第34話 ドレアス王国を取り巻く情勢

「……父上、流石にそれは荒唐無稽すぎるのでは?」






静寂に包まれる中、最初に口を開いたのはエリシアだった。


そんなエリシアに小さく笑みを浮かべつつユーディーンは視線を向けた。






「まぁ余も何も全てあの者が言っていることが真実だと言っているわけではない。だが、ある程度あの者の話を受け入れなければ辻褄が合わない事が多すぎるというのもまた事実だ。それにあの者の言が真実であろうとそうでなかろうとあの者の言葉を戯言だとただ斬り捨てるのもドレアスの利益にはならない」






ユーディーンとしても悪魔が侵攻してくるという話など半信半疑な話は多々ある。


この世界にとっての悪魔はただ物語に語られるだけの存在であり、竜族やその他の神獣種のように実在する存在ではなかったのがその理由だ。






「現在、我らは新素材ミスリルの発見で諸国家及び帝国に対して、優位性を得た訳だが、あの者の存在によってその優位性が脅かされつつある」






そうユーディーンは前置きして更に話を続けた。






「あの者はここを去る際、王国はあの者の不興を買い、王国にまた戻ってくると言った。それは我らがあの者の交渉に応じなかったのが理由であろう」






ルシードの暴挙にエンデの邪教徒発言。


それらの所為でアッシュはドレアス王国との交渉を諦め、怒り、ほぼ宣戦布告に近い形でこの玉座の間を去った。




本当であればもっとしっかりと話を聞き、アッシュへの対応と決めたかったとユーディーンは考えていたのに、考え無し2人の所為でそれはご破算となったのである。


アッシュの言っていた事が真実であろうとそうでなかろうと、アッシュがこれまでの常識を覆すほどの圧倒的強者であることにもう疑いの余地はない。


アッシュの要求をどこまで受けるかは別にしてもあのように敵対するような行動は今のドレアス王国を取り巻く情勢から考えれば絶対に避けるべきだったのだ。






「北の帝国も我がドレアス同様、今は力を蓄えている。東西の国々は昔からの付き合いもあって我が国の友好国もあるが、帝国との敵対を嫌って中立を貫いている国も多い。そんな中あのような強者が帝国の手に渡ってしまえば、現在の均衡が崩れる可能性が高い」






ユーディーンのいう北の帝国は建国から300年ほどとドレアスよりも歴史が浅い国だが、ここ100年ほどで大陸北方にある小国を次々と吸収して建国から現在まで大陸最強としてその名を馳せたドレアス王国に迫る勢いで成長を続けているドレアス王国の最大敵性国家である。


そんな北の帝国を歴史の浅い成り上がり国家と揶揄する貴族もドレアスには多く危機感が薄い事をユーディーンは日頃から頭を悩ませている。




一方、大陸西方には小国が多く、盟主国と呼べるほどの規模の国はなく近くの国々と協力しながら互いに国家運営を行っている。


西方のこれらの国々が主にユーディーンが言ったどちらにもつかず中立を貫いている国々であり、現状様子見というのが現状だ。




最後に大陸東方だが、ここにははっきりとした盟主国が存在する。


それがハルア共和国であり、世襲制を廃し国民自らが君主を選ぶというこの世界では唯一といってもいい珍しい国家運営体制を敷いている国だ。


歴史もそれなりに長く、ハルア共和国が王政だった時代からの長い付き合いもあって大陸西方の国家群とは違い、ドレアス王国とは友好関係を築いている。




そんな状況の中、ユーディーンが危惧しているのは大陸西方の国々が中立を崩し、北の帝国に与する事にある。


現状、ハルア共和国と友好関係にある強大なドレアス王国と勢力拡大に貪欲な北の帝国と完全な板挟みになっていて中立を保っているが、北の帝国の力が増し、侵略の圧力が高まれば帝国と地理的に近い国から帝国に膝を屈する国々が出てきてしまう可能性が出てくるのだ。




だからこそユーディーンとしては単騎ですら戦線1つを丸ごと崩壊させてしまう可能性が高いアッシュを帝国へと向かわせるわけにはいかなかった。






「ゆえに余はあの者の交渉を再開し、条件を可能な限り受け入れ我がドレアスに迎え入れようかと思う」






ユーディーンが玉座から立ち上がり、高らかに宣言すると重臣たちはぎょっとした視線をユーディーンへと向けた。


ドレアスの兵2000人を負傷させ、あろうことか玉座の間に侵入し、ドレアスの王に暴言を吐いた者を王国の騎士として迎え入れるのか?——とユーディーンへと視線を向けた重臣の多くの顔にはそんな事が書いてあった。




例外としては軍務長官であるベルゼスとレイ、エリシアがいたが、かといって3人共完全に納得したという表情というわけでもない。


ベルゼスとレイとしては致し方なし。


エリシアからすれば実際に見た訳ではないので判断がついていないとそんな様子だった。




すると、やはりと言っていいのか重臣の中でも一番不満に思っていたであろうエンデがユーディーンの言葉に異議を唱えた。






「陛下! どうかお考え直しください!」






だが、そんなエンデの異議もユーディーンはバッサリと切り捨てる。






「くどい。エンデよ。余の決定だ。いくら其方でもこれ以上余の言葉に異議を申し立てるというのであれば其方には暇を与えることになる」






「なっ! 陛下……」








そう言わせるまでにユーディーンの決意は頑なだった。


ユーディーンの先代パブロの代から仕えていたエンデはユーディーンの言葉に驚きの表情を浮かべ言葉を失ってしまう。


そんなユーディーンの固い決意を感じ取ったのか他の重臣からも異議が出る事はなかった。






「他に異議もないようなので、これからの話をするとしよう」






異議が出なくなったのを確認し、ユーディーンはそう言うとエリシアへと視線を向けた。






「エリシア、其方に勇者アッシュとの悪魔討伐に対する報奨金の交渉の全権を委任する」






「あ、悪魔討伐の報奨金ですか?」






エリシアは訝し気にユーディーンにそう問い返したが、悪魔という者が存在しようが存在しまいが、玉座の間にやってきたアッシュ自身がその用件でやってきたと言っていたのだから何の交渉をするかと問われればそう命令を出すしかない。


実際は何が何ででもアッシュをドレアス王国へと引き入れるのが目的だが、あちらの話に合わさずまたご破算などという事になれば目も当てられないのである。






「名目上はそういうことになる。全てあちらに話を合わせどんな手段を用いてでも交渉を成功させろ。報奨金に関しては糸目をつけるな。全てあちらの言う通りにしてよい」






「……分かりました、父上」






国王であるユーディーンの命令に逆らう事が出来るはずもなく、エリシアはなんだがよく分からない話に巻き込まれてしまったと溜息を吐きたくなった。


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