伝えるのだろうか。それでも私は、この言葉を何度も紡ぐのだ
そう、仕方ないんだ。コウは守護けものなのだから。そしてこれは、あいつのやりたいことでもあるのだから。だから私に出来るのは、ああして送り出してあげることだけだ
「ママ?どうしたの?」
「どこか痛いの?」
「…大丈夫、どこも痛くないぞ。さぁ先にご飯食べよう?パパの分は食べちゃダメだぞ?」
「食べないよ!」
「残しとくもん!」
心配は尽きない。不安は無くならない。それでも私は、トウヤとシュリと共に、コウの帰りを待つ
夫を信じないなんて、妻失格だからな
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「…いないな」
「いないわね」
「見間違いだったのか、あるいはもう誰かに倒されたのか」
「どちらにせよ、いないのは良いことですね!」
時間が過ぎた。たくさん歩いた。それでも、セルリアンは一匹も見つからなかった
「…待ってください皆さん、あそこに」
「…言ってるそばからいましたね」
が、引き上げようとしたその時、キンシコウとリカオンがセルリアンを確認した。尻尾が肥大化した『ティルセル』と、腕が発達した『ファングセル』の中型が合計二体。そしていつもの頭に石がある丸いセルリアンが数体いた
視線を交わし、無言で頷く。向こうが気づいていないなら、態々教えるようなことはしなくていい。それだけで彼女達は、お互いの次の動きが分かるのだから
パカァーン!
『ッ!?』
「遅い!」
パカァーン!
不意打ちでまずは一体処理。気づかれてしまったが時既に遅し、中型の二体を流れるような連携で瞬時に倒した。残りはただの有象無象、彼女達の敵ではない
ものの数分で、周りの掃除は終わってしまった
「終わったか?」
「だと思います。他の気配は感じられません」
「これで一安心ですね」
武器を構え、全員が別々の方向を確認する。残党も新手も見当たらなく、彼女達は一息つき、そして頷きあった
全員が踵を返し、図書館へと帰ろうとしたその時だった
『━━━━━!』
「っ…!? うぐっ…!?」
「…え?」
「ヒ…ヒグマさん!」
死角からの一撃が、ヒグマの背中を捉えた
あまりにも突然の強襲に、全員が反応すら出来なかった。気配も音も匂いもなく、そこに突如生まれたかのような出現だった
そのセルリアンとは、過去に出会ったことも、戦ったこともなかった。しかし過去に出現したセルリアンのデータにはあった。様々な個体がいる中で上位に位置する、刃物のような四足を持つ、危険極まりないセルリアン
【ハンターセル】 その脅威が、彼女達に襲い掛かる
「この…!」
『━━━!』
「なっ…このパワー…その武器は…!」
ハンターセルは、フレンズの持つ輝きを奪うことに特化したセルリアンである。その個体はヒグマの
彼女の武器である熊手を生やし、身体を回転させることで乱雑に振り回す。元々の能力の高さに奪った攻撃範囲とパワーが上乗せされている為、それだけでも十分すぎるほどの威力であった。果敢に応戦するが、どれも浅く有効な一撃にはなり得ない
そして、絶望は更に加速する
『『━━━━!!』』
「あうっ…!?」
「ぐあっ…」
「キンシコウ!リカオン!」
『━━━━!』
「あっ…うわぁ!?」
「っ…タヌキ!」
意識外から現れた、3体のハンターセル。先の個体に気を取られ、キンシコウとリカオン、タヌキも死角からの一撃を食らってしまった。ハンターセルの爪先は、3人から輝きを奪った証拠を出すかのように輝きを放っていた
「皆待ってて!すぐにあいつらを──」
『グモモモオオオオ!!!』
「──うそ…あの…セルリアンは…!」
サーベルタイガーが捉えたのは、自身よりも一回り大きな四足歩行の黒いセルリアン。牛のような角が2本あり、尻尾の先端にはこれでもかと小さくなった核である石が埋め込まれていた
それは嘗て、サーベルタイガーが戦い、そして倒しきれなかった【ベヒーモス型】のセルリアンだった。あの時と同じように黒い液体を吐き出し、周囲に咲いている花や植物を枯らしていた
『━━━━!』
その後ろから現れる、新手のハンターセル。群れを成し、規則正しく動き、彼女達を取り囲んでいく。動けなくなった
「サーベルタイガー…お前だけでも…逃げろ…」
「なっ…なに言ってるの!?そんなことするわけないでしょ!?」
「でも…このままじゃ…」
「私が皆を守る!私が取り返してみせる!だから諦めないで!もう少しだけ待ってて!私が…私が、絶対に…!」
自分に言い聞かせるように叫んだ。真っ直ぐ前だけを見ていた。そうでもしないと、心が折れてしまいそうだから
本当はもう理解してしまっていた。サーベルを構える手が震えていることに。恐怖で心臓がうるさく響いていることに
絶体絶命。逃げ場はどこにもないということに
『オオオオオオオオ!!!』
『『『『『━━━━!』』』』』
ベヒーモスが吼える。答えるようにハンターセルが飛び掛かる
そして────
────────────────────
『…ということなのです。後は頼むのです』
「了解。博士、森を閉鎖する準備を頼むよ」
『分かりました』
森に向かっている最中、小型の通信機を使い博士から事情を聞いたコウは、件の森を『立入禁止区域』と認定した。これはセルリアンの大量発生時や、今回のような事例の時に行う処置であり、フレンズやヒトを危険から遠ざける意味を持つ
「コウ!こっちなのです!」
「助手、来てくれたんだね」
「私は長なので、これくらいは当然なのです」
森の一歩手前でコウと助手は合流し、入口から少し中に入った場所に二人は静かに舞い降りた。コウは翼のプラズムを蛇の特徴にしてピット器官を働かせつつ、周囲の音に耳を澄ましながら歩いていく
「…酷い有り様だ」
「なんてことを…!」
ひしゃげた大木、抉れた地面、切り裂かれ枯れた花。文字通りの爪痕も多々あり、激しい戦闘があったことは想像に難くない。森の賢者とも言われている助手は、人一倍怒りを露にしていた
「っ…お前達!」
「いた…良かった…!」
「助手…それにコウも…」
少し歩いた先で、身を寄せ合うヒグマ達を発見した。怪我はしていたが意識はハッキリとしていた為、二人は胸を撫で下ろした
しかし、問題が全て解決したわけではない
「サーベルタイガーはどこですか?」
「一人だけ別行動…ってわけでもないんだよね?」
そう、いるはずの人物が一人だけいなかったのである。当然の疑問を投げ掛けた助手とコウは、焦る気持ちを抑えて返答を待った
「…サーベルタイガーさんは──」
『グルルルルル…』
タヌキが答えようとしたその時、茂みからそれは突如現れた
威嚇するようなその声は、まさしく獣のそれで
しかし獣と言うには、彼女の右半身はヒトの形をしすぎていて
彼女の姿は、いつもの見慣れた姿ではなかった
二人の思考は、真っ白になった
「…どうして…どうして、そんなことに…?」
コウの口から、困惑が辛うじて漏れ出した
「サーベル…タイガーさん…」
「ガルルルアアア!!!」
彼女の
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