第23話 クリスマスイブ

大晦日おおみそか、元日のシフトに入っている者は、必然的にちょうど一週間前であるクリスマスイブもクリスマスも入ることになる。

年越しも聖なる夜もコンビニで過ごすことになるわけだ。

「しゅんぺー」

「おう、今日は早いな」

コンビニといえども、イブの夜はカップルが増える。

店員にとってはイライラがつのる状況で、穂積なんかはさっきから悪態をついているが、有希が来てくれたことで俺の気分はなごやかになった。

「田中さん、コンドーム四つめ、売れましたー」

「そんな報告いらんわっ!」

「でも、雑貨の発注、田中さんっしょ?」

「そんなもん発注画面を見りゃ、売れ行きも在庫数も判るだろうが!」

「へーい」

穂積は不貞腐ふてくされたように返事するが、正直、今夜のシフトに入ってくれたのは意外だった。

てっきり西村さんと代わるか、強引に休むと思っていたのだが。

「穂積」

「なんすかー」

やる気が無いのは、まあ大目に見よう。

「彼女はどうした?」

遊び人ではあっても、愛してるのは彼女だけと言っていた。

だったら、普段の軽薄さはともかく、こんな日くらい彼女と共に過ごしたいのではないか?

「ふふふ」

ビブラートの効いた笑い声だ。

「ふふ振ってやりましたよ」

震え声とも言う。

……俺は何を言ってやれば?

「どんまーい!」

俺の代わりに有希が言ってくれる。

「他の男を好きになったからイブはそいつと過ごす、って言ったんで、俺は軽快に振ってやったんすよ」

振られたのでは?

「まあ可哀そうな男っすよね。さんざん俺が味わった身体を今さら有難がってるでしょうしね」

未練のある女性が他の男にむさぼられているとも言う。

「まあ実際のところアイツには飽きてきたところだったんで、願ったりかなったりっすよ」

それを強がりと言う。

「田中さん」

「なんだ?」

「さっきから俺を見る田中さんの目に、あわれみしか感じられないんすが」

「……ごめん」

「そんな素直に謝られるとツライんすけど!?」

「いや、まあ、いくらお前が遊び人だとしても、振られるのはツライよな」

「振られたんじゃなくて振ったんです!」

「向こうに好きな人が出来たんだろ?」

「だから振ってやったんすよ!」

それは向こうにとって願ったり叶ったりなのでは?

「まあ、お前なら直ぐに新しい彼女が出来るだろ」

「ま、そうなんすけどね」

たぶん、慰めてやる必要は無いだろう。


「亜希はどうした?」

クリスマスケーキをじっと眺めていた有希に尋ねる。

「お姉ちゃん、イブは忙しいってハルヒラに言っといて、って言いながらゲームしてるー」

「……」

「気になったハルヒラは電話してくるはずよ、って言ってニマニマしてたー」

確かに、中学生がイブは忙しいとか言っていたら多少は気になるところだが、家で一人でゲームをしているなら……それはそれで電話くらいはかけてやるべきだろうか。

「穂積ー」

「なんすかー」

「五分ほど抜けていいか?」

「コンドーム五個目、いっときますー?」

「五分で終わるかっ!」

穂積がちょっと冷たい目で俺を見た。

有希は何か期待するような目で俺を見ていた。

あれ、否定すべきは時間では無く相手だったか?

「ごゆっくり」

「いや、電話をするだけで」

「はいはい」

「はいはいじゃねー! 有希、お前は店内で待ってろ」

「えー」

「後でいいものやるから」

「判ったー」

子供は素直でいい。

「田中さん」

「ん?」

「この間、詩音ちゃんと一緒にいた女の人、本カノっすか?」

「元カノだよ!」

そもそも彼女に本物も偽物もあってたまるか!

「そうっすか。キレーな人っすね」

そう言って穂積は、ちょっと嫌な笑顔を浮かべた。

……俺が今まで殴った奴は、だいたいこんな顔をしていたなと思って、少し気分が悪くなった。


店の裏はエアコンの室外機などが幾つか並び、手入れのされていない植栽スペースがある。

さくがあって鍵もかかっているから関係者以外は入れないが、特に重要なものがあるわけじゃない。

あ、そういや今は重要なお前がいたな。

ホームセンターで買ってきた犬小屋。

そこから出てきた犬が、ちぎれんばかりに尻尾しっぽを振る。

店の裏は暗くてちょっと寂しい場所だけど、ここならお客さんの迷惑にもならないし、他の時間帯の店員も相手をしてやっているようだから、コイツにとって悪い場所ではないと思う。

「ペロ」

名前は詩音と二人で決めた。

コイツは人のほおめるのが好きだからだ。

店で犬を飼うことを許可してくれたオーナーには感謝しかない。

皮膚病が治ったら、店の看板犬として売上に貢献してもらうつもりだ。

最近、猫ばかりが持てはやされて、猫駅長だとか猫社長とかがいたりするから、犬店長がいてもいいだろう。

花がいっぱいで、犬が店長のコンビニ。

話題性は充分だ。

おっと、亜希に電話するために来たんだった。

俺はペロのあごを撫でながら、スマホを耳に当てて呼び出し音を──

「遅かったじゃない」

ワンコールを終える前に亜希が電話に出た。

「早かったな」

「は?」

「いや、忙しいところ悪いけど、店に来られないか?」

「……えーっと、今から?」

「都合が悪いのか?」

「ま、まあ、イブだし?」

「ゲームなら適当なところでセーブしろよ」

「なっ!? イブにゲームなんかしてるわけ無いじゃない!」

「そうか。クリスマスケーキ、お前と有希のぶん買っておいたんだけど、忙しい亜希のことだからもう誰かと食べちゃったよな」

「ざ、残念でしたー。ディナーは食べたけれどケーキはまだですー!」

……なんて素直じゃないんだ。

「しゅんぺー、ケーキくれるのー?」

「なんだ有希、結局来たのか」

有希とペロの顔合わせは済んでいる。

どっちも素直だから、片や尻尾をフリフリ、片や笑顔でニコニコ、少女と犬の微笑ましい構図だ。

ペロは人懐っこいし、亜希にも紹介しなきゃな。

「亜希」

「な、何よ」

「ケーキがまだで良かった。安物だけど、二人でケーキを食べてくれ」

「は、ハルヒラがそこまでお願いするなら──」

「いやん、ペロペロしちゃらめぇ!」

はっはっは、犬と少女がたわむれる微笑ましい構図だ。

……でも、俺は初めて知ったんだ。

殺気というものが、電話越しにでも伝わってくるということを。

「……ハルヒラ」

「待て、誤解だ」

「今すぐ行くから、首を洗って待ってろ!」

電話が切られた。

「お姉ちゃん、来るってー?」

「あ、ああ、狂って……」

「しゅんぺーに誘われたら、お姉ちゃんも断れないのよねー」

あの錯乱暴走娘と違って、有希の笑顔は無邪気だなぁ。

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