問24 高価な宝石や貴金属を用いて作られた装身具は?

「今日こそ紅茶を飲みたいんだからね」


 休み時間になると、待ってましたとばかりに隣の席に座る樋口が声をかけてきた。

 どうして、こうなった……。

 退屈しのぎにクイズを出していただけのはずなのに。

 とはいえ、約束をしてしまったのだから仕方ない。

 橘は息を吐いた。


「今日は九月二十五日なので、九月二十五日にちなんだクイズを三問出します。全問正解したら樋口さんの勝ち。一問でも正解できなければ、ぼくの勝ちというルールです」

「昨日の反省を踏まえてほしいなぁ。全問正解というのはハードルが高いよ」

「……じゃあ、三問以上出すので、休み時間が終わるまでに三問正解できたら樋口さんの勝ちでいいよ」

「それなら……なんとか、なる……のかなぁ。早く出してね」


 なんとなかってほしくはないけどと口の中で呟いて、橘はスマホ片手に問題文を読み上げる。


「問題。年中無休で家事や育児にがんばる主婦(主夫も含む)が、ほっと一息ついて自分磨きやリフレッシュするためと主婦の価値を再認識してもらう目的から、読者アンケートにより一月二十五日、五月二十五日、九月二十五日の年三回と決定され、女性のための生活情報紙を発行する株式会社サンケイリビング新聞社が中心となり制定した記念日はなんでしょうか」


 顔の前で両手を組みながら、樋口は答える。


「主婦の日」


 ブブブー、と橘は口で効果音を出した。


「えー、なんで」

 樋口は目を細める。


「答えは、主婦休みの日でした」

「意味は同じじゃない。主婦に休んでもらおう、だから主婦の日。正解だよね」

「Mサイズでちょっとポテト多めを頼むみたいな駄々こねないでよ」

「これはそんな低次元の話をしてるんじゃないの。橘に奢ってもらえるかどうかのかかった、大事なクイズをしてるんだから」

「大した差はないかと」

「ぜんぜん違うじゃないっ」


 ずいっと顔を近づけ、樋口は睨んできた。


「このままだと、一問だけで休み時間が終わるけど……それでいいなら」

「しょうがない……いまのはサンカクで妥協してあげる。バツじゃないからね」

「はいはい。もうそれでいいです。次の問題いきますよ」


 サンカクだーと嬉しそうに笑う樋口をよそに、次の問題文を読み上げる。


「問題。日本の古き良き文化のひとつである骨董品を多くの人に愛してもらうきっかけとする目的と、江戸時代の戯作者で『骨董』の語を広く知らしめるべく『骨董集』を刊行した山東京伝が『骨董集 巻之三』に記した日付の文化十二年九月二十五日から、京都府京都市で骨董・美術品のオークションを手がける株式会社古裂會が制定した記念日はなんでしょうか」


 樋口は腕組をして静かにほくそ笑む。


「骨董の日ね」

「正解」


 ピポピポーン、と口で効果音のマネをした。


「今度はちゃんと、問題文に答えがあったからね。やっぱり橘は、わたしに奢りたくて仕方ないんだ。ツンデレだね」

「ツンデレじゃないです。こっちを一問目にすればよかったな」


 機嫌がいい樋口を横目に、次の問題文を選んで読み上げる。


「問題。お笑いタレントであり、歌手、女優、司会者、小説家と多彩なプロフィールを持つ彼女は、NHKの好きなタレント調査で八年連続一位をとなるなど『天下を取った唯一の女芸人』と言われ、彼女の名前の語呂合わせから、芸人としてだけでなく人間的にも素晴らしい彼女を称えたいと友人の緒方薫平氏が制定した記念日はなんでしょうか」


 樋口は目を細め、腕組しながらウンウン唸りだす。


「誰だろう、マツコ・デラックスかな……でも、名前の語呂合わせにならない。九、二、五……クニコの日? 誰だろう」


 ブブブー、と橘は口で効果音を出した。


「答えは、山田邦子の日でした。よく知らないけど、そういう芸人さんがいたんだね」

「ちょっと待って。わたし、クニコの日って言ったから、サンカクだよね」

「でも、山田邦子とは言ってないし」

「橘だって知らない人だったんでしょ。問題を出題する人が知らないのもよくないんじゃないの?」


 それを言われると耳が痛かった。

 樋口の指摘も一理ある。

 今回は、彼女のいうとおりサンカクにした。


「やったー、次の問題カモ~ン」


 調子づいてきた彼女を前に、橘は次の問題を出した。


「問題。銀の美しい光沢を保ちながら加工しやすい柔らかさを兼ね備え、肌なじみの良さ、優しく温かみのある光沢、経年とともに深まる味わいなどさまざまな魅力がある銀合金を多くの人に親しんでほしいという願いと、銀合金の純度である92.5パーセントから、一八八〇年創業の日本初の銀製品専門店『株式会社宮本商行』が制定した記念日はなんでしょうか」


 樋口は右手で左腕を抱えながら左手を口元に当てる。

 真剣な眼差しを机に向け、じっと動かない。

 そういえば問題を出してから答えるまでの時間を決めていなかったと、橘は思い出す。

 早く答えないと休み時間が終わってしまうのに。

 無回答で終われば奢らなくてすむ。

 でもそれだと、彼女が納得しない。

 あと十秒だけ待ってあげようかな……。

 橘がそう決めたとき、樋口は口に当てていた左手を離した。


「スターリングシルバーの日」

「……ピンポーン、正解」


 樋口は歯を見せた。

「ジュエリーの店で見たような気がして、ようやく思い出せた」


「へえ、そうなんだ」

 さすが女の子、と橘は感心する。

「ちなみにスターリングシルバーというのは、銀の含有率九百二十五パーミル、割り金七十五パーミルの銀合金のことなんだ。日本では、純銀が一〇〇〇、ブルタニアシルバーが九五〇、スターリングシルバー九二五、コインシルバーが九〇〇などなどがあって、スターリングシルバーは純銀ではないんだけれど、イギリスでは純銀として扱われてて、銀製品や銀食器などのほとんどがスターリングシルバーだそうです」


「これでわたしの勝ちね」

 ふふふふ、と樋口は満面の笑みを浮かべている。


「え? まだだよ。だって二問しか正解してないじゃないか」

「サンカク二つでマル一個だから、これで三問正解。ゴチになります~」

「え~、そんなのってないよ~」


 橘のボヤキが、なり始めたチャイムにかき消されていった。

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