第57話 二人の答え
金曜日の仕事終わり。
琢磨は久しぶりに自宅の駐車場から車を出して、一人横浜駅へと向かった。
目的はもちろん、由奈に本当の気持ちを伝えるため。
駅までの道のりは、いつもよりも長く感じ、緊張を通り越して冷静にすらなっていた。
琢磨は横浜駅に到着して、車を路肩に停車させる。
コーヒーチェーン店の前の歩道に、彼女は前と変わらぬ立ち振る舞いで待っていた。
カーウィンドーを開けて、由奈に視線を向ける。
「来てくれてありがとう」
「……やっぱり車で来たんだ」
「まあ、俺達のホームフィールドだからな」
「でも私、ドライブ禁止されてるよ?」
「もし両親に報告するなら、俺から掛け合ってもいいさ。それでも今日は、由奈と一緒にドライブがしたい」
「……はぁ、杉本さんは本当に仕方ないんだから」
呆れたようにして、由奈は助手席の扉の前に来ると、ゆっくりとドアを開けて乗り込んできた。
同時に、助手席のカーウィンドウを閉めて、二人だけの空間を作りあげる。
車内はハザードランプの点滅音がかちかちとなっているだけで、それ以外に音は聞こえない。
琢磨は身体をひねり、運転席から無理やり由奈の方へと向き直った。
「その……先週はごめん!」
開口一番、琢磨は深々と頭を下げて謝った。
「何のこと? 別に私、怒ってないよ?」
一方で、先週の件などなかったかのように接してくる由奈。
彼女の中ではもう、あの時の出来事は抹消されたらしい。
けれど、ここで彼女に言いくるめられたらその時点で全てが終わる。
嫌でも話を蒸し返さなければ話が進まない。
「俺、由奈に嘘ついた。本当は、由奈が将来やりたいこと見つけたとしても、こうしてずっと一緒に由奈とドライブがしたい。それでもって、自分もやりたいこと見つけて、お互いに高め合っていきたい! だから、許してくれとは言わない。でも前に言った事は謝らせてくれ。俺は、由奈ともっと一緒にいたい! もっと由奈と色んな所に行って、自分を見つけたいんだ!」
「……もう遅いよ」
沈むような暗いトーンで、由奈が答える。
「ごめん……先週ちゃんと由奈の質問に答えればよかったんだ。本当は、由奈と普通にデートらしいことをして、凄い胸がドキドキしてずっと浸っていたいくらいに楽しかったってこと。でも、あの時約束したことを破っちゃいけないとばかり考えてて……俺は嘘を吐いてでも由奈を応援しようって思った。でも結局、心の中に後悔ばかりが残って、自分の弱さに気づかされただけだった。本当は、依存してでも由奈と一緒にいたいんだって、本当の自分は言ってるんだって……」
「だから、もう無理なんだって!」
由奈は今にも泣きそうな大きな声を張り上げた。
「私だって、本当はそう言って欲しかった。これからもずっと、杉本さんの夢を探す旅を一緒に見つけたかった。でもそれはもう叶わないの……。私はもう、杉本さんの傍にいられないから……」
「どうしてだよ? なんでそんなこと言わないでくれよ……」
琢磨は悔しかった。自分が今までで一番悔いているかもしれないと思った。
だからそこ、由奈がここまでしても一緒にいることを許してくれないことが理解できなかった。
すると、突然由奈が琢磨の手を両手で覆うように握ってくる。
顔を上げれば、由奈は涙目で慈愛めいた表情を浮かべていた。
「私のやりたいことってね。留学することなの」
「へっ……留学?」
由奈はコクリと頷いて言葉を続ける。
「留学して、海外の言葉を学んで、広い世界を見に行きたい。それで、世界中の人たちと交流して、もっと教養を増やした人生を送りたい。それが私の夢、やりたいことなの……」
「つまりそれって……由奈はもう日本に戻らないってことか?」
「わかんない。でも少なくとも一年は留学するつもり。だから、私の方も悪いの。琢磨さんに一緒にいたいって言ってもらいたかったはずなのに、私のやりたいことは、琢磨さんと私が望む形とは相反する方向へ向かってしまう。それでも、琢磨さんに一緒にいたいって言って欲しかったの」
言っていることが矛盾しすぎていて、煩雑で面倒くさくて回りくどい。
それでも、何となくは理解できる。
琢磨たちが決めた約束を守れば、その時点で関係は終わってしまう。
けれど、どちらも関係を終わらせたくはなくて、本当はずっと一緒にいたい。
ただ、夢を追うことを前提にするならば、由奈の夢を追うことは琢磨を引き離す以外の何物でもない。
必然的に、琢磨はどうあがいても由奈を待つ形になるのだ。
由奈が夢を追い続けている限り、彼女を応援していると決めたからには。
それでも、琢磨は覚悟を決めたのだ。もう自分の気持ちに嘘はつかないと。
今度は、琢磨が由奈の手を取り、ぎゅっとその大きな手で握り締めた。
そして、真っ直ぐな瞳で由奈を見据え、喉から言葉を吐き出す。
「俺はそれでも、由奈と一緒にいたい。例え十年、二十年待つことになっても、俺は由奈じゃなきゃダメなんだ! その間に、俺も由奈に追いつけるように、自分のやりたいことを見つける! だから、もう無理だとか、もう遅いなんて言わないでくれ!!」
他人から見たら、これこそまさに依存関係なのかもしれない。
けれど、お互いやりたいことをやった上での愛があるならば、お互い自立し合った中で生まれる恋愛であるならば、それは依存と一概には言えなくなるのではないだろうか?
むしろ、お互いを高め合い、尊重して生きていける関係性なのだと琢磨は思う。
たとえ、その恋愛が他の人から間違っていると指摘されたり、考えを否定されたとしても、琢磨が導き出した由奈との答えなのだから、それでいいのだ。
「由奈、俺はお前が好きだ。俺と、付き合ってください」
琢磨は信念を貫いて、心からの言葉を口にした。
「……ホント、ずるいよ」
「ごめん」
「謝らないでよ」
「あははっ……悪い」
「前好きだって言ってた人はどうしたの?」
「俺から断ったよ。もう由奈のことしか見れないから」
「ホント馬鹿。私とこれからも付き合っていける保証なんてないのに」
「本当だよな。自分でも馬鹿だと思う」
それでも、網香先輩のことを後悔してなんて微塵もない。
「私、結構嫉妬深いよ?」
「うん」
「何度も浮気してないか心配になって、一人で落ち込むよ?」
「大丈夫、由奈の事しか考えられないから」
「やりたいことに夢中になりすぎて、連絡来なくても落ち込むよ?」
「両立するから大丈夫」
「いつまた会えるか分からないよ?」
「うん……それでも待ってる」
「……ホント、お人好しすぎ」
「由奈にだけな?」
「……バカ」
由奈は少し不貞腐れたように唇を尖らせ手から、すんと鼻を鳴らした。
そして、恥じらうようにコクリと首を一度だけ縦に振り、琢磨を見つめる。
「ありがとう……琢磨さん」
「由奈……大好きだ」
そして琢磨は、勢い任せに由奈を抱き寄せて、手を背中に回した。
初めて触れる彼女の背中は消え入りなほど華奢で儚くて、それでもってとても柔らかくて暖かかった。
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