問13 中華料理「酸辣湯」に中華麺を加えた麺料理とは?

「姉ちゃん、今日のクイズ作ったよ」


 樋口亜矢が自室のベッドの上でスマホ片手に音楽聞いていると、弟の圭介がノックもせずにドアを開けて入ろうとしてきた。

 気配を感じた亜矢は、ベッド周辺に見舞るように並ぶヌイグルミの中から猫の顔クッションをおもむろに掴むと、振り向きざまに投げつけた。

 

「ひとの部屋に入ってくるときはノックするのが礼儀やって、いつもいうてるやろ」


 投げたクッションは、閉じたドアにぶち当たり、哀れ、ひらぺったくなって(はじめから平たい)床に落ちて転がった。

 ゆっくり開くドアの向こうから、ひょっこり弟の顔が出てくる。


「入ろうとするたびに物を投げるのをやめてほしいんですけど」

「ノックするのが先」

「……はいはい、わかりました」


 圭介はおとなしく部屋から出ていきドアを締めた。

 しばらくして、四回ノックする音が聞こえる。


「姉ちゃん、入ってもいい?」

「うむ、よろしい」


 弟は来年中学生になるのだから、姉として、しっかりしつけなければならない。

  国際標準マナーに則った正しいドアノック回数は四回。二回のドアノックはトイレのドアをたたくときに使用するのが正しい使い方、と橘から教わった知識だ。


「それにしても、相変わらずごちゃごちゃしてるね。足の踏み場もない」


 やれやれとため息をつきながら、圭介が部屋に入ってくる。


「あるじゃない、そこに」


 亜矢は上体を起こしてベッドに腰掛けると、ドアの前に立っている弟の足元を指差した。

 床には本やヌイグルミ、脱ぎっぱなしの服、ポーチ、コスメなどが散乱しているものの、フローリングの床の半分以上は見えている。

 弟は座れそうなところに腰を下ろし、あぐらをかいた。


「それで、この美人で綺麗で可愛くて、性格も成績も優秀なお姉さまに、愚弟はどのような要件で来たのかな」

「……姉ちゃんに頼まれてたクイズ、今日も作ってきたんだけど」

「今日はいい。学校休みだし」

「なんだよ、せっかく作ってきたのに。数日前にいきなり作れって言ってきたのはそっちじゃないか」


 そう口走った弟の顔めがけて、手近にあったヌイグルミを投げつけた。

 弟は怯えることなく手で受け止める。


「姉に口答えしないっ」

「すぐ投げるんだから」

「痛くないでしょ」

「まあ、止めたし」


 弟は床に転がっているヌイグルミたちを、掴んでは一つずつベッド周りに並べていく。

「作ってきたのに無駄になったのかよ……」

 ため息を付いて、ズボンのポケットからスマホを手にする。

 そんな姿を横目に亜矢は、耳からイヤホンを外した。

 

「せっかく、弟がかわいいお姉さまのために作ってくれたんだから、答えてあげる。はやくクイズ出して」


 わかった、といって弟はスマホ画面に目を向ける。


「九月十四日にちなんだ問題を三問用意しました。全問正解したら姉ちゃんの勝ち。一問でも答えられなかったら、俺の勝ち」

「わたしが勝ったら、部屋の片付けを手伝いなさい」

「俺が勝ったら、姉ちゃんは一人で部屋の片付けしろよ」

「わたしを誰だと思ってる? 美人できれいで可愛くて……」

「そういうのもういいから、クイズやるよ」


 姉の言葉を最後まで言わさずに、弟は問題文を読み上げる。 


「問題。ニュージーランド産を中心とするキウイフルーツの輸入などを手がけるゼスプリ・インターナショナルジャパン株式会社が、お世話になっている人などに日頃の感謝と健康にも気をつけてくださいとの意味をこめ、栄養価に優れたグリーンキウイフルーツを贈る日として制定した記念日はなんでしょうか」


 ぷぷぷぷぷ。

 問題文を聞いて、思わず吹き出してしまった。


「問題文にヒントどころか、答えが入ってるじゃない。簡単過ぎる」

「ではどうぞ」

「答えは、グリーンキウイフルーツの日」

「不正解です」

「はあ?」


 ふざけるな、と叫ぶより先に亜矢は近くに転がっていた兎のヌイグルミを掴むと、弟の顔めがけて放り投げた。

 弟は身をよじって華麗にかわす。


「答えはグリーンデー、でした」

「なにそれ」

「ちなみに、五月十四日の『ゴールドデー』のお返しの日でもあるそうです」


 問題がふざけてる、と亜矢は言いながら枕元に置かれてあった亀のヌイグルミを掴み、弟の顔めがけて投げつける。

 今度はあっけなく受け止められてしまった。


「姉ちゃん、ふざけてないよ。ところで不正解だったから、一人で部屋片付けてよ」

「待ちなさい、まだ二問あるでしょ。のこり二問正解したら、わたしの勝ちにしない? あんただって、せっかく作ったクイズ、どうせなら全部出したいでしょ」

「それはそうだけど……俺にメリットがある?」

「弟は、お姉さまの命令をきくものなの」

「……わかりました。一度言ったらきかないんだから」


 やれやれ、と圭介は息を漏らした。


「問題。一般社団法人日本カラオケボックス協会連合会が、学校五日制の最初の土曜日休日(九月第二土曜日)を契機に、ふだんは生活の時間帯や場所が異なる家族が『カラオケ』を通じて手軽にコミュニケーションを共有できるとPRする目的から制定した記念日はなんでしょうか」


 ふふふふふ。

 問題文を聞いて、思わず吹き出してしまった。


「問題文にヒントどころか、答えがまた入ってるじゃない」

「ではどうぞ」

「答えは、カラオケの日」

「不正解です」

「はあ?」

 

 どういうこと、と叫ぶより先に、近くに転がっていた狸のヌイグルミを掴むと、弟の顔めがけて放り投げた。

 弟は身をよじって、またしても避ける。


「答えはファミリーカラオケの日、でした」

「なにそれ」

「ちなみに、十月十七日には『カラオケ文化の日』があります」


 バカにしてる、と亜矢は声を張り上げ、床に転がっている狐のヌイグルミを掴むと、弟の顔めがけて投げつけた。

 またも簡単に受け止められてしまった。


「姉ちゃん、バカにしてないって。また不正解だったから、一人で部屋片付けてよ」

「待ちなさい、あと一問あるでしょ。最後の問題で勝敗を勝敗を決めない? せっかく作ったクイズ、どうせなら全部出したいでしょ。お願いします」


 神社のお参りでもしたことがないくらい、亜矢は弟に手を合わせて必死に頼むこむ。

 

「俺にメリットがあるようには……」

「お姉ちゃんのお願いだから~」

「……わかりました。ほんと、融通が利かないんだから」


 やれやれ、と圭介は息を漏らした。


「問題。東京都杉並区に本社を置く『中国ラーメン揚州商人』などを展開する株式会社ホイッスル三好は、中国の代表的スープの酸辣湯に麺を入れた『スーラータンメン』が大人気となっていることから、その美味しさをより多くの人に伝える目的と、レシピの生みの親である三好比呂己代表の母、三好コト子さんの誕生日から制定した記念日はなんでしょうか」


 亜矢は腕組みをして、押し黙った。

 ここは慎重に考えなければ姉の威厳を損なってしまう、と自身に言い聞かせ、騒ぎ経つ心を落ち着かせる。

 いままでのパターンを考慮すると、「スーラータンメンの日」というのは間違いになる可能性が非常に高い。

 そもそも、中国ラーメン揚州商人というのは店名なのだろうか。

 だとすると、わざわざ問題文に入ってるには意味があるに違いない……と考えていたら、ふふふ、と小さく笑みが漏れでてしまった。

 

「やっぱり、問題文にヒントどころか答えがあるじゃない」

「ではどうぞ」

「答えは、中国ラーメン揚州商人スーラータンメンの日」

「不正解です」

「はあ?」


 今度は真面目に考えたのに、と亜矢は叫ぶよりも先に、近くに転がっていた黒山羊のヌイグルミを掴むと、弟の顔めがけて放り投げた。

 弟は身をよじって、またしても避ける。


「答えは揚州商人スーラータンメンの日、でした」

「ほぼ正解でいいじゃないっ」

「中国料理のスタンダードなスープ、酸辣湯は中国人にとって家族の味。日本人にとっての味噌汁のようなものといわれ、この中国の家庭料理にラーメンを入れたらという発想からサンラータンに麺を入れた『スーラータンメン』として揚州商人の店で二〇〇〇年に販売を開始。大人気のメニューとなったんだとさ」


 自分の部屋は自分で片付けなよ、と言い残して、弟の圭介は逃げるように部屋を出ていった。

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