最終話 人間はね、本当は空を飛べるのだぁー

 美術展の作品は、雷の日のまま完成ということにした。写真を撮って、エントリーした。

 ピアノのコンクール地区大会の予選。

 わたしは空を連れて美月の応援に出かけた。美月が自信満々で全国大会まで行くと言っていた通り、地区大会の予選を通過した。

 次は地区大会の本選。

 十月の下旬、これも通過して全国大会出場を決めた。

 続いて、わたしの美術展の作品が一次審査を通過した。入選という。


 空と私は、駅前のドーナツ屋で勉強、美月は駅から電車に乗ってピアノのレッスンにでかける。それで、一緒に駅に向かって歩いている。

 十一月にはいると、町では気の早い店がクリスマス仕様になる。

「もうクリスマスかよ。気がはえーな」

「わたしたち受験生には、クリスマスも年末年始もないのだ」

「茜にはだろ」

「わたしにないものが、空にあるとでも思ってるの?」

「げっ、道づれかよ」

「わたしは十二月の頭の全国大会が終われば、なにもないけどね」

「すごいなー。美月は全国大会だよ。かっこいいなー。優勝したら空の上の人だよ」

「おれの上にするな、邪魔くさい。それをいうなら、雲の上だろ」

「そうだっけ」

「三浦のはるか上ではあるけどな。三浦の実績はなんだっけ」

「地区予選敗退」

「実績っていうか?汚点?」

「くっ」

 空はいいかえすネタをもたない。もてるものともたざるもの。格差社会だ。

「空は勉強だってできるし、サッカーはチームの中心選手なんだから」

「いや、高校はレベルが違うからわからないよ」

「空らしくもない。弱気になるな」

「あーあ、くっそー。空は晴れてこんなに広いのに。こっちの空はどんよりどよどよだ」

「美月、ねえ」

 互いに目を見合わせる。美月はやれやれという顔をしている。

 空の脇に二人して腕を通す。

「人間はね、本当は空を飛べるのだぁー」

 せーので息を合わせて地面を蹴る。三人でふわっと浮き上がった。

「うわぁっ」

 空が悲鳴をあげるなんて面白い。

「ちょっ、おい。離せ」

 心地よい風が吹いている。二人して勢いよく飛び上がったから、もうそれなりに高い。

「空、落ちたらケガするよ」

 空が下を見る。

 つられてわたしも下を見る。あれ?オカルト研の有紀だ。口をあんぐりあけてこっちを見ている。なかなかいい勘してるんじゃない?こんなところ目撃しちゃうなんて。わたしは有紀から離れた地面を指さして大声を張り上げる。

「有紀、逃げて!アメリカのエージェントがっ」

 有紀はわれに返ってあたりを見回すと、わたしの言葉に従って駆け出した。なにか荷物を大事そうに抱えている。有紀には悪いけど、おかしかった。


「空、どう?気分は。晴れになった?」

「赤城が一緒じゃなければ晴れ晴れだったろうにな」

 ふたりで睨みあいをはじめる。

「赤城だけ手を離してくれ。また茜の腰につかまるから」

「断る」

「だいたい、なんでまた浮いてるんだ、二人とも。コンビニ強盗捕まえたあと浮かなくなっただろ」

「宙に浮いちゃう病はね、病気じゃなかったみたい。本当は、人間は誰でも宙に浮いちゃうものなんだよ」

「そんなわけあるかー」

 自分でいっておいて、自分の言葉にすごいことを発見してしまった。

「ねえ、空」

「なんだ?わっ、こら。離すな。あぶない」

 空の脇から腕を抜いた。

「空も自分で飛んでみなよ」

「飛ばない。人間は空飛ばない。すくなくとも男は空飛ばないから」

 空は宿敵美月の首に正面から抱きついている。なんだか妬ける。

「でも、ほら。前に外飛んだことあったじゃない」

「ああ、風船とったときな」

「おかしいと思わなかった?五十キロ以上ある空を腰にぶら下げて宙に浮いていたなんて」

 そうなのだ。あのときはすっごい不思議だった。

「それまで六キロのウエイトで地面を歩けてたのに」

「そんなのは知らないよ。神様の都合だろ」

「あのとき、実は空も宙を浮いてたんだよ」

「そんなのは信じない」

「ほかに考えようがないよ。だから、今だってきっと空も飛んでるんだよ」

「飛べないし、もし飛べたとしてもおれは飛ばない」

「強情だなー」

「飛べる方がおかしいんだって。自分でヘンだって思わないのかよ。せっかく宙に浮かなくなったのに」

「乙女に悩み事は尽きないの。だからいつだって宙に浮いちゃう病は再発するってことなんだよ」

 空も悩み事があったのだろうか。わたしの腰にぶらさがったとたんに?もしかして、空は高いところが苦手なのかもしれない。それでストレスを感じて宙に浮いちゃう病になったのかな。そういえば、あのときやけに口数が多かった気がする。話しつづけることで気をまぎらわせていたのかもしれない。

 空はもうとりあってくれない。しかたない、また脇に手を入れて美月と三人で飛ぶことにした。空はため息をひとつついた。

 おお、かなり高いところまできちゃったよ。二度目だから、高さに少し慣れたみたい。下を見てもすこしは余裕がある。

「お前ら。地上に降りる方法は用意してあるんだろうな。それに、赤城はピアノのレッスンあるんだろ。いいのかよ」

「茜の方が大事」

 うう、それはそれで、意味深なところがイヤ。

「なんとかなるんじゃない?まえもほら、時間がたったら大丈夫そうになったじゃない」

「もしかしたら、あのとき地上におりたから重さがもどったのかもしれないじゃないか」

「えー、時間がたてばもどるんだねって空も納得してたのに」

「そうかもしれないって思ったんだ。でも、違うかもしれないとも思うってことだ。それに、もし今おれが宙に浮いてるんだとしたら、おれの浮いちゃう病が治らないとずっと上昇をつづけるってことじゃないのか?」

 なるほど。それって、無理ってことだ。

「もう。いまさらそんなこといっても、おっそいよ。あ、松本先生。また松本先生に助けてもらお?」

「そんな毎回都合よく田んぼでドローン遊びなんてしてるかわからないぞ。あれ?あそこに浮いてるの加賀じゃないか?」

「本当。遥だ」

 遥が興味深そうに自分の体をあちこち点検しながら宙に浮いていた。遥にも悩みごとができたのかもしれない。月曜日に聞いてあげよう。わたしは遥じゃないから、こちらからは聞かないなんて大人な対応はできない。わたしはわたしらしく、ズバッと聞いてやるのだ。遥、なにがあったの?って。

「遥ー。やっぱり中三の女子は全員宙に浮けるっていったでしょー?」

「本当かもしれないな」

 遥は移動してないみたい。同じところにとどまっている。わたしたちはまだ上昇している。

「松本先生に電話して助けてもらおうと思うんだけど、遥はー?」

「必要になったら自分でかけてみる。なぜ松本なんだ?」

「前に一度助けてもらったんだー」

「ふーん」

「じゃあ、またねー、遥ー」

 遥はちょいと手をあげて応えてくれた。

「じゃあ、松本先生にちょっとかけてみるから、美月よろしく」

 わたしはふたたび空の脇から腕を抜いてしまう。わーっと大きな悲鳴をあげて空は美月に抱きついた。美月は空をはがそうとしている。

 本当に空が飛べないと危ないからやめてあげて。

 トートバッグからケータイを取り出して、松本先生のケータイにかける。先生のデータはアドレス帳の呼び出しやすいところに登録したままだ。

「先生、助けてください」

『プライベートを満喫中だ』

 ブツっといって通話を切られた。生徒が助けてくれと言っているのに一方的に通話を切るなんて、ヒドイ教師だ。もう一度。

「また、空高くに浮いちゃって、困ってるんです」

『どうせそのうちさがってくるんじゃないか?』

「今回は美月も一緒です」

『メンドクサイ。お助けチケットは使ったはずだぞ』

 ちっ、覚えてた。

「先生がサバゲーが趣味で、道具を車に積んで学校にももってきていることを黙っていてもいいですけど」

『おれは脅しには屈しない。曽根が凍死してしまえば秘密は守られるしな』

「じゃ、いまからラインでみんなに流します」

『待て、いまなんて言った?空高くに浮いてるといったか?』

「けっこうまえにいいましたね」

『それは大変じゃないか。いまどのあたりだ』

「助けてくれる気になったんですね」

『あたりまえじゃないか、生徒が困っているときは最優先で助けるのが教師ってもんだ』

「へー」

『じゃあ、すぐに家を出るから、田んぼに着いたら電話する。それまで電話落とすなよ?あと、自分が飛んでる場所もな』

「はーい、なるはやでお願いしまーす」

 また通話が切れた。ケータイをトートバッグに戻す。

 で、ここどこ?ま、いっか。位置情報付きメールを送ればわかるんじゃないかな。

「茜。そんなやる気なさそうで大丈夫なのか?松本は助けてくれるって?」

「うん、すぐに家を出るって言ってた」

「大丈夫なのか?まだ上昇してるぞ。家にいたってことは、松本今日はドローンで遊んでなかったんだな」

「風があるからかな」

「それより、三浦。顔近いから、もっと離れろ」

「わ、危ない。突き放すな。いま茜のほうに移るから」

 空は美月の首にしがみついている。ホント、空も宙に浮けばいいのに。

「茜、茜、はやく手だせ」

 空がわたしにつかまりたがって手を伸ばしている。相手が美月でも空がほかの女に抱きついているのを見るのは気分がよくない。脇に肩をいれて、腰に手をまわす。

「赤城はもういいから、手を離してくれ」

「そんなわけにいくか。茜に抱きつこうというんだろ。嫌々だけど、わたしも手を貸してやる」

 美月は空を離さない。腕をつかんでいる。空は美月から離れようとする。

「あっ。胸をもむな」

「人聞きの悪い、お前が手を離さないから、ヒジがぶつかっただけだ」

「美月の胸もむなんて、女なら誰でもいいの?」

「もんでないって」

「いや、さっきのはわざとだった」

「わたしの胸より美月の胸の方がいいってこと?」

「ちがうっていってんだろ。って、手を離すな。危ない危ない」

 空はまた美月に抱きついた。

 もー。なんなの、男子って!かといって女子もヤダ!

 わたしたちは、こんな風に争いながら、どこまで流されてゆくのだろう。でも、人間はどこまででも飛んでゆけるし、どこででも仲間と力を合わせれば頑張ってゆける。

 あ、どうしよう、パスポートもってこなかった。外国まで飛んでったらどうなっちゃうんだろう。警察に捕まっちゃうのかな。

 どうにかなるか。

 空と美月がいるし。

 どっちか英語できるかな。

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空遠く 九乃カナ @kyuno-kana

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