第37話 中三の女子は全員宙に浮けるんじゃないかって思うんだけど

 男とか、女とか、悩みのタネになりやすい。わたしの作品にも取り入れる予定だ。キャンバスに描くのは、男であり、女であり、男と女がまざった人である。わたしたちの年代の子供みたいな、大人みたいな、男と女がまだ完全に分かれていないような姿をひとつのキャンバスに描くのだ。キュービズムからヒントを得た。つもり。

「うちのお父さんなんて、クマのぬいぐるみに悩みを聞いてもらってるんだよ?それでもけっこう効果があるって言ってた」

「茜のうち大丈夫なのか心配になるな。お父さんの話聞いてやったらどうなんだ」

「えー、ヤダ。お父さんの話さ、くどいんだよね。こっちがうんざりしててもおかまいなしだし」

「茜のお父さんが哀れだ」

 午後は人物の絵をどう配置するかいろいろ考えて終わってしまった。

 すぐに八月だ。九月もすぐに終わってしまうだろう。できるだけ早く本番に取りかかりたい。空は夏休みもサッカー部の練習にお邪魔するといっていた。いつでも協力を頼めるはずだ。

「終わったかー」

 美術室のドアが勢い良く開いて、空が顔を出した。

「サッカー部は終わったの?」

「朝から練習してたから、バテバテで解散になった」

「そっか。熱中症とかで死人を出さないでね」

「お?差入れか?」

「そんな予定はない」

「ちぇー。でも、また手伝わせるんだろ?」

「四回も五回も差入れしたでしょ?あと二三回協力していいくらいのはず」

「ははー。感謝しておりまするー」

「誰それ」

「うん。だれか侍。えらくないやつな」

「あっそ」


 学校を出て、遥と三人ならんで歩く。

「赤城はどうしてる?」

 遥が余計なことを話題にする。空がピクンと反応する。

「美月は今日からピアノのお稽古。音大の先生だかが教えてくれるっていうのに通うんだって」

「すごい本格的だな。いまのうちにサインもらっとくか?」

「また売るとかいいだすんでしょう」

「売らなかったら価値がないじゃないか。コンビニの棚の商品だって、売らなかったらただの在庫で、邪魔なだけだ」

 遥は商人になった方がいい気がする。ということは、画商かな。

「遥の商才は画商になったら役に立つね、きっと」

「そう、最近は自分でもそのことに気づいたんだ。だから、積極的に仕入れて売っていきたい」

 どこまで本気なのかわからない。簡単に信用して話に乗るとずっこける結果になる。さっきも学習したばかりだ。

「実はね、遥」

「なんだね、茜さんや」

「美月も宙に浮いちゃう病になってたんだって。もう治ったけど」

「それは驚きだな。わたしのまわりにスットボケタ体質の人間がふたりもいたなんて。こうなるとわたしも宙に浮かないといけないような気になる」

「そうだよ。本当は遥も宙に浮いちゃう病だよ」

「感染性なのか?」

「知らないけど」

「テレビで取り上げられたら、わたしもって人間が大勢出てくるんじゃないか」

「うん。そう思う。中三の女子はみんな宙に浮くものなんだよ」

「そんなわけないけどね」

 やっぱりずっこける。

「ちょっとジャンプしてみて、荷物もつからさ」

「メンドクサイ。つきあってられない。きっともう治ったんだ」

「そっか。わたし宙に浮けなくなっちゃったって言ったでしょ?宙に浮くようになったタイミングと、浮かなくなっちゃったタイミングが、美月とわたし同じだったんだよ」

「ほー。それは興味深い。なにか心当たりがあるのか」

「なんの?」

「宙に浮くようになったのと、それが治ったのの心当たり」

「ホームズ遥だ」

「思い出した。三浦コナンはどうなったんだ?」

「遥、わたしは美術展の作品に取りかかってるんだよ?そんな暇はないよ」

「嘘をつけ。暇をもてあましているじゃないか」

「ちょっと待て。三浦コナンってなんだ」

「空は黙ってて」

「ひどい」

「考えてるんだよ、わたしは。考えるっていう作業がわたしにとっては一番大事で、それが終わっちゃえば、作品はできたようなものなの」

「じゃあ、考えながら手は三浦コナンを描けばいいじゃないか」

「なるほど。そうしようか」

「うん、そうしよう」

「なんの話だー」

 空がかわいそうな気もするけど、いいのだ。女の子同士の会話なのだから。

「話はもどって、心当たりかー」

 この話をするのはどうなんだろうか。遥には思ったことを話した方がいいかな。

「美月とね、志望校のことで言い争いしちゃったんだ。次の日に起きたら宙に浮くようになってて。学校で美月が話してくれなくなって、放課後にひどくなった。

 美月と同じ高校の普通科を志望することにして仲直りしたら、次の日には治ってた」

「ふーん。精神的なものなのかね」

「あまり納得してないね。まえ遥がいってた通りかもしれないのに」

「うーん、納得のしようがないじゃないか。人が宙に浮くなんてことは」

「そっかー」

「すると、中三の女子は、将来とか、異性とかの悩みを抱えがちだから宙に浮いちゃう病にかかりやすいということか」

「うん、きっとそうだよ。ということは、遥には無縁だったね」

「なぜ?」

「悩みなんてないでしょ?」

「たしかに。でも、赤城も似合わないと思うけど」

「そうだね。美月って強いから。宙に浮いてる場面って想像すると笑っちゃうね。不機嫌そうに腕組して、なぜ浮くんだみたいな」

「ぷっ」

「人のことを勝手に妄想して笑うな」

「おわあっ」

「あ、赤城」

 後ろから美月が、わたしの耳元に声をかけてきたのだ。

「いつの間に。ピアノの帰り?」

「そうだよ。車で通りかかって、姿が見えたからおろしてもらった」

「美月が宙に浮いてるときって、どんな感じだったの?取り乱した?」

「忘れた」

「けちー。美月、遥ね、中三の女子なのに宙に浮けないんだって」

「ふっ、あたりまえだよ。わたしたちくらいなものだ、非科学的な体質になってしまったなんていう人間は」

 わたしたちってところを強調して言ってほしくないんだけど。

「そうかなー。中三の女子は全員宙に浮けるんじゃないかって思うんだけど」

「そんなこといったら、空を見上げたらあちこちに女子がただよってることになる」

「ううん。ちゃんとみんなウエイトをつけてるんだよ。だから、家の中でしか浮かないの」

「じゃあ、わたしも浮けるようになるのを楽しみにしておく」

「うん、そしたら教えて。先輩としてアドバイスしてあげる」

「茜は、体重マイナス何キロくらいだった?」

「えー、わからないよ。たぶんマイナス三キロちょっと」

「気にならなかったの?」

「気にしたって体重計でマイナスなんて計れないからしょうがないよ」

「何いってんの。重りをつけてプラスにしておけば計れるでしょ?」

「どういうこと?」

「重りを計るでしょ?重りをつけて体重計るでしょ。結果から重りの値を引けばマイナス何キロかわかるってこと」

「なにそれ。すごい。美月かしこいね。わたし気づかなかったよ、そんな方法があるなんて」

「茜、大丈夫?入試、筆記試験受けるんでしょう?」

「う、うん。これからガンバる」

「加賀は?もう決めた?」

「なんとなくね」

「そうだ、遥もわたしたちと同じ高校にしなよ。美術科あるし」

「遠慮しておく」

「なんでよー。また三年間一緒に美術部できるよ?」

「高校で友達できるかもしれないじゃないか」

「中学でできなくても、高校でならできるかもね。美術科のひとなら話があうかもしれないし」

「気づかいというものを知らないな。茜と付き合っていると自分が傷つけられる」

「あ、ごめーん。だって、自分で友達いないってよくいうからー」

「茜の言うことは気にしないことにしているから大丈夫」

「遥だってー。そうだ、みんな揃ってるからワッフル食べて帰ろ?」

「いまからだと、逆に戻らないといけないじゃないか」

「いいじゃん、少しくらい」

「もっと早く言ってもらいたかったな」

「じゃあ、行くんだ」

「いいよ」

「美月は?」

「うん、行く」

「よーし、レッツゴー」

「おれには聞かないのか?」

「聞かなーい。空はついてくればいいの」

「頼もしいことで」

 あ、でも、美月と遥を一緒にするのはまずかったかも。もう手遅れか。

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