第32話 わたしは、空の頭を胸に抱いた。空は黄色くなった顔で悲しそうにした。
「茜、もう全部話すしかないみたいね」
ラスボス感をただよわせて、とうとう美月がシャベった。
いや、ずっと無言でいたわけではない。空と話すのを聞いてはいた。でも、わたしに向かって話すのなんて、美術科に行けっていわれて嫌だっていったとき以来だ。
美月は立ち上がって、空に抱きついているわたしを見下ろす。
「わたしは、茜のことが好きだ」
それって、やっぱりそういう意味だよね。なんていう強烈な告白。もうキスされた後だから衝撃は小さいけど。遥がいたら大喜びしそうだ。
それで空と敵対ってことは、空は美月の気持ちを知っていたってこと?
空に視線を送ると、やれやれといっている風に首をふった。知っていたってことだ。
「それって、男女で愛し合うっていうのと同じ意味の」
美月がうなづく。なんだか堂々としている。
「わたしは、茜と高校でわかれわかれになりたくない。同じ高校に行きたい。それで、この高校に一緒に行こうって誘うつもりだった」
美月は自分のカバンからパンフレットを取り出した。空が自動小銃をわたしの肩にかける。ほとんど釣りあうくらいだけど、足を床につけて自分で立てるようになった。おっと、靴をはいたままだった。靴を脱いで、パンフレットを引き取る。
ふむふむ。ああ、音楽科と、美術科と、たしかにある。
「なんでこれで美月が怒らなくちゃいけないの?」
「だって、わたしは同じ高校に行きたいのに、茜が美術科に行かないっていうから」
「そう、わたしは普通科に進学する。もしかしたら、大学も芸大とかに行かないかもしれない」
「それで、帰って、一夜明けたら、体が浮くようになっちゃって」
ん?
「うそ。美月もわたしみたいに?」
「うん。さっき茜が浮いてるの見るまで、茜も同じことになってるなんて知らなかったけど。
それで、腕の感覚がかわっちゃって。ピアノが思うように弾けなくなって。茜と一緒の高校で音楽科と美術科に通うんだと思ってたのに。茜にひどいこといっちゃったのに。自分がピアノ弾けなくなって、このままじゃ音楽科なんていけないし」
「それで、わたしと話さなくなったの?」
「茜に悪くって」
「ピアノは、毎日放課後弾いてたの?」
「そう。でも、まだ前みたいには弾けないけど。茜を待ってるときはここでピアノ弾いてた。一緒に帰らなくなっても、茜が帰る時間まで弾いてこっそり茜の後ろをついて帰ったり」
「うう、そうなの?気づかなかった」
あとをつけられていたかと思うと、ちょっと気持ち悪い。自分の肩を抱く。
「それで、今日もピアノ弾いてたら、コンビニ強盗がやってきたってわけか」
「そう」
「でも、無理やりキスしたのは許さない」
「ごめんなさい。なんか、勢いで」
「どんな勢いじゃー」
となりに立っていた空の首に腕をまわして引き寄せる。
「美月もきて」
美月もラスボスのままやってくる。同じように首に、パンフレットをもった手をまわして引き寄せる。
「じゃあ、これで手打ちってことで」
二人をさらに引き寄せて、空と美月とわたしの三人で顔をくっつけてキスした。
「んーんー」
「ぷはぁ。いやー、今日はなんて日なんだろうね」
わたしは二人を開放した。
「おれと赤城は関係ないだろ」
「なんで。女の子ふたりとキスできて光栄でしょう?わたしは女の子同士をガマンしてキスしたんだから、空と美月だって、敵同士をガマンしてキスしなきゃダメ」
ふたりとも情けない顔になった。美月が表情を崩すなんて珍しい。
「わたしは、親友として美月が大好きだよ。でも、恋愛じゃない。いい?」
「友達のはずがいつの間にかってこともある」
めげてない。男女でならあるのかもしれないけど。美月が納得してるなら仕方ないか。
「それで、パンフレットよく見て。美術科のさらに下」
「募集要項な」
空がこまかいことをいっても無視する。
わたしが突き出したパンフレットを、空と美月が片側づつもってのぞきこむ。
「わたしは、第一希望をその高校の普通科にします」
高らかに宣言。
「普通科、あったのか」
空が裏側をのぞく。パンフレットの表紙側。
「じゃあ、おれも」
「なんで三浦まで」
美月が空を見つめる。いや、睨む。
「だって、地区大会予選敗退チームのメンバーが推薦なんて無理だろ?普通科に一般入試ではいるなら、茜と同じ高校がいいじゃないか」
「そうなの?サッカー強いところじゃなくていいの?」
「実は、そこ強豪校なんだ。レギュラーになれるかわからない」
「へー。そうなんだね。じゃあ、空、勉強教えてよ」
「おう、まかせておけ」
美月が刺すような目つきで睨んでくる。だって、空の方が勉強できるんだもん。
「よし、これで解決だね」
「こっちも、校長が警察を呼んで犯人を引き渡すことになった。生徒も解散。万事解決だ」
まだいたのか、忘れていた。教師のくせに、わたしのピンチに廊下でケータイかけて話し込んでいたとは。そのあとの部分は見られてなくてよかったけど。
「先生、その前に犯人の顔見ておこうよ」
「そうだな」
床に転がされている犯人のヘルメットをとっぱらう。顔を見る。なんか見覚えがある気がする。
「空、なんか見覚えない?この顔」
「そうか?親戚じゃないだろ?」
「ちがうよー。親戚の顔くらいわかるもん。美月は?」
「知らん」
「そっかー。ヘンだなー。コンビニのときはヘルメットつけてて顔見てないしなー」
もやもやするけど、あきらめて帰ることにした。おっと、そのまま帰れるわけじゃなかった。
迷彩服姿をほかの人に見せるわけにいかないし、ウエイトも置きっぱなしだ。わたしは自動小銃を肩にかけて窓から校舎裏におりることにした。重たいロケットランチャーは念のため、先生が予備として用意したロープで吊って降ろしてもらった。
先生の車で制服に着替えて、役立たずだったロケットランチャーをバラして段ボールにしまい、自動小銃も返した。これら全部が松本先生のものだとわかったから、迷彩服も洗濯の必要は感じなかった。適当にたたんでもどしておいた。
職員室で先生落としものーといったら、松本先生は校長と一緒になって応接セットで警察に謝っているところだった。救いの神があらわれたような顔して、松本先生が駆け寄ってくる。
「なに、落とし物か?どこにあった」
「玄関をでたコンクリートのところに。美術部の作品の試作してて見つけました」
ちょっとわざとらしく棒読みでいう。松本先生が困ればいいのに。
「そっか、あれ?カギじゃないか。これなんか車のカギみたいだな」
先生もわざとらしく演技をはじめた。服のポケットをあさるフリをする。
「ああ、これはおれのカギだ。これがないと車にも乗れず、家にもはいれないところだった。助かったよ、ありがとうな、曽根」
体で隠して、わたしにしっしっと合図を送ってくる。
「そうそう、ロケットランチャーって、なんの役にも立たないんですねー」
格好だけで発射できない、役立たずのロケットランチャー。文句のひとつもいいたくなるというものだ。
「そうだ、そんなものは問題の解決には役に立たないぞ。平和的に話し合いが一番だ。よし、気をつけて帰れよ」
わたしの肩をつかんで回れ右させる。そのまま職員室から押し出されてしまった。
いーっだ。
美術室には、空と美月のほかに、遥もいた。そういえば、遥どこにいたんだろ。
「遥、どこにいたの?まさか、ずっと美術室?」
「事件を見物してたら校庭に行けっていわれて、炎天下ずっと校庭で待機させられてた」
「そう、それは災難だったね」
「あんたたち二人もそうとうな災難に遭ったみたいな格好してるけどね」
美月は制服に赤い絵の具が飛び散っている。わたしは、黄色い絵の具が派手に制服の胸のあたりを染めている。自分では見えないけど、落ちきらない絵の具が顔にまでこびりついているはずだ。空はいつのまにかジャージから制服に着替えている。
「あ、キャンバス。壁に貼ったまま回収してなかった」
空が咳払い。親指を立てて背後を指している。空のうしろの机に新聞紙が、キャンバスがガムテープで貼りついたまま載っていた。予備の水風船も一緒だ。
「空、よくやった」
わたしは、空の頭を胸に抱いた。
「んー、んー」
空がなにか叫んでいる。頭を解放する。
空は黄色くなった顔で悲しそうにした。
「天国と地獄を同時に味わったよ」
わたしの胸にこびりついた黄色の絵の具だった。一人だけ涼しい顔でいたからいい気味だ。
遥が美月のことを気にしている。
「赤城とは仲直りできたんだ」
「うっ」
話すとまた食いついてきて、百合好きな遥をよろこばせることになるに違いない。
「まあ、なんというか。そういうことかな」
「わたしたちは親友だよ?まだね」
まだねとか、言うな。美月のバカ。遥が食いついてくるじゃないか。わたしは美月と恋人になる気はまったくないんだから。
わたしはコメントの追加を拒否した。
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