五話

 穆哨が黙り込んでいると、任木蘭が静かに言った。

「お話を聞く限りでは、欧陽楓女侠もご自身の娘である以上に『金』の功体を持っていて蒼天斬が使えたことが重要だったようですね」

 果たして欧陽梁は迷いのない目で頷いた。

 穆哨は驚きを通り越して失望すら感じ始めていた。欧陽楓が穆鋭と幼い息子を連れて関山に帰っていればというのも、彼女が父に助けを求めさえしていれば蒼天斬が失われることはなく、さらには鳳炎剣とその使い手までをも手中に収めることができていたということだったのだ。

 当時、苦しい状況にありながらも欧陽楓が父親に助けを求めなかったのも、夫と息子を連れて関山派の門を叩いたとて一家揃ってのように扱われるのが分かっていたからだったのだろう。しかも相手が東鼎会となれば、これ幸いと魏龍影を退ける手段として利用されていたに違いない。

 孔麗鱗と魏龍影は野望を掲げて五行神剣を手に入れることに執着していたが、欧陽梁は正義と大義名分を掲げて二人と同じことをしている。ことの本質が変わらない以上、二人よりもたちが悪いのではないかと穆哨は思った。

「ひとつ言わせていただけますか」

 穆哨は乾いた喉をこじ開けるように言った。

「俺はすでに仙境にて天仙の地位を得ています。なので、関山派はもとより人界に留まって神剣の争いに関与し続けること自体が難しいかと」

 欧陽梁の眉がぴくりと動く。落胆や反対の色がはっきり見えているわけではないが、五行神剣が己の手の届かない場所に持っていかれることが欧陽梁にとって好ましいものでないことは穆哨にも分かる。

「それに、神剣は役目を果たしたら天界に持ち帰る。その上で全て熔かして、ただの仙人が作った剣に生まれ変わらせるつもりだ」

 横から風天巧も口を挟む。欧陽梁は風天巧をひと睨みすると、まるで脅しているかのように険しい声で問うた。

「儂の記憶違いでなければ、其方は人界一の名工のはずじゃ」

「いかにも。だが五行神剣を鋳造し、人界に持ち込んだ神仙その人でもある」

 風天巧はそう答え、欧陽梁に自信満々な視線を返した。欧陽梁本人は顔色を変えないものの、隣に座る柳洛水が息を飲んだ音ははっきりと聞こえてきた。

 それを目ざとく拾い上げたのは任木蘭だった。任木蘭は柳洛水を正面きって見つめると、「柳姑娘」と呼びかけた。

「私たちが意見を聞きたいのはあなたの師父ではなくて、実際に神剣を持っているあなたなの。天界の意向と欧陽梁の方針、どちらに従いたいのか聞かせてくれる?」

 柳洛水は答えず、困り果てたように任木蘭と欧陽梁を交互に見ている。無理もないと穆哨は思った。欧陽梁がにらみを利かせている横でともすれば師に逆らうことを宣言しなければならない重圧は並大抵のものではない。

 柳洛水はひとしきり迷った末、控えめに尋ねた。

「……風天巧様の仰る五行神剣の役目とは、一体何なのでしょう?」



***



 結局、風天巧たちが村を後にして欧陽楓の墓前に行き着いたときには夕日が沈もうとしていた。

 西日の名残りが木の葉の隙間から漏れる中、穆哨はまばらに生える下草に覆われた地面のふくらみをじっと見つめていた。

 この簡素な墓を見つめている中には柳洛水の姿もあった――彼女は穆哨に憑りつく悪鬼の正体と東鼎会の惨劇の真相を知って、風天巧に協力することを決めたのだ。当然この決断は欧陽梁を激怒させた。怒鳴られこそしなかったが、あの底冷えするような眼差しと口調では、欧陽梁の怒りが完全に冷めるまで関山での居場所は失ったも同然だ。しかし、自らの肉親をも宝剣の付属品と見なしていると知った今、柳洛水の心中には彼を無条件に尊敬できない思いが芽生えていた。

「欧陽楓様は、私たち関山派の弟子の間では今でも大師姐と呼ばれています。私にとっても憧れの方だったのですが……本当は分かっておられたのでしょうね。師父がどういうお方なのか」

「蒼天斬を自ら折ったのも、神剣を手に入れたがっているのが魏龍影や孔麗鱗だけではないと分かっていたからだろうな。たしかに、一本でも欠ければ五行神剣が真価を発揮することはない。人界で信じられている天下を手中に収める力も、本来の目的である悪鬼の浄化も、五振りが揃わなければ不可能だ」

 風天巧はそう答えると、扇子を閉じて帯に差した。風天巧が印を結び、真気を巡らせると、塚の内から半分に折れた白銀の刃が飛び出してきた。

 風天巧は勢い良く飛び出してきた切っ先の側を右の剣指で挟み持ち、それを追うように出てきたもう半分の柄を左手で握った。同時に鳳炎剣が背中で震え、穆哨は慌てて柄を手で押さえた――見れば任木蘭も腰に佩いた花踊刹をぐっと押さえつけている。

 その剣は柄にも剣身にも一切の装飾がなく、一目で名工の作とは分かっても五行神剣とまでは分からない。それでも風天巧は確信したように頷くと、これこそが蒼天斬だと断言した。

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