5.

 きっと拓馬が野々花を連れてきたのだ。そう思って、光たちは声の方を振り返った。約束通り拓馬は野々花を連れてきている。しかし、こちらに向かってきてはいない。


「拓馬?」


 拓馬が野々花の手を引いて向かっている先を見る。


「あ……」


 そこには紘道先輩が目を見開いて、座っていた。


「光の彼氏だよね。野々花とも幼なじみの」


 横にいる夕美が聞いてくるので、光は頷く。


「私たちに野々花ちゃんに謝らせてくれるのではないのですか?」


 レイアも立ち上がって、野々花たちの方を不思議そうに見ていた。そうこうしている内に、拓馬と紘道先輩が対峙する。野々花は拓馬の後ろでどうしていいか困っていた。


「私たちも行こう」


 光たちは野々花たちの元へ急ぐ。拓馬は注目を浴びながら、ひるむことなく紘道先輩に向けて口を開いた。


「先輩。ぶしつけなお願いですけど、これ以上野々花たちに関わらないでもらえますか」


 光は野々花の後ろで立ち止まる。拓馬は野々花だけじゃなく、野々花たちと言った。どうしてだろうかと思っていると、その理由を拓馬は続けた。


「先輩が関わるといつも仲良かった四人がギスギスするんです。野々花をからかっているだけなら、辞めてください」


 思えば光にとって野々花が大切な幼なじみであると同時に、拓馬にとっても大切な存在であることは違いない。光にいたっては幼なじみの上に彼女でもある。その野々花と光が仲たがいをしていて、我慢できないのは拓馬も同じだっただろう。その怒りをぶつける先が、どうやら紘道先輩に向かったようだ。


「……からかってはいないよ?」


 拓馬が現れてポカンとしていた紘道先輩だったが、顔を引き締めて拓馬を真っ直ぐ見る。


「じゃあ、どうして中途半端に近づいたりするんですか?」


「それは……」


 紘道先輩が視線をそらす。光はやっぱり野々花のことは本気じゃなかったのだと思った。大事な親友が遊ばれたと思うと、メラメラと怒りが湧いてくる。光はもう一歩前に出た。


「先輩! もしかして――」


「も、もういいよ、光ちゃん! ほら、見られているし。拓馬くん、みんなも席に行こう」


「でも!」


 野々花に背中を押されながら、光は紘道先輩を振り替えた。すると、紘道先輩は立ち上がって、野々花の腕を掴んだ。


「待って」


「先輩、離してください」


 そう言って紘道先輩の肩を掴むのは拓馬だ。


「……彼は?」


 野々花に目配せをして、紘道先輩は聞く。


「拓馬くんですか? 私の幼なじみです」


「そっか。でも、違うんだ。からかっていたとかじゃない。その、恥ずかしい話、こういうのは初めてで」


「えっと、何がですか?」


 野々花は分かっていないが、紘道先輩は顔が真っ赤だ。きっと恋愛の話が初めてということだろう。


「先輩、バスケ部のマネージャーさんは?」


 光は初めてではないだろうと思って聞いてみる。紘道先輩は野々花の腕を離して言う。


「ああ、何か噂になっているみたいだね。だけど彼女は違うんだ。俺と仲が良かったから、お前ら付き合えよって言われていただけで。本人同士は本当に友達同士なのに。母さんの病気の関係で、部活も一足先に引退したんだけど、そのタイミングが彼女と部長が付き合い出すタイミングと同じだったから変な噂が立ったみたいだ。母さんのことは部長以外誰にも言っていなかったから、バスケ部辞めた理由が彼女を取り合ったってことになったらしくって」


 光はなんだと思った。でも――。


「レイアのことは?」


「レイアちゃん?」


「違うんです! その、ソフトクリームは私が泣いていたから紘道先輩が気を使って、連絡先だって私が無理やり聞いたようなもので。だから、野々花ちゃん、ごめんなさい」


 レイアが野々花に向かって頭を下げた。泣くなんてレイアに何があるあったのか気になるが、いまはそれどころじゃない。


「えっと、ごめん。レイアちゃんと連絡先交換したとき下心あった」


 紘道先輩がふいを突いたようにそう言うので、全員が驚く。


「野々花ちゃんの、連絡先聞けるかな、と思って」


「えっ」


 顔を赤くする野々花以外がホッと息をついた。


「えっと、いろいろ、誤解与えているみたいだけど、野々花ちゃんとゆっくり話がしたい。今日の放課後、校門の前で待っていてくれるかな。一緒に、ベーカリーまで行こう」


 紘道先輩が野々花と同じく顔を赤くして言った。


「野々花、ここまで言われて、自信がないなんて言わないよね」


 光はこっそり耳打ちする。野々花は小さく頷いた。


「はい。待っています。一緒に行きましょう」


 光たちはもちろん安堵したし、周りでこっそり見ていた食堂の人たちも、よかったよかったとほんわかしていた。




 次の日。野々花は弁当箱を持って、食堂にやってきた。久しぶりの四人での昼食タイムだ。


「実はね、紘道先輩……」


 野々花の言葉を待つ光たち三人はごくりと息を飲む。


「A型だったんだよ!」


 それを聞いた途端、はぁーっとため息をついた。


「何を言い出すかと思ったら」


「血液型とか何でもいいよ」


「結局ふたりはどうなったのですか!?」


 前の日までギスギスしていたのが嘘のように、以前と同じようなやり取りを繰り返している。


(でも、これも拓馬のおかげだよね。後でお礼言わないと)


 思わずふふふと笑う光。つられたように三人も小さく笑った。


「ごめんね、野々花。この前は言い過ぎた」


 光は野々花の顔を見て言う。


「ううん。私も嫌いだなんていってごめんね。拓馬くんを連れてきてくれてありがとう」


「いや、あれは拓馬が勝手にしたことで」


「それでも、ありがとう」


 おや、と思った。なぜだかいつもより野々花が大人っぽく見えた。そう思ったのは、光だけじゃなかったようで。


「野々花、何かいいことあった?」


「あ! 紘道先輩に連絡先を聞けたんじゃないですか?」


 夕美とレイアも口々に尋ねた。


「うん。あのね。連絡先は聞けたよ。それから、今日も一緒に帰る約束した」


 はにかみながら言う野々花に、おーっと三人で色めき立つ。学校から商店街までそこまで離れていない距離だけど、たった五分の会話が二人をゆっくりと近づけていくだろう。


 ――と、思ったが矢先。


「……それから、次のお休みの日に二人で遊びに行こうって言われた」


 光は大きく開けていた口にエビフライを運ぶ箸を停止させた。


「デ、デデ、デートじゃないですか!?」


「中々やるわね、紘道先輩」


「それでね、それでね。明日はバイトお休みなの。放課後、みんな一緒にお洋服買いに行くの付き合ってくれない?」


 どうやら、野々花は新しい服を新調してデートに行くつもりのようだ。


「もちろん、行きますよぉ!」


「私も、特に用事はないし」


 レイアと夕美はすぐに返事をする。


「光ちゃんは? 部活があるかな?」


「ううん。部活はないから、行くよ」


 光は野々花に向けてニッカリ笑う。


「本当? よかった。ねぇねぇ、紘道先輩どんな服が好きかな?」


「出た。野々花の紘道先輩クイズ」


「絶対に正解は出せないやつですね」


「いつもの野々花っぽいワンピースなら大丈夫だよ」


「えー、そうかな。紘道先輩に合わせて大人っぽくした方がよくない?」


「いや、紘道先輩はそんなに大人じゃないよ」


「そうですね」「そうね」


 そうかなぁと野々花はとぼけたことを言う。


 いつものこの感じ。きっと四人一緒のことを思っているだろう。この緩やかで、でも新しい風が吹くこの四人の場所が好きだ。


  了


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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