第17話 襲来

(扉に向かう間も惜しい!)


 ショーンは上半身裸のまま窓から外に飛び出した。


 四方を建物と塀に囲まれた、それなりに広い空間。そこは修道院の中庭のようだ。綺麗に刈り揃えられた芝生に、煉瓦の通路が十字に走っている。


 腕輪が輝き、芝生に着地したショーンの左手に太刀『蒼月』が現れた。走りながら彼は左手で握ったさやから蒼月を抜き放つ。そして彼の倍はあろうかという大きさの魔物とエマの間に飛び込んだ。


「エマッ! 逃げろ!」


 彼女を狙って振り下ろされた魔物の白い爪を頭上にかかげた剣で受け、ショーンは叫ぶ。頭を抱えてうずくまっていたエマは、驚いて顔を上げた。


「ショーンさん?!」

「逃げるんだ!」


 頭上で剣を支えるショーンの両腕が小刻みに震えているのが見える。エマは首を横に振った。


「できません! だってあなたの身体は――」


 怒った魔物が再度腕を振り上げ、ショーンの上に振り下ろす。

 ショーンは息を詰めた。

 頭上の剣でなんとか受けたものの、その衝撃は大きい。せっかく治療してもらったいくつかの傷が開き、白い包帯をじわりじわりと赤く染めていく。もう一度食らえば支えきれる自信が彼にはない。


「ショーンさん!」

「いいから早く逃げろ! 今の俺は誰かを守りながら戦える身体じゃない。あなたに危害を加えたくもない。こいつ一匹、俺一人なら問題なく倒せる!」


 エマは何かを言いかけた。しかし、自身の思いを振り切るようにかぶりを振って立ち上がり、近くの建物の中に急いで駆け込んだ。


 扉の閉まる音を確認すると、ショーンは渾身こんしんの力で魔物の腕を振り払い、その胴に剣を一閃いっせんした。文字通り断末魔の叫びを上げ、真っ二つにされた魔物が息絶える。



「……隠れていないで出てこい。用事があるのは俺一人だろう」


 ショーンは息絶えた魔物から目を離さず、静かに呼びかけた。


「さすが、勘がいいわね」


 建物の陰から姿を現したのは、エマより少し年上くらいに見える若い女だった。聖職者姿のその女の額には、聖職者には不似合いなサークレットが妖しく輝いている。


「ここには外壁沿いに結界が張られていると聞いた。結界が破られた気配はないのに、ここにそれほど力の強くない、しかも森ではなかなかお目にかかれない種類の魔物が現れたとなれば、中に入った者が呼び込んだ……それしか考えられないだろう」

「うふふ、その通り。あの男から聞いた通りの強さと勘の良さ……嫌いじゃないわ。じゃあ私が来た目的も、当然わかっているでしょう?」


 女は妖艶ようえんな笑顔でショーンを見つめた。

 ショーンは冷静な顔で答える。


「悪いが、俺はお前たちに協力する気も一緒に行く気もない」

「まあ、そうでしょうね」


 女が自らの額に手を近づけると、サークレットが妖しく鈍い光を帯びる。


「息と腕輪さえあればいい。どんな状態でもいいからあなたを連れてこいと言われているの。あの男に協力するのはしゃくだけど」


 先ほど倒した魔物と同じ姿の魔物が三体、ショーンを囲むように現れる。


「その身体でどこまで耐えられるか、私に見せてちょうだい」


 魔物たちが一斉にショーンに飛びかかる。ショーンは高く跳躍ちょうやくしてその包囲網の外に抜け出そうとした。そのとき――。


「なっ?!」


 ショーンの脚に何かがからみついた。ショーンはそのまま勢いよく地面に叩きつけられる。

 その衝撃にくらみながらも急いで立ち上がったショーン。その背中に、一体の魔物の黒い爪が迫る。逃れようにも、脚に絡みついた細い触手のようなものが解けず、大きく避けることができない。半身をかわしてなんとか避けたが、避けきれず背中を浅くえぐり取られる。


(――こいつら……本来持たない力を持たされている?)


 もう一体の魔物の口が開かれ、その口からほのおが吐き出される。ショーンは脚に絡みついたものを剣で断ち切り、間一髪で地面を転がり焔を避けた。そのまま焔の魔物の懐に飛び込み、目にも留まらぬ速さで首を切り落とす。


 鋭い爪が左手斜め後方から迫る。黒い爪に浅く肩口を抉られながら、ショーンはその魔物の腕を落とし、返す刀で胴を真っ二つに斬り落とす。


 背後に残った最後の一体に向き直ろうとしたとき、ショーンの身体がぐらりと揺らいだ。体勢を崩した彼は、そのまま地面にひざを突く。先ほど魔物の爪に抉られた背中と左肩口の傷がひどく熱い。


「やっと効いてきたようね。即効性のはずなのに……精霊の血を引く者には効きづらいのかしら」


 魔物から無数の触手が伸びる。剣で薙ぎ払おうにも、力が入らず思うように身体が動かない。そのくせ頭は妙に冴え、痛みもしっかりと感じている。


(く……そ、弛緩毒しかんどくか――)


 全身からだんだん力が抜けていく。動けない脚に触手が絡みつく。なんとか剣で斬り落としたが、別の触手が左腕を掴む。右腕はまだ自由だが、蒼月の重みでまともに腕が上がらない。その右腕にも触手が絡みつく。振り払おうとするが、腕が言うことを聞かない。触手に右腕をギリギリと締め上げられて、剣が地面に落ちる。とうとう触手がショーンの四肢と胸を捕らえ、彼を空中に吊り上げた。足掻あがこうにも、もう全身に力が入らない。

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