第4話 ロリコン

「田中さん、先に休憩に入ってもらっていいっすよ」

俺の仕事の手が止まっているのを見かねたのか、穂積ほづみがそんなことを言ってくる。

「ついでに、その子を送ってあげたらどうっすか?」

あまり好きになれないタイプだが、ちゃんと見るべきところは見ていて、ちゃんと気配りも出来る。

そりゃそうか。

そうでなきゃ、女性にモテて、セフレがいたりはしないだろう。

……いや、でもやっぱり不誠実だとは思うが。


お言葉に甘えて休憩を取らせてもらう。

雨はほとんど止んでいたので、買い物を終えた有希と店の外でおしゃべりする。

「サボり?」

「ちゃうわ!」

雨に濡れていない、店の窓際の段差に二人並んで腰掛ける。

廃棄の弁当を食べていると有希が横から色々とうるさいので、俺のスマホを好きにいじらせておく。

有希はスマホを持っていないし、亜希はあまり触らせてくれないようだ。

「もう、こんなのが好きなの?」

有希がほほを膨らませて俺をにらむ。

画面を見ると、ギャルゲーの広告が表示されていた。

「ダメよ」と「仕方ないわね」が混じったような顔で、ガキでありながら女の顔が垣間見えたようでドキリとする。

「いや、それは広告だから触れるなよ?」

「俺の嫁に触れるなよー?」

「ちゃうわ!」

「ダウンロードしますか?」

「触れるなって言ってんだろうが!」

「ぽちっと」

「おい!」

……まあいいか。

後で消せばいいだけだし、有希は何だか楽しそうだし。

ことん。

隣に座る有希が、俺の肩に頭をもたせ掛けてきた。

もう少し子供の頃は、俺の膝の上に乗ってきたこともあるから今さら驚きはしないが、他人からはどう見えるのだろうと気にはなる。

さすがに親子では無理があるし、年の離れた兄妹と思うのが普通だろうか。

休憩中は制服を脱いでいるから、仲のいい店員とお客さん、なんて思う人はいないだろうけれど、ロリコン男と騙されている少女だと思う人も、もしかしたらいるかも──

「おまわりさん、アイツです」

え? ちょ、マジで!?

俺はやましいことは何も──

「って亜希かよ!」

いつも無愛想な亜希が、珍しく頬を緩めてこちらを見ていた。

取り乱した俺がおかしかったのだろう。

「ダサ」

「うるさい」

「ロリコンは犯罪です」

「ロリコンじゃねーよ!」

「顔がにやけてた」

「嬉しかったのは否定しない」

「ふーん……」

亜希が、有希とは反対側に座る。

さほど近くはない。

でも風呂上がりなのか、シャンプーだかリンスだかの匂いが鼻腔びこうくすぐる。

コイツも、少女でありながらも女性なんだなぁ、なんて何故か考えてしまう。

「実際、何歳以下だったらロリコンなんだろう?」

「は?」

有希はスマホ弄りに夢中で、俺の言葉に反応したのは亜希だけだった。

「子供だと思って見てたら、不意にドキッとさせられることもあるし、一人の人間として見たときに、子供だからって絶対に恋愛感情は抱かない、って全否定するのも何か違う気がして」

「しょ、小学生はさすがにアウト」

「うん、まあやっぱり恋愛対象として見るのは厳しいよな」

「ちゅ、中学生ならギリセーフ」

「え?」

「しゅ、ハルヒラは幾つなの?」

亜希は何故か、俺のことをハルヒラと呼ぶ。

「二十二歳になったな」

「歳の差が一桁ならセーフでいいと思う」

下限が十三歳?

……世間的には完全にアウトだが、清い交際ならいいのか?

「でも、今まで年下を好きになったことも無いしなぁ」

「え?」

「まあ積極的に女子と交流することも無かったから、どうしてもクラスメートとかの同級生を好きになってたな」

「な、なーんだ」

「なんだ?」

「ハルヒラって、女っけ無さそうだもんね」

「これでも彼女いたんだけどなぁ」

「え?」

「ん?」

「へ、平面の話?」

何を言ってるんだ?

「昔は256色の点の集合体を愛したとか、そういうことでしょ?」

ドット絵? いつの時代の話だ?

「画面の向こうに彼女がいましたっていうオチよね?」

コイツ、いつも不愛想なくせに、今夜はよく喋るな。

それにしても……俺にリアルな彼女がいたことが、そんなに想像し難いのだろうか。

「別に次元を越えた愛を否定はしないけど、そ、そろそろ現実にも目を向けていいんじゃない」

ここまで信じてもらえないと、さすがに傷付くなぁ。

「た、例えば、もっと身近なところにとか……」

「しゅんぺー」

ん?

スマホを弄っていた有希が、さっきと同じように頬を膨らませて俺を呼んだ。

「こういうのが好きなの?」

またゲームの広告か?

ゲームならまだいいけど、もっとエロいサイトに辿り着いた可能性も──って葉菜!?

別にエロい画像では無い。

葉菜の写真は何枚かスマホに入っているが、見られて困るようなものは無い。

「えーっと、それがいま話していた元カノ──」

「貸して!」

亜希が有希の手からスマホを奪い取る。

食い入るように画面を見つめ、手は慌ただしく動いて前後の写真を行き来する。

葉菜の写真以外は風景や花ばかりだし、これも見られて困るものでも無い。

「な、なぁんだ、やっぱり画面の向こうじゃない」

おい、それを言い出したら実物に会わせない限り全て俺の妄想になるじゃないか。

「何だか生活感溢れる画像だけど、リアリティを求めてネットの海を彷徨さまよい、やっとのことで探し当てた涙ぐましい努力が見えるようデスネ」

あくまでネットで拾った画像だと?

「まあ、ハルヒラが現実に目を向けるためには、こんなものは」

「画像をさくじょ? しますか?」

俺の膝に乗りかかるようにして、亜希の手元を覗き込んでいた有希がそう口にする。

「え? おい」

「ぽちっと」

ご丁寧に有希の効果音付きで葉菜の画像が消去された。

「ぽちぽち」

さすがに若い子のスマホ操作は速いなぁ。

見事な手捌てさばきだ。

何枚かあった葉菜の画像は、あっという間に俺のスマホから消えた。

……まあ、別れた彼女にまつわる物をいつまでも残しておくのは、男の悪い癖らしいしこれで良かったのかも知れない。

「……怒らないの?」

亜希が窺うように俺を見た。

他に何か怪しいものが無いか、さんざんスマホを弄っておいて何を今さら。

「褒められた行為じゃないけど」

俺は何故か微笑んでいた。

「……帰る!」

「なんでお前が怒ってんだよ」

「有希、帰るよ!」

いつもより機嫌よく話していたのに、不意に態度が変わったのは何故なのか。

だから子供は苦手なんだと思いつつ、もしかしたら女性とはそういうものかも知れない、などとも思う。

「有希」

亜希を追いかけようとした有希を呼び止め、廃棄の弁当と一緒に持ち出したサラダとデザートの入ったレジ袋を渡す。

「しゅんぺー」

「亜希と二人でちゃんと食えよ」

「ありがとー。でもね」

「ん?」

有希はニッコリ笑ってから、まるで弟を見るような目で俺を見た。

「お姉ちゃん怒らせたらダメよ?」

「……」

そのたしなめる口調に、俺は苦笑するしかない。

あるいは俺は、自分が思っている以上に人の機微きびうといのだろうか。

二人の後ろ姿が路地の奥に消えたのを見届けて、俺は仕事へと戻った。

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