問16 十七条憲法に「篤く三宝を敬え」とある仏教の三宝とは?

「どうしても、あの子を見返してやりたいの」


 休み時間に入ると、樋口亜矢は、同じクラスの夏目美玖に話しかけられた。

 どうも彼女は、クラスメイトの藤原詠美と三人で十回クイズを出したときのことを根に持っているようだ。

 

「休み時間の他愛ない暇つぶしなんだから、ムキにならなくてもいいじゃない」

「あの子に勝って笑ってやらないと、気がすまないってば」


 そういえば、と樋口は思い出す。

 クイズ好きの夏目は前回、『十回クイズに引っかからないのか実験しよう』と言っていた。

 十回クイズは、誤答を誘うクイズ。

 彼女は相手を引っ掛けて笑うつもりだったのだ。

 にもかかわらず藤原の解答は、夏目の予想の斜め上をいってたから、笑うにも笑えず、今日までズルズルと引きずってしまっているのだ。

 あのとき藤原が参加しなかったら、笑われていたのが自分だと気づくと、素直に協力しようとは思えなかった。


「二人して、なにを話してるの?」


 樋口の隣の席に座る橘が声をかけてきた。

 クイズなら彼に聞いたほうがいいかもしれないと思った樋口は、手短に説明した。


「この前、十回クイズを藤原さんと一緒にしたんだけど、知識量がすごくてね」

「彼女は、クイズ研究部の次期部長ですから」

「あの子が部長?」

「部内で行われたガチクイズの予選を勝ち上がり、部長と早押しで対戦し、次期部長の座を勝ち取りましたから」


 ちなみに橘は、早押しが苦手と言った。


「そもそも、『熟瓜うみうり熟柿じゅくしを笑う』のたとえもあるじゃないですか。クイズはみんなで楽しく遊ぶものです。勝敗を競って優劣を笑うものじゃないよ」

「そうそう夏目ちゃん、ウミウリだよ」


 ことわざの意味はよくわからなかったが、樋口は夏目を指差す。


「わかるけど、やっぱり勝ちたい。橘でもいいから、あの子に勝てるようなクイズを教えてほしいの」


 語気を強めて言い切る夏目を前に橘は、机の横にかけてあるスクールバッグに手を入れる。


「今日のクイズで用意してきたのが使えるかな」

「今日のクイズって?」


 意味がわからない夏目は瞬きする。

 橘の代わりに樋口が説明する。


「休み時間にちょっとしたクイズを出し合ってるんだ」

「へえ、わたしの知らないところで樋口ちゃんは橘とイチャイチャしてたんだね」

「イチャイチャしてないよ」

「えー、ホントかな~。怪しい」


 違うったら、と笑い合って話していると、橘が一冊のスケッチブックを机の上に置いた。


「スプリントシャウトといいます。ひらめきと瞬発力を競う、虫食い問題ですね」


 そう言って橘はスケッチブックをめくる。

 そのページには、『○○い○○』と書かれてあった。


「ルールを説明します。空欄の中に一文字だけ書かれた問題を出します。これに当てはまる言葉を、なんでもいいので先に答えた方が勝ちとなります。問題はすべて、ひらがなで出題します。なので解答するときはひらがなかカタカナで答えてください。漢字や英語は使えません。言葉を伸ばす『ー』や、小さな『ゃ』、『ゅ』、『ょ』、『っ』などはそのまま一文字として数えます」


 樋口は横目で夏目をみた。

 やりたくて頬がゆるんでいる。


「はじめてなので、先に二問取ったら勝ちとします。とにかく、やってみたらわかるよ」


 橘はスケッチブックを一枚めくった。


「第一問はこちらです」


 ばばんっ、と口で効果音をだしながら橘が樋口たちに見せたページには、『○○ろ○』と書かれていた。

 首をかしげる夏目をよそに、樋口は答える。


「ヒーロー」

「いいですね。古代ギリシャ語のヘロスが語源で、ヘロスは神と人間の子供。有名なのはアキレス腱が弱点だったアキレスですね。神の強さと人間の弱さを持ったもの、それがヒーローです」


 橘はスケッチブックを机において手を叩いた。


「知ってる言葉なんだけど、思いつくまでが大変なのね……わかった。次は負けないから」


 かも~ん、と夏目は手のひらを上にして手招きしてみせた。


「第二問はこちらです」


 ばばんっ、とセルフ効果音で橘がスケッチブックを立てた。

 そこには『〇〇は○○』の五文字が書かれていた。

 指折り数えて考える樋口の傍で、夏目が手を挙げる。


「コノハズク」

「いいですね。鳴き声がブッポーソ―(仏・法・僧)ときこえる日本で一番小さいフクロウの仲間ですね。ブッポウソウという名前の鳥が別にいて、昔はその鳥が鳴いていると思われていたそうです」


 橘はスケッチブックを机におき、夏目に拍手を送った。


「では、三問目にいきます。こちらです」


 よいしょっ、と橘はページをめくって、二人に見せる。

 今度は『○に○○○』の五文字。

 樋口は指を折って数えては首をひねる。

 その隣で夏目は唇をしっかり一文字に結び、目を細めている。


「イニシャルね」


 うなりながら考える樋口たちの近くを通りかかった藤原詠美が、スケッチブックを一瞥してつぶやいた。

 樋口と夏目の目が大きく見開く。


「いいですね。アルファベット表記の単語の最初の一文字目のことです。ローマ字で書く場合などによく見られますが、ぼくのイニシャルは『K.T.』。名前と苗字の頭文字の後ろにつける点は『省略してますよ』という意味です。でも、全て大文字で書かれ、省略されていることが明らかな場合は点をつけなくていいそうです」


 手を叩いて藤原を称賛する橘。

 そんな彼を目を細めて睨む夏目が舌打ちをした。

 

「残り時間が少ないので、次がラストです」


 ばばんっ、と明るく橘は効果音を口にしながらスケッチブックを三人に見せた。

 そのページには『○○ほ○○○』の六文字が書かれていた。

 樋口は思い浮かばず夏目に目を向ける。

 腕組みしながら考える彼女は、更に目を細め、口をへの字に曲げていく。

 対して、通りすがりで参加することになった藤原は、かけている眼鏡を触ってつぶやいた。


「オフホワイト」

「いいですね。純白ではなく、わずかに灰色や黄色を帯びた白のことです。オフホワイトは色味が混じっているぶん、膨張する感じが抑えられて、目に優しく映るといわれています」


 お見事でした、と橘は拍手で藤原を称えた。

 涼しげな顔で席へと向かう彼女に対し、夏目はしょんぼりと頭をうなだれて自席へ戻っていった。

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