雪を溶く熱

ヘイ

第1話

 秋人と美冬は仲良しだった。

 同じ年代の子はこんな田舎では珍しくて、必然的に一緒に遊ぶことになったのだ。

 十年前のある日、美冬は死んだ。

 事故だった。冬の視界の悪い日に速度超過で突っ込んできたトラックに跳ねられたそうだ。

 知らせを聞いた日、秋人は実感がわかずに、寝て、目を覚ませば会うことができるのだと、無邪気に思っていた。

 そして、彼女のいるいつも通りに戻るのだと。

 けれど、寝て起きてをどれだけ繰り返しても、彼女が死んでしまった夢は覚めない。

「久しぶり」

 今も、その夢は覚めてくれない。

「もう十年経った……。俺はもう十八歳。今年から大学生なんだ。美冬もさ、本当だったら……」

 彼女の満面の笑みの写真の前で秋人はそう告げた。

「……ごめん、もう行くよ」

 笑顔の写真は動かない。

「あれ、もう行くのかい?」

 ちょうど彼が立ち上がろうとすると、一人の女性が入ってきた。

 写真に写る美冬にそっくりな女性。美冬の母だ。

「もう少し居てもいいんだよ……」

 悲しげな表情を浮かべながら、秋人にそういうが、彼は首を横に振った。

「すみません。荷造りもあるので」

 彼は申し訳なく感じながらも、そう断った。

 あのまま美冬の家に居ることが、秋人は苦しく感じていた。だから、最後に夢から醒めようという思いで、最後にお別れをしに来たのだ。

「さよならーー」

 秋人は最後に美冬の写真を見て、別れの言葉を述べて、彼女の住んでいた家を後にした。

「美冬」

 秋人が家から出ると、そこは一面の銀世界だった。冬のために日が暮れるのも早い。

「ーー寒っ」

 秋人は凍える手を着ていたコートのポケットに突っ込んで自宅までの道を歩いていく。

 しんしんと降る雪の中、どこか切なげな背中が暗い雪道をのそのそと進む。

 

 

 

 翌朝、秋人は高速バスの出る駅前まで親の車で送られていく。

 そんな彼の乗り込んだ車を見送る一つの影があった。

 涙を流して彼女はそれでも、祝福するかのように微笑んで、最後に雪のように溶けるように消えた。

 

 ーーさよなら、秋人。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱 ヘイ @Hei767

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ