第3話 お昼の出来事



 朝、いつもの時間にいつものメンバーが教室に集まり始めた。

 俺は珍しく早めに学校にやって来た。

 いつもより二十分は早い。


 もちろん、田中に土曜日の怒りをぶつけるためだ。

 だが、その前に事件は起こった。


「おーい、藤井。廊下にお客さんだぞ」


「おう、ありがとう」


 お礼を言ったが、俺を呼んだ相手の名前はなんだったかな?


 ──思い出せない。


 という前に覚えていない。


「おう、藤井? あれは聡太」


「んっ、田中ありがと……、じゃない。

 お前っ、土曜日はハメやがったな? とても大変だったんだぞ! さあ、どう責任とってくれる?」


「あっ、まあ、そうだな。まずは、ごめん。責任は取らせるよ。なあ、夢乃ねぇ」


「あら、私なの? それなら仕方ないわね。しかし、相手が藤井君なら全然オッケー!」


 ……いや、なんでここに先輩いんの?

 しかも俺は全然オッケーと違う!



 あっ、こんなん放っておこう。

 聡太が言ってたお客さんって誰だろ?

 キョロキョロと廊下を見回すが誰もいない。


「おーい、聡太? お客って誰?」


 初めて喋るのに馴れ馴れしすぎかな?

 心の中で少し後悔するも、聡太はそんな細かいことまで気にはしなかったようだ。

 くーっ、いい奴!


 その聡太からの返事には驚きというか、残念な結果になったんだけだね。


「えーっと、お前が今話してる九重先輩だよ」



 ……やはりそうでしたか。

 とても残念!


 クラス中の連中が学内アイドルに注目し、ドキドキする中、俺の心はみんなと逆に沈んでいた。


「んで、先輩はなにしにきたん?」


 みなさんの注目の中ではあるが、俺は意に介さず、全く気が乗らないので素っ気なく質問をする。

 この質問に先輩はこの前以上のあざとさで回答してくれた。


「あのね。えっとね、お昼を藤井君と食べたいなって思ったから、言いにきちゃった。てへっ」


 うーっ、この人とはもう関わりたくはない。

 だって、俺にはこう聞こえたんだもんな。


『おい、お前っ、昼メシ一緒してやるから、絶対こいよな! 私がこうして来てやったんだからバックレるなよ!』


「おい、藤井ってば、妄想が声に出てたぞ!」


 シレッと田中星人から耳打ちされ、目の前のアイドルに目を移す。


「ひ、ひどい。あ・た・し、そんなこと思うわけないのに……」


 大きく見開かれた涙目で絶句している。

 二歩程度後退りして、みんなに顔を見せているところが、やはり演技だ!


 あーあ、また無駄に演技してやがる。

 しかし、外野が野次ってくるし、ここはひとまず穏便にいこう。


「あっ、先輩ってばやだなー! もちろん冗談ですってば! なあ、田中っ!」


 ジロリと田中星人を見るが、俺の目が座わり、額がピクピクしているのを見るや、慌てて合わせてくれた。

 俺を怒らせると怖いのは田中は身をもって知ってるから変わり身は早かった。


「そうそう、夢乃ねぇにこんなんやったら、どうなるかって話してたんだよな!」


「ええっ、人が悪いなぁ。もう! 私でも怒ることもあるんだからねっ!」


 こう言い放って、ツンデレよろしく軽くウィンクをするところが俺にはいけすかない。


 ところで、田中ってば、『夢乃ねぇ』とか呼んでたな。


「田中星人、お前ら知り合いか?」


「ああっ、夢乃ねぇは従姉妹なんだ。学内では秘密にしてたけどな」


「なぜ?」


「いや、普通に面倒いからな!」


 ……そうか、田中も面倒だと思っていたわけか?

 いや、そういうことなら、もうなにもいうまい。


「それで、ここに来てくれる?」


 ピンク色というより桜色があうだろ、封筒を渡された。

 封筒の後ろを見るが、校章のようなシールが貼られている。


 ……なんか、ヤバめだな。


「あっ、先輩、俺は今日は無理でした。たしか担任から呼び出されてたんで」


「あっ、それは大丈夫だよ。先生とは話は付いていますし、五限目も遅れるかも知れないことは伝えています」


「いや、いくら先輩が生徒会の副会長とはいえ、信じられないです」


「いや。嘘ではないし、あと誠治もね」


 九重先輩の声には張りがあり、冗談ではないみたいに聞こえるが、また演技なのだろうか?


「えっ、はい」


 気の抜けた返事をする田中星人。

 こんな奴の姿も珍しい。


 ポンっと肩を叩いて、二ヘラっと微笑む先輩、一言変なことを言って、取り巻きを率いて帰って行った。


「なあ、田中、この封筒は家で開けろって、なぜ?」


「あっ、昼メシを食べる場所は俺が知ってるし、先生の話も大丈夫だと思う。だから、その封筒は家で開けた方がいいと思う」


 珍しく田中から俺に進言してきた。

 俺が不機嫌な時には話さない田中が、あえて俺に言うとは、意味があるということか。


「そうか」


「んっ」


 言葉少なでもいい。

 これが本当のことだと信じるには十分だ。


 田中の肩をポンと叩き、俺達は席に着いた。

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