外2.リュムケル号とミスティ号のはなし 前編

 航法士見習いのエドワードが乗務しているリュムケル号は次の目的地に向かって順調に進んでいた。




 今日は、待ちに待ったミスティ号とお土産を交換する日だ。




 リュムケル号とミスティ号が搭載しているワープ装置は地球産第二世代に属するタイプのものだ。


 このタイプ、安全性は悪くないのだが、6時間以上ワープを続けることができないという欠点を持っていた。また、1度使用すると、再度使用可能になるのに、1時間半ほどかかった。





 ワープが使えない時、何もない宙域を延々と航行することも多いが、そんな時に地球の宇宙船同士がすれ違うことも多くあった。


 そういう時はお土産を交換するのだ。脱出ポッドのうち1台が土産交換用に改造されていて(勿論、本来の目的で使うこともできる)、それにお土産を積み、相手の宇宙船に飛ばす。


 船内のスペースは有限だから、交換するのは寄航地で手に入れたよその星の食べ物や、エアクリーナー、洗剤といった船のメンテナンスに使うものが多かった。





 エドワードはミスティ号の乗員とは親しく、休暇の時に一緒に旅行に行ったこともあった。そして、ミスティ号には、エドワードと同い年で彼よりも一足早く、正式な航法士になったメアリーが乗務していた。


 彼女は、食文化について詳しく、いつも、見たこともないような珍しいお菓子や果物を送ってくれた。


 そのうえ、エドワードとメアリーは訓練生時代から仲が良かった為、いつも手紙のやり取りをしていた。



 ミスティ号に送る、お土産と手紙の束を積み終わり、ハッチを閉める。 


 ポッドが切り離され、どんどん遠ざかっていく。


 心の中で「うまく届けよ。」と念じる。





 異常に気づいたのは6時間後のことだった。


 ミスティ号から届くはずのポッドがまだ来ない。


 ポッドの故障ならまだいい、心配なのは、ミスティ号に何かあったのではないかということだ。


 やがて、皆の心配をよそにミスティ号のポッドがふらっとやってきた。




 しかし、安堵したのも束の間、すぐに異常に気づく。


 ポッドの中に土産など一切ないのだ。かわりにあったのは、


 海賊からの脅迫状だった........


 「停船し、積荷をよこせ。従わなければ、ミスティ号の乗員を殺害する。」


 誰も何も話さない。皆、食卓の上に置かれていた紙を見ている。

 



 「あの、す、すみません。」


 航法士プリモが口を開く。新入りのエドワードを1番気にかけてくれたのが彼だ。


 「大人しく投降するというのはどうでしょう。今までも、投降して助かった例があります。下手なことをして、万が一ミスティ号の乗員に怪我をするようなことあったら大変です。」


 「すまないが、私は反対だ。相手は海賊だ。何をするかわからない。それに相手は投降したら危害を加えないなんて言っていないぞ。」


 操縦士ヴァルターが指摘する。


 医師のエリーはアメル船長を見る。アメル船長は咳払いをした後、こう言った。


 「多数決で決めよう。」





 「まず、投降することに賛成の人。」


 プリモが迷わず手を挙げる。


 「次に、反対の人。」


 ヴァルターが手を挙げる。他の者はどちらにも手を挙げなかった。


 まだ決めかねているようだ。




 不運なことに、リュムケル号は船の扱いが上手い乗員には恵まれていたものの、海賊対策に詳しい乗員はいなかったのだ。


 まだ、地球人が他の星系との貿易を始めて間もない頃なので乗員に対する教育などに不備が多かったのだ。





 そのうえ、情報も少なかった。


 実は、確かに一時は海賊も積荷の一部を獲っていくだけで、乗員には危害を加えないグループが多かった。


 奪われた積荷も保険でなんとかできることが多く、珍しいが襲った船の乗員に対して敬語まで使う海賊もいたというからあまり恐れられていなかった。挙げ句には海賊が襲った船の乗員に頼まれて、一緒に記念写真を撮ったこともあったらしい。


 しかし、そんな時代は長くは続かなかった。


 取締りが強化され、古参の海賊グループがほとんど姿を消すと、モラルに欠けるグループが現れるようになった。


 そういうグループは大抵すぐに捕まるが、雨後の筍のように新しいグループ生まれ、増える一方だった。


 そのうえ、今でこそ、地球は他の星系と情報のやり取りを頻繁に行なっているが、その頃はちょうど地球人が他の星系との貿易を本格的に始めた頃でよその星の情報には疎かった。


 誰もその頃がそういったグループの最盛期だったということ知る由はなく、地球の宇宙船で働く者は、皆一昔前の海賊はそこまで怖くない情報を元にして海賊対策を行い、業務に当たっていたのだ。






 結局、リュムケル号の乗員たちは多数決で投降するかは決められず、時間だけが過ぎていくなかでエドワードが投降すること勧めたために全員一致で投降することを決意した。


 後にエドワードはこの行動を後悔し続けることになる。






 リュムケル号は減速を続ける。予定ではあと30分で海賊船とドッキング(宇宙空間で宇宙船同士が結合すること)する。乗員たちは海賊を迎える用意をしていた。


 万が一のことを考え、防刃ベストを着て、非常用の棍棒と刺又を取り出す。


 海賊に遭遇した時のチェックリストも読み返す。




 現在の状況や位置情報を記したドローンは15分前に発射させた。3機それぞれ、別の管制基地に向かっていて、3機同時に失われることはまずないし、発射した位置やドローンの大きさを考えて、海賊に見つかるとも考えにくい。


 これで、救助隊や宇宙保安部の船が駆けつけてくれて、何かがあれば助けてくれるだろう。


 勿論、海賊を刺激しないよう、到着しても問題が起こらなければ、遠くで待避することように伝えてある。




 やがて、海賊船が目視で確認できる頃になると、エドワードはいよいよ緊張し始めた。


 先輩達の話によると、最近の海賊はそこまで恐れる必要はないらしい。ちゃんと言うこと聞けば、積荷を奪うだけで、乗員には危害を加えないとらしいし、珍しいが記念写真を一緒に撮ってくれる海賊もいるらしい。


 「積荷を奪われるのは嫌だけど、乗員の安全には変えられない。」


 エドワードは自分の判断は正しかったのだと自分に言い聞かせた。




 エドワードはミスティ号の乗員のことを想う。向こうのみんなはどうだろうか。きっと元気に違いない。


 今回のことが終わったら、後でいっぱい話そう。



 エドワードはステンレス製の棍棒を握り締める。



 海賊船は思ったより小さかった100メートルに満たない長さの船が2隻もっと小さいのが1隻あって、1番小さい1隻がリュムケル号に近づいてくる。


 奇妙なことに3隻には貨物スペースがほとんどないように見える。代わりに船体の大部分のを機関が占めているようだ。襲った船の積荷はどうやって持ち帰るのだろうか?

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