第6話 同じ塾で隣の席の女の子が、学校で俺のクラスに来た。

 給食を食べ終わってツバサたちとトランプをしていると、2年7組のドアが開かれる音が聞こえた。


 それだけなら特に気にすることはなかったけど、聞こえてきた声に思わず意識がいく。


「ごめん。 お願いがあるんだけど光、理科の教科書貸してくれない?」


 教室に入ってきたのは松田さんだった。


 阿部さんのところまで行くと、両手で拝んで教科書を借りようとしている。


 松田さん理科の教科書忘れて借りにきたのか。


 あれ? でも、今日うちのクラスって理科あったっけ?


「ごめん鈴―! うちのクラス今日理科ないから教科書ないや」


 やっぱり今日理科なかったか。 俺の思い違いじゃなかったんだな。


「えー! まじでー? さっき凛のところにも行ったんだけど、1組も今日理科ないって言われたんだよー! 琴は同じクラスだから借りれないしどうしよう?」


「あー理科のあの先生、忘れ物に厳しいもんね」


「そうなんだよー! 私、成績も良くないから忘れ物で更に成績が下がると、悲惨なことになっちゃうんだよ!」


「あーそれはきついね。 ちょっと待ってね。 持っている友達いないか聞いてみるわ」


 阿部さんはそう言って自分の席から立ち、友達に声をかけ始める。


 でも、持っている人いるのかな?


「松田困ってんな。 貸してやりたいけど、オレも持ってないや」


「いや、持っててもどうせ貸せれんだろ。 ユウマ、ヘタレだもんな」


「はぁ? そんなことねーし」


「いや、ボクもツバサと同意見かな」


「チアキまで……」


 周りでユウマたちがそんなことを話しているのが聞こえる。 


 まぁ、俺もツバサの意見には同意するかな。


「ごめん鈴―! うちの友達持ってないって」


「そっかー……」


 阿部さんが松田さんに話しかける声が聞こえる。 やっぱり誰も持ってなかったか。


「おい、おまえ持ってんなら松田に貸してやれよ。 仲良くなれるチャンスかもよ?」


「持ってねーよ」


「ここで貸せたら好感度爆上げなんだろうな」


 周りの男子たちがソワソワして話しているのが聞こえる。松田さんも阿部さんも目立ってるからなぁ。


 こっそりクラスのみんなが動向を伺っているのが分かる。俺もその一員だ。


「あ、春名くんだ。 春名くんは理科の教科書持ってない?」


「えっ……ち、ちょっと待ってね。 探してみるわ」


 俺が松田さんたちを見ていると、視線を感じたのか俺と目線がばっちり合う。


 そして、俺の席のところまで来て、松田さんは尋ねるのだった。


 俺は多くの視線が自分の体に刺さっていることを感じた。うぅ…なんか居心地悪いな。


 俺は自分の机の中を探す。……やっぱりないな。


 でも、もしかしたら……。


「ごめん。 松田さんちょっと待ってくれる?」


 俺は松田さんに断りを入れて席を立ち、教室の後ろにある自分のロッカーまで行く。


 もしかしたら置き勉してるからあるかもしれない。 俺は自分のロッカーを探す。……あ、奥の方にあった。


「これでいいんだよね?」


「そうそうそれそれ! いやー助かったよ! 春名くんは私の命の恩人だー!!」


「いや、それは大げさでしょ」


「うんうん。 それぐらい私は助かったんだよ! あの、これ借りていい? 授業終わったら返すからさ」


「うん。 いいよ」


「ありがとう! 恩に着るよ!」


 松田さんは休憩時間が終わりに近づいているからか、速足で教室を出ていく。


 な、なんか台風みたいだったな。俺は松田さんを見送る。


 少しして、自分に多くの視線が向けられていることに気づいた。


 男子からは嫉妬と羨望の視線を、女の子からは好奇心の視線で見られていた。


 ま、まぁ塾に通ってる人にしか俺と松田さんの接点は分かんないしな。


 俺だって人気な女の子が話しているところを見たことない男子と会話してたら、興味があるもん。


 俺は少しの居心地の悪さを感じながら席に戻り、ユウマたちとトランプの続きをするのだった。

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