006 色無しの魔物使い(前編)



 マキトが判定されたのは【色無し】の魔物使い。

 【色】がない――すなわち才能がないと見なされて当然を意味する。この結果は決してあり得ない話ではない。しかし、何百人に一人の確率でしか現れないとも言われているのだ。

 まさに悪い意味でのレアケースとも言える。

 故にレスリーは笑い飛ばしていた。

 まさかここまで下の者がいたとは思わなかった――そんな驚きとともに。


「ひゃーっはっはっはっ! マジでウケるぜ、まさか【色無し】なんてよぉ!」


 もう何回このような言葉を繰り返されただろうか。レスリーの笑いは未だ止む様子を見せない。涙を流して指をさしながら笑い続けるその姿を、マキトは無表情かつ無言で見据えていた。

 そこにはどんな感情が込められているのか、そもそも感情があるのか。

 それは他の誰も知らないことだった。ついでに言えば、知ろうとすらしていないほどであった。

 色がない子供が現れた――それだけで噂話のネタは、十分に事足りるからだ。


「聞いた? 【色無し】の子ですって!」

「一体どこの子かしら?」

「こんなことってあるんだな。【色無し】なんて初めて聞いたぞ!」

「哀れなもんだな。夢が絶たれちまうなんてよ」


 あちこちから聞こえてくる囁き声。口では哀れんでいるが、それはあくまで、本人たちが満足しているだけ。

 人の気持ちを想う――それを言い訳にしている都合のいい姿そのもの。その言葉一つ一つが、武器となって容赦なく突き刺さることを、果たして周りはちゃんと気づいているのだろうか。

 そんな中マキトは、どこまでも無表情であった。

 我慢している様子はない。体も手も全く震えておらず、肩に力も入っていない。

 未だ嘲笑っているレスリーの姿を、ただ見ているだけであった。


「よぉ、レスリー」


 その時、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。


「どうしたってんだ? そんなに大声で笑っちまってよ」

「兄ちゃん!」


 レスリーが勢いよく振り向くと、冒険者のブルースが、ドナやエルトンを引き連れて立っていた。


(兄弟か……)


 マキトは無表情のまま、そう分析する。しかし興味は示していなかった。無言で事の成り行きを見守っていると、レスリーがブルースに耳打ちしている。

 しっかりと嘲笑を含めた視線をマキトに向けた上で。


「――ハハッ! おいおいマジかよ? よりにもよって【色無し】とはなぁ!」


 ブルースが傑作だと言わんばかりに大声で笑い出す。彼の後ろに控えている仲間二人もまた、クスクスと笑っていた。

 正直、マキトは途轍もなくうんざりしていた。

 あと何回これを繰り返し見なければならないんだ、いい加減帰りたい――そんな気持ちとともに顔をしかめる。

 しかしブルースは、それをマキトの悔しさと感じ取ったらしく、更にニンマリと唇を釣り上げた。


「なんだよ、その表情は? ボウズが才能なしと判断されたのは事実だろ? ならばそれをしっかりと受け取って然るべきだろうが」

「そーだそーだ。センパイである兄ちゃんに歯向かうんじゃねぇよ!」


 兄の後ろに隠れながら調子に乗る弟――まさに典型的な構図とも言えるだろう。

 無論、マキトからすれば『何言ってんだコイツらは?』程度でしかなく、そもそも彼らの相手をするつもりすらない。ただ単に、立ち去るタイミングを完全に見失っているだけであった。

 ついでに言えば、無言でいるのも反論が面倒なだけである。

 誰から何を言われようが知ったことではない――それほどまでに、マキトは目の前の相手に対して興味も関心もなかった。


「マキト!」


 そこにアリシアが駆け寄ってくる。手持ち無沙汰になって散歩していたら、マキトの噂を聞きつけて、慌てて戻って来たのだった。

 軽く息を切らせており、相当心配していたことがよく分かる。

 もっともマキトからしてみれば、どうしたんだろうという疑問以外の何物でもなかったのだが。


「――マキトに何してるんですか?」


 アリシアはブルースに対し、キッと強い視線で睨みつける。しかしブルースは、どこまでも涼しい笑みで受け流していた。


「そこの【色無し】クンに、先輩である俺から現実を見ろと教えたまでさ」

「そーだそーだ。外野は引っ込んでろってんだーっ!」


 またしてもレスリーが野次を飛ばすが、アリシアはそれに反応せず、マキトのほうを振り向く。


「ねぇ、マキト。この人たちに何もされてない?」

「別に」


 マキトは淡々と答える。我慢している様子もなかったため、恐らく本当だろうとアリシアは思った。

 そこに――


「おいおい、流石にその態度はないだろ? お前みたいな【色無し】じゃギルドに登録することもできないって、ちゃんと教えてやろうとしてるんだ。むしろ親切だと思ってほしいくらいなんだがねぇ」


 ブルースが大げさに肩をすくめながら、演技じみた口調で言う。


「冒険者の立場ってのは、なにより【色】に左右される。まぁ言い換えれば、どんなに望んだ職業を得られなかったとしても、【色】さえ良ければ大抵どうとでもなっちまうもんだ。そしてその逆もまた然りってな」


 要するに、職業と自身の【色】が噛み合っていなければ、どんなに頑張っても空回りしてしまうことが多くなり、ギルドの中でも立場が上がり辛い――ブルースはそう言っているのだ。

 命を懸けることが基本となる冒険者は、そう簡単になることはできない。死人を簡単に出したくないからだ。

 そのためにギルドは、冒険者登録をする際に、その者の【色】を確認する。

 【色】次第では、どんなに良さげな職業の適性を得ていたとしても、ギルド側からお断りという名のお祈り言葉をもらい受けてしまう。

 それは決して珍しくないことであり、ある種の避けては通れない第一関門とも言われているのだった。


「そこの【色無し】ボウズは、どんなに頑張ってもギルドに登録はできない。これは意地悪とかじゃねぇ。正式なルールなんだ。悪いことは言わないから、潔く夢を見るのは諦めたほうがいいと思うぜ?」

「そーだそーだ。優秀な冒険者である兄ちゃんがこう言ってるんだぞ!」


 レスリーがまたもや調子に乗って叫ぶ。完全に楽しんでいる様子であり、もはやマキトたちは真面目にそれを聞くつもりはなかった。

 しかし――


「大体、魔物使いは魔物をテイムしてこそナンボだろ! お前みたいな【色無し】にそれができるってのかよ!」


 その言葉だけは、しっかりと耳に届いた。

 言われてみれば確かにと、周りも次々と共感を示していく。

 そもそも【色無し】に魔物を従えることができるのか――そんな素朴な疑問が新たに生まれ、再びマキトに注目が集まる。


「どーなんだよ? 答えてみろよ! この【色無し】の魔物使いヤロウが!」


 レスリーの挑発じみた言葉には興味なかったが、正直マキトもそれについては確認したいところであった。

 ひとまずここはどう答えるべきか――それを考えていたその時だった。


「――ポヨッ!」


 聞いたことのある鳴き声が聞こえてきた。


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