第31話 空が、床に倒れこんでいる美月に手を貸す。まさにつり橋効果。危機を乗り越えたふたり。

「で、どうすればいいの?」

「えーと、どうしようか。茜は、窓から侵入かな。おれは廊下から。おれが注意を引き付けておくから、犯人の背後にまわりこめ。茜って呼んだら犯人を自動小銃で撃つ」

 わたしはダダダダダと、肩の高さに構えた自動小銃で犯人を撃つ真似をした。

「じゃあ、犯人に見つかるなよ。おれと犯人が話している声が聞こえてきてから窓に近づけ」

「イエッサー」

 敬礼する。

「ノリノリだな。心配になってきた。調子に乗って失敗するなよ」

「大丈夫だよー」

「作戦開始」

 敬礼した手を戻して校舎の裏手にまわる。駐車場があるのが、さっきみんなが集まっていた校舎の裏なのだ。

 あったあった。先生のミニとかいう車。トランクを開けたら、段ボールがキャンバスを買いに行った時のままはいっていた。まったく、いらんウソついて。

 ついでに迷彩服に着替える。ヘルメットもかぶる。飛び上がったとき窓枠に頭をぶつけるかもしれない。防弾チョッキはつけない。武器をもつから、その分ほかの装備は軽くしなくてはならない。


 準備を整えて、さっき犯人が姿を見せた窓のしたに陣取る。耳を澄ます。準備に時間をかけすぎたみたい。犯人が怒鳴る声が聞こえる。

 見物人はみんな校庭に連れていかれたみたいで、まわりに誰もいない。なんて都合がいいんだ。

 少し校舎から距離をとって、腰のウエイトをはずす。窓を見上げて狙いをつける。砂利敷きの地面を思いっきり蹴って飛び上がる。三階の音楽室の窓枠の上側を片手で押さえて、足を窓枠にかける。

「茜、遅えよ。着替えろなんて言ってねーだろ。ったく」

 犯人がこっちをむく。わたしはロケットランチャーを構える。発射。ん?発射しない。

「バカか。本当にロケットが飛ぶわけねー。自動小銃どうした」

「そうなの?見かけだけ?意味ないじゃない!もう!男子のすることって意味ないことばっかり!」

 ロケットランチャーは床に投げ捨てて自動小銃を構える。もう遅かった。

 犯人が美月を抱えてわたしに向かってくる。

 空は足元のボールを蹴る。

 犯人の後頭部、ヘルメットで跳ね返る。

 天井の照明にあたって、蛍光灯が粉々に爆発した。

「きゃっ」

 自分でも恥ずかしくなるくらいかわいい声だった。時代遅れの昔ながらの蛍光灯は、これで発光ダイオードに交換になるだろう。

 犯人はヘルメットをかぶってるから、意に介さず、美月を突き飛ばして、今度は空に襲いかかる。

 空は腰のあたりから何やら取り出して犯人に投げつけた。ヘルメットに当たって、赤いものが飛び散る。わたしの水風船だ。

 空はジャージを着ている。さっきまでティーシャツ姿だった。自分だって部室にでも行ってジャージの上着を着てたんじゃないか。ジャージのジッパーをあげると、背中に水風船をいれても裾のゴムがあるから落ちないのだ。

 犯人はヘルメットのバイザーに絵の具がべっとりついていて、視界を失っている。きっとなにがあったかわからなくて、バイザーをあげるとか、ぬぐったりとかいうことを思いつけないのだ。

 犯人は、まだナイフを握っている。

 空は、用意しておいたもうひとつのサッカーボールを足の裏で操る。片足でひょいひょいとボールごとバックで移動して、犯人のまえにポジションをとった。

 空がボールを蹴る。

 犯人の腹にめりこむ。

 ナイフが床に落ちる。

 わたしは自動小銃を空に向けてほうる。

 空は自動小銃を犯人の喉元につきつける。

「手をあげて膝をつけ。一生、声だせなくするぞ」

 犯人は空の言葉に従って。手をあげたまま床に膝をついた。

 なんというタイミング。あきれてしまうほどだ。松本先生が音楽室に突入してきて。犯人をロープで後ろ手に縛りあげた。ケータイを取り出して、どこへやらにかけ始める。すぐに廊下に消えてしまった。

「赤城、すまなかったな。とばっちりくわせちまって」

 空が、床に倒れこんでいる美月に手を貸す。

 美月は空を見上げる。

 見つめあうふたり。

 デジャブ。こんなシーンを見た気がする。

 まさにつり橋効果。危機を乗り越えたふたり。

 嫌だ。わたしは知ってる。

 見つめあうふたりは、このあと。

 あー、イヤー。

 ダメー。

 美月も空に向けて手を伸ばす。

 ああ、ダメだってー!

 わたしは、両手を伸ばす。ふたりを止めなくちゃ!

 窓枠を蹴る。蹴る。ん?足に手ごたえ、いやいや。わたしの足は窓枠を蹴ろうとして空振りしていた。

 時が止まる。

 いや、止まってない。

 わたしは、窓枠の上のところに頭をぶつけた。ヘルメットをかぶっているから痛くない。

 ありゃ。

 ウエイトを外して、ロケットランチャーに自動小銃まで手放していた。

 わたしは、窓枠の上の部分をつかんで、校舎の壁を背中にしてぶら下がった。ぶら下がったといっても上下が逆だけど。ブラあがったというと、ちょっと、べつの意味にとれるから困ったことになるし、普通は話が通じない。

 わたしの目の前には果てしなく空が広がっている。当り前だけど、下を見ても地面がない。

 前回外で宙に浮いちゃったときは、空を腰にぶらさげても上昇するほどだった。でも、放っておいてもしばらくすれば落ち着いて、地上に戻ってこられそうではあった。

 今は少し違う。ウエイトが足りていないだけで、急に軽くなったわけではない。この場合、少しすれば地上にもどれるということには、ならなそうだ。手を放したら、きっと成層圏で凍死して、熱圏といったかな?熱いところで焦げて、髪がチリチリになって、皮膚が裂けて中の肉がぎゃーってなるにちがいない。

 それにしても、つかまりづらい。三キロの重さを支えているだけなのに。もう限界って感じ。つかまりづらさに加えて、筋力が衰えているせいもあるだろう。

 助けを求めなければ。でも、声が出せない。両腕を上げてぶら下がった状態で声をだすのは、むづかしい。空と声を出しても、濁点がついたような音になってしまう。

 ああ、こんなことをしている間にも、空と美月が。

 空と美月が、キスーッ。

 舌までからめて、いやらしく。

 あー!

 腕をつかまれた。ぐいっとひっぱられる。そのまま床まで引き上げられる。

 いや、普通の感覚から言うと、床に倒れこむ。美月がわたしに抱きついている。美月のおかげでたすかった。

「美月ありがとう、たすかったよー」

 もう大丈夫。

 でも、なんで美月が?

 ともかく上体を起こし、ヘルメットをとって床に置く。開放感がある。

 空は、床につっ伏していた。

 肩をつかまれて美月に見つめられる。

 いつもの無言の視線。

 美月の顔が近づいて、

 わたしにキスする。

 美月がわたしにキスしている。

 わたしは唇を吸われている。

 美月の唇の感触が。

 どういうこと?

 美月の肩を突き放す。

 おっと。

 あわてて、美月の腕につかまる。また外に飛び出してはかなわない。

「なんてことするの!美月。女の子同士でキスなんて」

 こちらを見て床の上で固まっている空に飛びつく。そのまま押し倒して唇を奪う。

「お前もなにしてんだ!茜」

「口直し?」

「そんなもんがあるか!」

「だって、いま、美月が。美月が。キスしてきたんだよ?女の子同士なのに」

「そうだな。おれも男同士でキスするなんてことを想像すると、茜と同じことをしたくなるかもしれない」

「でしょう?」

 空に抱きついたまま、美月を見る。美月は床でシナをつくっている。わたしが突き飛ばしたからだ。

「どういうことなの?いま、空と美月が見つめあってて。わたしてっきり空と美月がキスしちゃうーって思って止めようとしたのに」

「なに言ってんだ?おれと赤城は敵対してんだぞ?見つめあったんじゃなくて、睨みあったんだ。そのあと引き倒されたけどな。助け起こしてやろうとしたのに。この、恩知らず」

「えー、そうなのー?なんで敵対するの。わたしの親友なのに」

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