問14 具材を酢飯と共に型に入れて押し固める関西地域伝統な寿司は?

「姉ちゃん、またクイズを作ってきたよ」


 樋口亜矢が自室のベッドの上で雑誌を読みふけっていると、弟の圭介の声とともにドアを四回ノックする音がした。

 

 言われたことができている。

 殊勝な心がけだと思って、「入るがよい」と声を上げる。

 ドアを開けて入ってくるなり、弟はため息を付いた。


「昨日、約束したのに片付いてないのはどうして? 気のせいか、昨日よりも散らかって足の踏み場もないよ」

「あるじゃない、そこに」


 亜矢は上体を起こしてベッドに腰掛けると、ドア前に立つ圭介の足元を指差した。

 床には雑誌やヌイグルミ、クッション、脱ぎっぱなしの衣類、ポーチ、コスメなどが散乱しているものの、フローリングの床の半分は見えている。

 弟は座れそうなところに腰を下ろし、あぐらをかいた。


「……姉ちゃんに頼まれてたクイズ、今日も作ってきたんだけど」

「今日も休みだからいいや」

「休日に部屋でゴロゴロしてるのなら、片付けくらいしろって、親が言ってた」


 そう口走った弟の顔めがけて、亜矢は手近にあったヌイグルミを投げつける。

 弟は怯えることなく手で受け止めた。


「お姉さまは、ただいま瞑想中なの」

「雑誌読んでただけじゃん」

「読みながら、瞑想してたの」

「ようするに暇なんだろ」


 弟は床に転がっているヌイグルミたちを、掴んでは部屋の隅に並べていく。

 

「わざわざ弟がかわいいお姉さまのためにと思って作ってくれたんだから、答えてあげる」


 素直じゃないんだから、といって弟はスマホ画面に目を落とした。


「九月十五日にちなんだ問題を三問用意してきた。全問正解したら姉ちゃんの勝ち。一問でも答えられなかったら、俺の勝ち」

「わたしが勝ったら、今日こそ部屋の片付けを手伝いなさい」

「俺が勝ったら、今日こそ姉ちゃん一人で部屋の片付けしろよ」

「わたしを誰だと思ってるの? 美人できれいで可愛くて……」

「いや、もういいから、クイズやるよ」


 姉の言葉を最後まで言わさずに、弟は問題文を読み上げる。 


「問題。一九四七年の本日、兵庫県の野間谷村で開催された行事をきっかけに兵庫県で敬老・福祉の県民運動が始まり、一九六三年の老人福祉法によって記念日が定められるも、一九六六年に祝日法が改正されて『敬老の日』と改められましたが、二〇〇一年の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)によって敬老の日が九月の第三月曜日となるのに伴い、老人福祉法を改正して制定された記念日はなんでしょうか」


 弟の前で眉間に皺を寄せて、姉は首をひねる。


「問題文が長すぎる」

「ごめん。つまり、昔は今日だった記念日が敬老の日になり、その後いろいろあって明日が敬老の日になったんだけど、もともと今日は何の日でしょうか、という問題」

「日曜日?」

「そうだけど、違う。記念日だって」

「……福祉の日?」

「不正解です」

「はあ?」


 一体何様のつもり?

 転がっていた犬のヌイグルミを掴んで、弟の顔めがけて放り投げた。

 弟は身をよじって軽々避ける。


「答えは老人の日、でした」

「なにそれ」

「年々平均寿命が増える近年において、福祉への関心と理解を深めるとともに老人自らの生活の向上に努める意欲を促す日、だって」


 知らないよ、と言いながら、枕元に置かれてあった猫のヌイグルミを掴むや、弟の顔めがけて投げつける。

 あっけなく受け止められてしまった。


「まあまあ。ところで不正解だったから、一人で部屋片付けてよ」

「いまのはなし。なんか納得いかない。それにまだ二問あるでしょ。のこり二問正解したら、わたしの勝ちにしない? どうせなら全部出したいでしょ」

「そうだけど……俺にメリットがあるようには」

「弟は、お姉さまの命令をきくものなの」

「……わかりました。一度言ったらきかないんだから」


 やれやれ、と弟は息を漏らした。


「問題。以前は九月十五日が『敬老の日』だったことと、昔から黒いものを食べると長生きをするという言い伝えがあることから、カルシウムや鉄分、食物繊維が豊富なある海藻を食べて末永く健康に暮らしていけるよう願いを込めて、一九八四年に三重県にある協同組合が制定した記念日はなんでしょうか」


 弟の前で眉間に皺を寄せ、への字に口を曲げた。


「わたし、海藻嫌いなの知ってるくせに」

「クイズと好き嫌いは別だから」

「海藻なんていっぱいあるじゃない。昆布もわかめも黒いし」

「乾燥させたものは黒っぽいけど、本当は緑っぽいよ」

「ふうん……じゃあ、もずくの日?」

「不正解です」

「えーっ」


 バカにしてーっ、と叫ぶより先に、近くに転がっていた鼠のヌイグルミを掴むと、弟の顔めがけて放り投げた。

 弟は身をよじって、またしても避ける。


「答えはひじきの日、でした」


 わたし嫌いだから、と言いながら、床に転がっている牛のヌイグルミを掴むや、弟の顔めがけて投げつける。

 あっけなく受け止められてしまった。


「姉ちゃん、好き嫌い多すぎるだけだって。とにかく不正解だったから、一人で部屋片付けてよ」

「待ちなさい、あと一問、まだあるでしょ。最後の問題で勝敗をっ。最後の一問で勝敗をっ。お願いしますっ」

「俺にメリットは……」

「弟は、お姉さまの命令をきくものなんだからーっ」

「……わかりました。ほんと、融通が利かないんだから」


 ため息をつく弟の前で、よしっ、と亜矢は声を上げて気合を入れた。


「問題。木枠に厚焼玉子や鯛、穴子、エビなどを並べて押し寿司にしたものや、伊達巻寿司、太巻き寿司など、見た目の美しさと味のバランスが取れたミニ懐石料理と称される大阪寿司は生魚を使わず安心で安全な食べ物としてお年寄りに親しまれていることより、大阪寿司の材料を扱う関西厚焼工業組合が長いあいだ敬老の日であった九月十五日に制定した記念日はなんでしょうか」

 

 亜矢は腕組みをして、押し黙る。

 慎重に考えなければいけない、と自身に言い聞かせていた。

 これ以上負けたら、姉としての威厳が失われてしまう。

 愚弟を顎で使う楽しみが……もとい、仲のいい姉弟として、何かとこの先の人生も世話になるのだから、これ以上は負けられない。

 弟なのだからわかりやすい問題を一問くらいは出してくれるい違いない……と考えていたら、ふふふ、と小さく笑みが漏れた。

 

「問題文にヒントどころか、答えが入ってるじゃない」

「ではどうぞ」

「答えは、大阪寿司の日」

「正解です」

「よっしゃーっ」


 亜矢は思わず右腕を突き上げた。

 見たか、お姉ちゃんの偉大さを。

 本気を出せばこのくらい、簡単だ。


「これでわたしの凄さが証明されたってものね。さあ、愚弟よ。わたしと一緒に部屋を片付けなさいっ」

「はいはい。姉ちゃんも片付けてよね、自分の部屋だから」

「わかってるわかってる」


 そのあと、弟がほとんどの片付けをやってくれたのだった。

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