第5話 援交疑惑

「田中さん」

今夜も相方は穂積ほづみだ。

いつも通りに澄ました顔で俺を呼ぶ。

「セフレ、来ましたよ」

セフレ?

何言ってんだコイツ、と思ったら、「田中っちー」という声が聞こえてきた。

えっと、有希が彼女で、詩音がセフレ?

もしそれが事実なら、俺は随分と鬼畜でロリコンで軽蔑と羨望の的になるな。

……心なしか、穂積の目は憎悪をはらんでいるように見えるが。

「田中さんて、誠実そうに見えるし地味にイケメンっすよね」

「いや、そんなこと言われたの初めてだけど」

「俺、軽薄イケメンって言われるんすよ」

……それは否定できない。

「この間も彼女に、証拠も無いのに絶対に浮気してるとか言われて、まじムカついたんすけど」

いや、お前は浮気してるだろうが。

「でも女って、時々異様に鋭いときがあるじゃないっすか」

いや、知らんけど。

「だから田中さんんみたいに、堂々と全く悪びれず、平然と複数の女と付き合えるってマジ尊敬っす」

「誰とも付き合っとらんわ!」

思わず声を荒らげてしまうが、穂積は「またまたぁ」みたいな顔をする。

いや、実際に俺、こっちでも田舎でもモテてないしね?

「田中っち」

「あ、すまん」

詩音の存在を忘れていた。

「今のセリフ、ホント?」

「え? ああ、ホントにすまん」

「そうじゃなくて、誰とも付き合ってなくて、俺には詩音だけだって」

「前半は本当だが、後半は捏造ねつぞうを超えて創造の域に達しているな」

「火の無いところに煙は立たないって、ばっちゃが言ってた」

「お前が火の無いところに放火してるだけだろうが!」

「ヤダもう! あっしが火で田中っちが油? 燃え盛っちゃうよぉ」

普通ならドン引きしそうなのに、ちょっと可愛いと思ってしまう俺は異常なのか。

でも──

「でも詩音」

「なぁに?」

触れていいのだろうか?

最近は見ないけれど、以前は何度か中年のサラリーマンと店に来ていたことを。

それも特定の一人じゃなく、毎回違う男性だった。

コイツはちょっと派手だし、よく俺をからかってくるけれど、素直で愛嬌があって、こんないい子がもし……もしそうだったら嫌だなあ、なんて考える。

「お前、最初の頃……」

知ったところでどうなる?

付き合うとかならともかく、詩音には詩音の生き方があって、俺がとやかく言うことじゃ無いのでは?

いや、それでも、もし間違った生き方をしているのなら正すべきだ。

「何度かサラリーマンと一緒に来てたよな?」

「あー……うん」

ちょっとバツの悪そうな顔。

「あれって、どういう関係?」

「えーっと、バイト。もう辞めたけど、田中っちならこれで」

そう言って指を五本立てる。

五万円?

相場は知らないが、安くして五万ってことは、本来なら八万くらい取っていたのか?

っか! 詩音高っか!

「え? 五百円を払うのもイヤ?」

「五百円!?」

やっす! 詩音やっす!

「バイトの時はいくら貰ってたんだ!?」

「一時間で五千円」

時間制? 一回とかじゃなくて?

もしかして俺、何か勘違いしてる?

「えっと、バイトの内容は?」

「レンタル彼女的な? カラオケとか食事と、手を繋ぐとこまで」

あまり褒められたことじゃないが、取り敢えずはホッとした。

「田中っちは何か勘違いしてたみたいだけど、あっしはやましいことはしてないから」

「いや、そうは言っても危ないバイトだろ。まっとうな仕事とは言えない」

「言いたいことは判る。でもね、さっきまで疲れた顔してたオジサンがさ、手を繋ぐだけで元気になるんじゃん? それって凄くない? 尊くない?」

コイツの言いたいことも判る。

こんなに元気で愛嬌のあるヤツと手を繋いだら、オジサンが元気になるのも判る。

でも、ただ癒されたいだけのオジサンばかりでは無いだろう。

「お前さぁ、その歳で男ってバカだなぁとか、つまんねーとか、思っちゃわない?」

「んー、思っちゃうこともあるけどさ、意外と可愛いと思ったり、結局みんな同じじゃん、って思うことの方が多いかなぁ」

「同じ?」

「寂しかったり誰かに甘えたかったりさ、ほら、身近にそういう対象がいないと、あっしらみたいなのにすがってくるんじゃん?」

お前は物事を綺麗に捉えすぎでは?

もっとドロドロした欲望にまみれたヤツがいっぱいだと思うが?

でも、それはともかく……。

「と言うことは、お前もそいつらと同じように、寂しくなったり、誰かに甘えたくなったりするのか?」

「そりゃそうっしょ。あっしだってか弱い女の子だし?」

「じゃあお前には、そういう時に、ちゃんと甘やかしてくれる存在がいるんだな?」

「へ? あ、いや、それは……田中っちが……」

「ん?」

「な、何でも無いっす!」

「そもそも、そういうバイトを家の近所でするなよ」

どこで誰が見てるか判らない。

近所の人に援交を疑われたりしたら、詩音だって困るだろうに。

「あー、あっしの家は隣の駅だし」

「え?」

「あ……」

またバツの悪そうな顔をする。

「お前、この近所じゃないのか?」

「……い、家から自転車で二十分す」

何だか悪戯が見つかった子供みたいに、詩音はうつむきながら小さな声で言う。

「は? お前の家の近所にコンビニくらい無いのかよ!?」

「だって家の近所のコンビニ、田中っちいないんだもん……」

……。

「き、今日はもう帰るね!」

何も買わずに、まるで逃げ出すように詩音は店から出ていく。

まさか……いや、からかわれてるだけだよな?

ギャルっぽい女子高生の言動など俺の理解の範疇はんちゅうではないので、戸惑いながらその背中を見送る。

「田中さん」

「ん、どうした?」

振り返ると、穂積はいつになく真面目な顔をしていた。

「田中さんには、仕事以外で色々と教わりたいことが」

「え?」

「女性の扱い方について」

……俺が教えられることなど何も無いはずだが?

「師匠!」

「うっさい!」

「俺のセフレ紹介しますんで」

「そういうとこが駄目なんだよ!」

「だからそういうとこを教えてください!」

結局、仕事が終わるまでの間、穂積は根掘り葉掘りあらゆることを訊いてきた……。

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