第8話 第1異世界人の戦い
「おい、セラ」
「なんでしょう? アッシュ様」
「なぜ早く言わん。アレはいわゆるピンチというやつではないか?」
俺様とセラが見つめる先には馬車と1人の人間がいて、今まさに複数の狼の魔獣に囲まれている所だった。
俺様の目から見てもピンチ——いや、最早絶体絶命の状況に思える。
「そう思うなら助けてあげなさいよ」
冷静に分析していた俺様にエメルがそんな非難めいた声を上げるが、そう言うならお前が行けよと思った所で俺様はとある事実に気付く。
ん? アレは魔獣じゃないな。只の狼ではないか。
よくよく観察していると馬車を囲んでいたのは魔獣ではなく只の狼だった。
異世界の狼がどういうものかよく分からないが、魔獣に見られる身体的特徴も魔力反応もなく、体調も2mにも満たない正真正銘只の狼だった。
セラとエメルがすぐに助けに駆け付けなかったのはそれが理由だったのだろう。
魔獣ならともかく只の狼程度なら魔法を覚えたての子供でも冷静に対処すれば簡単に撃退する事が可能だ。
今、狼に囲まれている男は30代くらいの青年に見えるので、一人旅に慣れているのなら3,4匹程度の狼ならばそこまで対処は難しくないように思える。
仮に一人旅に慣れておらず戦闘が得意でないのなら冒険者の一人くらいは雇うのが常識なので対処が難しいのならすぐに冒険者が出てくるはずだ。
3人とも同じことを思ったのかエメルが言った言葉を最後に一般的な異世界人の戦闘力がどの程度のものか確認するため俺様達3人は狼に囲まれている青年の事を遠目からじっくりと眺めていた。
「冒険者は雇っていないようだな」
いつまで経っても馬車の荷台から誰も出てこないので俺様はそう判断し、じりじりと青年に迫る狼を見て、青年は狼を引き付けて一気にケリをつける作戦なのかと俺様は予想した。
すると、いつの間にかその場で体育座りをしているエメルが俺様の意見に口を挟んできた。
「あれ? 確か冒険者っていないんじゃなかったっけ?」
エメルのそんな言葉に足を前に投げ出した状態で座り込んだセラが答える。
「そういえばティアちゃんがそんなことを言っていましたねー。でも傭兵か用心棒はいるんじゃないですかー? 雇っていないという事はきっと彼はそれなりに戦闘の心得があるのだと思いますよー」
「だろうな」
狼の3,4匹程度に勝てない程度の実力で魔獣溢れる街の外に出るなど自殺志願者かスリル中毒のギャンブラーくらいしかありえない。
「あっ、剣を持ちましたね」
青年はごそごそと荷台を漁ったかと思うと剣を取り出し、狼へと剣を向け始めた。
「見たことのない構えだな。この世界の流派か? 体が震えているように見えるのは斬り込むタイミングを伺うためか? そんな無駄な事をせんで狼如きさっさと切り殺せばいいものを」
「あっ、斬り込んだ! ってアレ? 避けられたわよ?」
「牽制だろ? 太刀筋うんぬんの前にのろ過ぎる」
その後も青年はブンブンと剣を振り回すが狼に一太刀も浴びせられず、ただ時間だけが過ぎていった。
「狼如きにどんだけ時間かけてんだ。いい加減しろよ」
いい加減俺様の我慢の限界が訪れようとしていたその時、セラが青年に向けて大きな声で声援を送った。
「お兄さん、頑張ってー!」
そんなセラの応援に反応したのか青年がこちらを振り向いた。
「あ、バカ」
俺様が呟いたとほぼ同時に、狼たちは一斉に青年へと襲い掛かる。
「ぎゃぁぁぁー! 助けてぇぇぇー!」
3匹の狼に覆いかぶさられた青年がそう叫んだ瞬間、俺様達はようやく青年がピンチだった事に気付いたのだった。
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