7.ぶつかるぞ!

 窓からは、星が見える。それらはどれも綺麗に輝いているが、今は冷たく不気味に感じられる。


 カメラが星を撮影し、コンピューターが現在位置を割り出す。



 アルシア3号は急減速を続ける。半日もすれば完全に停止できるだろう。その前に救助船が来るかもしれない。だとしたら良い。なるべく早くこの状況から抜け出したい。


 ここは文明のある星から遠い。電波による救難信号も出すが、それでは時間が掛かり過ぎるだろう。


 位置と船の状況を記録したドローンを1機飛ばす。本当はもう1機飛ばしたほうが良いのだが、あと、3機しか残っていないので、節約しなければならない。




 減速率を下げて、船を一通り点検する。船内の照明は一部を残して復帰していたのだが、物が散乱していて回るのが大変だった。



 固定が甘かったのか、コンテナが1つ無くなっていた。大変な損失だが、今悔やんでもしょうがない。


 それより心配だったのは、船の方だ、姿勢制御用のエンジンのうち幾つかが使えなくなっているうえ、強いGがかかったせいであちこちが傷んでいる。 






 「ケイコク、シンロジョウニブッタイ。ケイコク!シンロジョウニブッタイ!カイヒセヨ。タダチニ!カイヒセヨ!」


 不意に、警報が鳴り始めた為、皆はブリッジに戻った。



 通常ならば、自動操縦で回避することもできるのだが、今回ばかりは船が痛んでいるのでそういかない。


 勿論、手動操縦でも物体を回避するのは簡単だ。しかし、問題なのは、物体が船のようにに見えることだ。



 「シンロジョウノブッタイハフネデス。シカシ、デンパヲダシテイマセン。」


 通常、宇宙船は衝突しないように他の船や管制基地に向かって電波を発信している。また、故障に見舞われた時には、救難信号を発する。


 もちろん、事故で電波を発信できないというもあり得るが、完全に電波を発信してい場合は、その船がハイジャックされたか、或いは、海賊船であるかの二択の可能性が高い。


 そんなことを考えていると、問題の船が突然、電波を発信し始めた。どうやら、こちらと交信したいようだ。





 翻訳機があるので、この周辺の星の船の場合、意思疎通にそれほど苦労することはまず無いはずだ。


 「こちら、地球船籍アルシア3号。貴船に接近している。応答願います。」


 「宇宙海賊だ。直ちにに減速して投降しろ。」


 謎解きタイムは終わった。答えを半分当てられたが、全然嬉しくない。







 船長は考える。通常ならば、投降するだろう。逃げるにはリスクが大きすぎる。投降すれば、積荷を奪われるだけで済むかもしれない。


 しかし、船長はその判断をくだすことができなかった。


 投降するには、フルパワーで減速して船を止めなければならない。しかし、無理な減速はメインエンジン(特にレーザー核融合エンジン)を損傷させる可能性が高い。


 それは、もし投降してもなお、宇宙海賊が攻撃を仕掛けてくる場合、逃げる事はできないことを意味していた。



 船長は若い頃の忌まわしい記憶を思い出す。


 あの日のことを船長は忘れることはないだろう。いや、忘れてはいけないのだ。


 そして、船長に昇格したとき誓ったはずだ。


 「誰も死なせない。絶対に全員を地球に帰す。」







 「なあ、向こうは投降しろといってきたが、私はそれが良い考えだとは思わない。皆はどう思う?」


 船長はある方法を思いついた。


 しかし、大きな賭けだ。もし、この時、1人でも投降したい者がいれば、船長は計画を諦めて、海賊に投降することを決めただろう。


 船長は自分とヨウコはともかく、他の3人は投降を選択すると思った。


 しかし、意外なことにその予想は外れた。


 「船長なら、そう言うと思っていました。」



 「あのような連中には従いたくありません。」



 「船長、気を遣う必要はありません。この船の中に、海賊を信用している人などいないでしょうから。」


 これで、船長の計画を実行することが決まった。。


 ヨウコが忠告する。


 「私は反対しないけど、成功する保証はないよ。覚悟をするんだね。」


 「はい。」


 3人は口を揃えて返事した。








 「電力系統。」


 「異常なし。」


 「コンピューター。」


 「異常なし。」


 「通信設備。」


 設備に異常がないか点検する。


 「メインエンジン。」


 「スタンバイ。」


 「姿勢制御。」


 「正常。」


 「接近灯。」


 「ON.」


 「点検灯、作業灯。」


 「ON.」


 船体外部に取り付けられた無数の白色LEDランプが船体を神々しくしく照らしだす。


 アルシア3号はゆっくりと船体を180度回転させる。


 船体が進行方向に対し横向きになったとき、このとき双眼鏡やモニターを覗いていた宇宙海賊たちにはアルシア3号がとても大きく見えるだろう。


 鈍い銀色のアルミニウム合金製の船体に走る無数のパイプや手摺りそして、年老いた職人に手作業で塗ってもらった、自慢の紺色のラインもランプに照らされ美しく輝く。


 もう少し目を凝らせば、大きく書かれた、船名や母港の名前だって読み取れるかもしれない。


 そして、アルシア3号はゆっくりと船首を海賊船に向ける。







 海賊船、我らが勝利号の乗員の反応は様々だった。


 息を呑む者、舌舐めずりする者、何が起こるか楽しみに思っている者、不安に思っている者...。


 キャプテンの一言で皆は一斉に我に帰る。


 「恐れるんでねぇ。俺たちには最高の武器がある。ヤツら妙な動きををしたら、1発お見舞いすればええ。」


 乗員たちが落ち着き、キャプテンは席に戻る。


 「参ったな。あいつら、何をする気だ?」









 アルシア3号で最も美しい部分ときけば、必ず名前が上がるのが操縦室のフロントウィンドウだろう。


 透明な樹脂でできた八角系の窓とカーボンファイバーとアルミニウム合金でできた窓枠を組み合わせて作った、巨大な蜂の巣や教会のステンドグラスを思わせるフロントウィンドウは一体形成の大型曲面フロントウィンドウが珍しかった時代の産物で今では珍しい設計なのでファンも多い。


 (余談だが、このタイプのフロントウィンドウをもっと進化させたものをつけた最新鋭の船も少ないが存在する。)







 今、そのフロントウィンドウの向こう側には忌々しい海賊船が見える。


 アルシア3号の乗員はすでに、普段は着ない船内用の宇宙服を着ている。万が一、正面衝突したときの生存率が高める為だ。


 船を前向きにしたのも同じ理由で、機体後部のエンジンや発電設備が無事であれば、被害を最小限にに抑えられるからだ。  


 勿論、どちらも効果は気休め程度のものだ。


 「イオンエンジン、1番から60番、起動まで、10、9、8、7、.......2、1、起動。レーザー核融合エンジン1番から3番、点火まで、10、9、8、.....2、1、点火。」


 「加速度、2G、3G、4G、5G、維持します。」






 乗員たちが被っているヘルメットの内側には、写真が貼ってある。


 船長は昔の仕事仲間や訓練生時代の友人と一緒に撮った写真、サムは昔仲が良かった猫の写真そして、ジョンは遠い星の患者と撮った写真、ヨウコは父の写真とレナは父と母と一緒に撮った写真だ。


 非常時に使う船内用の宇宙服のヘルメットの内側に、この世ではもう会えない家族や友達の写真を貼るのは伝統になっている。


 理由ははっきりしないが、危機的な状況に陥ったときに力を貸してくれるとか、あの世で再開する助けになるとか、いろいろ言われてる。



 「すまんな皆、頼みがある。うちの船のヤツらを助けてくれ。」


 「父さん母さん。私、頑張るから応援して。」


 「神よ、ご加護を。」


 「ケイコク、ショウトツマデアト300ビョウ。」






 もし、アルシア3号が海賊船から逃げようとしても武器で攻撃されて終わりだろう。しかし、海賊船に向かって突っ込んで行ったらどうだろうか?


 仮に今、海賊船がアルシア3号を攻撃すれば、それこそ、アルシア3号は制御不能になり、炎上し、破片を撒き散らしながら海賊船に衝突することだろう。避けようとしても破片が当たって大惨事確定である。  


 だから、下手に攻撃はできないだろう。





 海賊船、我らが勝利号のブリッジの中は混乱していた。


 キャプテンが叫ぶ。


 「なんてことだ!ぶつかるぞ!」

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