第四章

 杜夫が近藤家の窓を破壊してから数日経過した月曜日、天宮響は登校を再開した。響は乱暴に教室のドアを開けると、ドタドタと足音を立てて着席した。騒々しく品のない足音は杜夫を憂鬱にさせた。彼女の席は杜夫の一つ前だった。

 無論、彼女の登校再開は平和な日常が終了したことを意味したが、クラスメイトたちはそこまで落胆していなかった。彼らは新たな"ゲーム"を発見していたからである。ゲームは五人の男子生徒の手によって実行された。

 最初に実行したのは「石頭」だった。石頭とはクラスメイトが付けたあだ名で、本名は水原である。彼は一年生のとき、サッカー部の練習中にクロスボールをヘディングで跳ね返そうとしたら、誤ってゴールキーパーの顔面に頭突きをしてしまった。

「おい一年! 先生呼んでこい」

「これやばいって、救急車も呼ばないと」

「水原、考えてヘディングしろよ」

「どんだけ頭硬いんだ、あいつ」

 結局、キーパーは病院に運ばれ、割れた頭を針で縫う羽目になった。この逸話は直ちに全校生徒に伝わり、週明けには水原の愛称は「石頭」となっていた。それからというものの、彼の硬い頭部はしばしば力比べに利用され、上級生たちはこぞって石頭を殴り、拳を鍛え上げた。

 月曜日の一時間目は社会である。社会科教師は教壇に上がると、大正デモクラシーから普通選挙法に至る経緯を一つ一つ黒板に書き始めた。無論、生徒たちは四十五分間ひたすら板書する授業に退屈していた。窓外の風景をぼんやり眺める者、自らが世界の救世主となる妄想に耽る者、同輩の悪口を綴った紙切れを回す者、多種多様な暇潰しがそこにはあった。

 石頭はというと、消しゴムを響にぶつけて遊んでいた。彼は授業が始まるや否や、消しゴムの角をちぎり、真っ白なゴムの塊を響に投げつけた。教師が板書している隙を狙って、石頭は響の身体に消しゴムを当てられるか挑戦するゲームを始めたのである。得点は背中が十点、後頭部が五十点、顔面が百点で、教師に見つかったらマイナス百点だった。彼は投げる際、必ず新品の消しゴムを用いた。それも光り輝く純白な消しゴムを用いた。少しでも汚れがついたものは決して採用せず、真っ白な消しゴムのみを響に投げつけるのが、石頭の流儀だった。

 消しゴムが後頭部にぶつかると、響はぴくっと背筋を痙攣させた。長く伸ばされた髪は、枝葉のように硬く、傷んでおり、彼女が周囲を見回すたびにぎしぎしと音を立てた。

「ウウッ......」響は小さく唸った。もう既に泣いているらしかった。

 石頭は彼女の反応を見て、声を殺して笑った。後頭部に当たったので得点は五十点である。石頭は消しゴムが当たらなくても笑った。クラスメイトたちも彼に便乗して笑っていたが、ゲームに参加しようとはしなかった。彼らはあくまでも観客であることに徹し、プレイヤーは響と石頭の二人だけだった。

 響は後方から前触れもなく真っ白な消しゴムぶつけられる理不尽を前に、ナーバスになった。次第に神経過敏となり、ぴくっと背筋を痙攣させて、きょろきょろと周囲を見回した。

 授業時間は残り五分を切り、最後の一投が迫っていた。石頭の持ち点は二五〇点である。三〇〇点の大台に乗せるには、彼女の後頭部を狙うしかなかった。

「ラスト、フォークでいくわ」

 石頭は小声でそう言うと、消しゴムの角をちぎり、人差し指と中指で真っ白なゴム塊を挟んで放り投げた。その瞬間、響は石頭の方を向いた。ダメージヘアが靡いて、ガサガサと音が鳴る。

「あ」石頭は思わず声を漏らした。

 フォークボールは、その握り方によってボールに掛かるバックスピンが、直球よりも減少するため、ニュートン式に考えれば放物線を描いて急激に落下するはずである。が、これはピッチャーからキャッチャーまでの距離十八.四四メートルでの話である。響と石頭の座席間距離約二メートルの世界では、距離が足りず、ゴム塊は急落下する前に響の顔面に命中するのであった。

「痛い、痛い」響は手で顔を覆うと、机に伏せて痛みを堪えていた。ゴム塊が彼女の目に激突したせいであった。石頭を含め観戦していた生徒たちは声を殺して笑った。

 結局、授業が終了時、石頭は二五〇点だった。顔面に命中で一〇〇点、合計は三五〇点だった。

「どうして......どうして......」

 授業後、響は机に伏せて少しだけ泣いた。

 次にゲームを仕掛けたのは「くるま」だった。くるまは水泳部で、本名は金田である。金田は小学生の頃、自動車を愛する少年だった。自動車愛が昂じて、彼は教頭のフォルクスワーゲンにキスをしたのである。

「金田が車にキスしてんぞ!」

 ファースト・キスの噂は風に乗って広まり、瞬く間に彼のあだ名は「くるま」となった。その日以来、くるまは車を愛することをやめ、スイミング・スクールに通うようになった。しかし、くるまというあだ名は廃れることなく、中学へ進級しても呼ばれ続けた。

 火曜日の二時間目は英語である。授業は和文英訳で、みな配布されたプリントにシャープペンシルを走らせていた。クラスメイトたちが使っているシャープペンシルは、中学生の間で流行の代物だった。先端は銀色、グリップより上部は金色で、替芯補充口の蓋から真珠のストラップが垂れている。きらびやかな本体もさることながら、付属のストラップが人気の要因だった。あるティーン雑誌の読者モデルがストラップを絶賛し、それを契機に流行は爆発して、三年二組ではこのペンを持っていない者は時代遅れだと見做されるようになった。みなクラスでのポジションを死守するために文房具屋に駆け込む始末だった。もっとも文房具屋には、流行に便乗した中国製の偽物が大量に流通しており、大抵の生徒は真贋の判定ができず偽物を購入していた。

 英語が苦手なくるまはきょろきょろと見まわして、周囲の進捗を偵察していた。すると、響の使用しているペンが自分たちのものと異なっていることに気が付いた。くるまは自分のペンを注意深く観察した。響のペンには金色の筆記体でブランド名が刻まれているのに対し、くるまのペンには白地のブロック体で記されていた。どちらが本物であるかは一目瞭然だった。それよりも、大半のクラスメイトが偽物に騙されている中、ただ一人、天宮響だけが本物を所有している状況にくるまは危機感を抱いた。

が使ってるシャーペン、何か変じゃね?」英語の時間が終わると、くるまは真っ先に友人たちに言った。無論、「ヒビ子」とは響のあだ名だった。

「確かにみんなと少し違うな。ちょっとおしゃれというか」

「おれテレビで見たんだけど、あれパチモンだぜ。中国製の」

「マジで。嘘じゃねーだろうな、くるま」

「マジマジ。調べれば分かるよ」

 彼らは響の席を取り囲み、強制調査を開始した。響は抵抗したが、すぐに無駄だと悟った。くるまはわざとらしくペンの表面を撫でまわしたり、目を凝らしたりして、調査をするポーズを取った後、彼女のペンが中国製の偽物だと主張した。

「やっぱり、チャイナだ。メイド・イン・チャイナだ!偽物はここが筆記体なんだよ。みんなのとは違うんだ」

「返して......返して......」

「ちょっと借りるだけだよ。ほら」

 くるまがペンを隣の友人に渡すと、そこからシャーペンの回覧が始まった。回覧は男子グループから始まり、女子グループで最高潮を迎えた。誰もくるまの判定を疑わず、雑誌と照合して検証することもしなかった。天宮響の持っているペンが本物で、私たちが偽物を掴ませている、そんなことがあるはずがない――という前提意識が無謬のものとして彼らにあったからである。響はその間ずっと机に伏せて、地獄が終わるのを待った。

 三番手は「アベ」である。アベは吹奏楽部で、偶然なことに本名は響と同じ「天宮」だった。天宮は垂れ目に丸縁眼鏡を掛けた、いかにも優等生といった容貌だった。入学当初は誰もが彼に一目置いていた。しかし、休み時間にぶつぶつと呪文を唱える、胸ポケットに五芒星や難解な感じを散りばめた護符を忍ばせる等の奇行が目立つようになると、クラスメイトは「陰陽師くん」と命名した。その後、「安倍晴明」と呼ばれるようになり、省略して「アベ」というあだ名に落ち着いた。

 ところで、H中学には机の横に体操着を常備しておく習慣がある。ある水曜日の五時間目、アベは自分が体操着を忘れていることに気がついた。体育教師は忘れ物にうるさく、当日の朝までに報告を済ませておかないと、罰として外周を走らせることになる。アベが周囲を見渡すと、響の机の横に彼女の体操着が掛けられているのを発見した。彼女はすでに四時間目の音楽で発作を起こし、保健室に連行されていた。授業開始まで残り五分。彼は罰走を回避するため、体操着の無断借用を決めた。些細な悪事ではあるものの、普段は真面目なアベにとっては大胆な行動だった。アベは響の体操着に手を触れた。意外にも清潔で、柔軟剤の良い匂いが彼の鼻腔を癒した。

 しかし残念なことに、この日の体育の時間は持久走であった。体操着の有無に関わらず、アベはどの道走る運命だった。三年二組の生徒は一五〇〇メートル走をさせられた。アベは走っている最中に、腹痛に襲われ、トイレへ駆け込んだ。そのタイムロスが仇となり、最下位でゴールする羽目になった。授業後、アベは体操着が汗にまみれていることに気づいた。持ち帰って洗濯をする訳にもいかなかったので、何事もなかったように響の机に掛けた。

 響は保健室から戻ってくると、体操着の異変に気が付いた。

「どうして......どうして......」

 彼女が体操着を机上に広げると、ぐっしょり濡れた衣服が現れた。アベの体液は衣服全体を湿らせ、中央に書かれた「天宮」の字を着実に滲ませていたのである。ツンと鼻を刺すような、雄特有の臭いも放っており、半径一メートル以内の生徒たちは全員、怪訝そうに彼女を睨んだ。

 響は生理的苦痛のあまり嘔吐した。まだ消化されていなかったその日の献立が、液化した状態で放たれた。クラスメイトたちは悲鳴を上げて助けを求めた。吐瀉物の酸っぱい臭いと体操着の異臭が教室の中で混ざり合い、全体に広がっていた。響は再び保健室へ送られることになった。

 四番目は「大友」であった。大友はパソコン部で、本名は高木だった。高木は一年生のときは丸坊主で頭の形状が瓢箪のようであることから、当初のあだ名は正岡子規だった。ある日、彼は下校中に優しい顔をした中年女性から新約聖書を受け取った。そこで創世記に出会い、虜になった。子規がアダムとイブの物語を読み耽っていると、クラスメイトは彼をキリシタンと呼び始めた。キリシタンの称号は瞬く間に広まった。やがてキリシタンはキリシタン大名へ派生し、「丸坊主の瓢箪頭も考慮すべき」との意見も踏まえて総合的に検討した結果、豊後のキリシタン大名、大友宗麟になった。もっとも「大友宗麟」では長すぎるので省略して「大友」と呼ばれている。

 H中学の給食では、献立にミカンが二つ出てくることが多々あった。三ヶ日の温暖な気候に育まれ、実が豊潤に詰まったミカンであったが、大友の口には合わなかった。三年二組では担任教師の方針で、給食の食べ残しはご法度であった。故に担任の叱責を回避するため、彼は机の中にミカンを隠し、その存在ごと忘却した。そうして生まれたのが、かつて果実であったと推定される、腐臭を帯びた、禍々しい青緑色の、二つの球体である。もっともゴミ箱に捨てれば済む話であったが、担任が覗き込んで発見する可能性がある以上、それは悪手だった。大友は一計を案じた。腐ったミカンを天宮響の机の中へ隠すことにした。

 木曜日の昼休み、大友は響の机を探ってみた。引き出しの中は教科書やノート、プリントの類いがごった煮がえしており、何か物を入れるスペースはなかった。痺れを切らしたくるまは、ミカンを無理矢理引き出しに詰め込んだ。そのとき、くるまはご丁寧にミカンの皮を剥いておくことを忘れなかった。

 昼休みが終了し、五時間目の授業が始まる。響は一人、机の引き出しに顔を突っ込んでいた。ミカンが挟まって、なかなか引き出せず、悪戦苦闘していた。一度整理してから引っ張るとか誰かに手伝ってもらうとか、他に考えられる策はいくらでもあったのに彼女は、ただぐいぐい引っ張っているだけだった。すると、圧迫されていたミカンが押し潰されて、果汁を勢いよく飛ばした。

「うぎゃっ!」

 響は叫び声を上げると、その場にうずくまった。果汁の飛沫が眼に入ってしまったようである。

「ヒビ子、倒れてんだけど」

「おい大友、いじめんなよ。かわいそうだろ」

「つーか、臭くない? 机も汚いし、最悪」

「大友、掃除しとけよな」

 教室は笑い声とクレームで騒々しくなったが、誰も手を差し伸べようとはしなかった。数分後、彼女は自力で立ち上がると、保健室へとぼとぼと歩いていった。入れ違いに五時間目を担当する理科教師が入室し、授業開始の号令が出された。

 最後は「カツオ」であった。磯野は野球部で、本名は土田だった。カツオの由来は少々不憫である。彼の二つ上の姉は非常に癖の強い天然パーマで、国民的漫画家、長谷川町子の代表作に因んで「磯野サザエ」と名付けられた。そして、弟である彼が入学すると野球部の先輩たちは自然と彼を「磯野カツオ」ーー例の如く、これでは長すぎるので「カツオ」と呼ぶようになった。彼の髪型が丸坊主であることを勘案しても、これは理不尽であった。

 金曜日の五時間目は数学である。カツオが演習問題に苦戦していると、斜め前方にいる天宮響が何か手悪戯をしているのが見えた。それは響がいつも筆箱に忍ばせている、貝殻のストラップだった。彼女は数学がてんで駄目なので、こうして巻貝の表面を撫でることよって、時間を凌ぐわけである。

 授業終了後、カツオは響の筆箱を漁って、ストラップを取り出した。困惑する彼女をよそに、カツオはひとしきり貝殻の感触を楽しむと、窓外の広葉樹に向かってそれを放り投げた。

「どうして......どうして......」響はか細い声で言った。

 ストラップは木の枝に引っかかっていた。中庭に立つその木には、カラスの群れが常駐しており、大量の糞を投下することから職員室で問題になっていた。

 響は中庭に下りて、広葉樹の側まで駆け寄った。足下には鳥の糞が散らばっていて、一面がモノクロの現代アートだった。彼女は貝殻のストラップが余程お気に入りだったらしく、取り戻すために幹にしがみついて登りだした。

「あいつ登っちゃってるよ」

「パンツ見えたんだけど」

「笑うわ」

 足を引っ掛けようとして樹皮をガリガリと削り、スカートは枝に引っかかって勢いよく破れる。木登りを見物に来た生徒たちは響の必死な様子を見て、げらげらと笑っていた。嘲笑が彼女を下へ下へ引きずり下ろす。響は負けじと幹をよじ登り、ストラップがぶら下がる枝まで近づいた。懸命にストラップへ腕を伸ばし、掴む。すると突然、枝がバキッと音を立てて折れた。響はバランスを崩して、枝の上から転落した。

「おい! ヒビ子が落ちたぞ」

「ヤバいでしょ」

「カツオ、これどうすんだよ」

「お前やりすぎ」

 群衆は彼女を取り囲んで口々に喚いた。しかし、喚くだけで誰一人として助けようと行動する者はいなかった。

「ウウッ......」

 そうこうするうちに響がよろよろと立ち上がった。掠り傷はあったが命に別状はなかった。ただ彼女が握りしめたはずの貝殻のストラップはどこにもなく、代わりに鳥の糞が彼女の手のひらにあった、半固形化した茶色い物体が純白の絨毯に乗っている。それは手のひらの現代アートだった。群衆は安堵したのも束の間、悲鳴を上げて散り散りになった。結局、一人残された響は、満身創痍のまま自力で保健室に向かった。

 竹田杜夫は一連の光景をただ傍観した。彼は決して天宮響と五人の男子によるゲームに参加しなかった。かといってそれを諫めることもしなかった。石頭が消しゴムをぶつけたとき、くるまが彼女のシャープペンシルを偽物だとレッテルを張ったとき、アベが体操着を借用してびしょ濡れにしたとき、大友が置いたミカンの汁が目に入ったとき、カツオが投げたストラップを取ろうとして木から落ちたとき。杜夫は一歩引いた位置から観戦するだけであった。残酷な衝動も彼女が虐げられている分には湧き起らなった。俯瞰的な視点、絶対的な中立という名の安全圏の中で、彼は観察者に徹するのみであった。

 ゲームはその後、繰り返し行われた。一番手の石頭に始まり五番手のカツオに至るまで、彼らは定められた順序に従って、律儀にゲームを実行した。響も定められた順序に従って、ゲームに参加させられた。変わったところがあるならば、ゲームの進行ペースだった。一周目は月火水木金と週休二日のペースだったが、二周目は三日間で行われた。月曜日に石頭とくるま、火曜日にアベと大友、水曜日にカツオである。三周目は木曜日に石頭とくるまとアベ、金曜日に大友とカツオ。ついに三周目は月曜日の一時間目から五時間目、わずか一日というハイペースで実行されたのである。響は周回数に比例して加速する進行ペースに疲弊していた。杜夫は彼女の痛々しい姿に目をそむけたくなったが、それは観察者の責務に反することだった。

 ゲームがちょうど三周した日の帰りの会のことだった。響は連日の疲労に耐えきれず早退していた。通常なら担任教諭が明日の予定を話して号令を掛けるところだったが、担任は何やら神妙な面持ちで教壇に上がった。

「このクラスで、いじめが起きているとの報告を受けた」

 クラスは騒然とした。クラスメイトたちは動揺を隠しきれず、相互に顔を見合わせた。

「知っている者がいたら正直に手を挙げて欲しい」

「先生!」間髪を入れず星哉が挙手した。「天宮さんが水原、金田、天宮、高木、土田の五人にいじめられているのを見ました」

「それは本当なのか」

「本当です」

「先生、わたしも見ました」

「わたしも」

「あたしも」

「名前が出た者、今すぐ立て!」

 担任が教卓をバンッと叩くと実行犯五人は恐る恐る起立した。そこから彼らに対する糾弾が始まった。担任は怒りを露わにし、学級委員長を始めとする女子生徒たちは続々と目撃証言を提供した。五人は顔を俯いたまま反論できず、アベと大友は泣き出す始末であった。裁判は苛烈さを極め、部活動の開始時刻を過ぎても終会する気配はなかった。すると、星哉が再び挙手した。

「先生、これは五人だけの問題ではなく三年二組全員の問題です。いじめが起こってしまったことについて、クラス全員が考える必要があります。なので、ここはひとまず僕たちだけで話し合わせてくれませんか。土日にみんなで集まって議論します。そこで出た意見をまとめて、来週先生に伝えます。それでいいですか?今日のところはみんな部活があるだろうし」

 星哉が朗々と意見を述べると、担任は感激の表情を浮かべた。

「みんな、星哉の今の言葉を聞いたか。これがリーダーシップだよ。これこそがH中学生としてあるべき姿だよ。星哉はみんなのために自分が何をできるか、考えて、行動できる人間だ。素晴らしい。星哉、先生は分かってた、三年二組はお前を中心にして回っている。バラバラになりかけていたクラスの心をまとめてくれ。この件は星哉に一任する。みんなで出した意見を紙にまとめて、来週提出してくれ。星哉の勇気に敬意を表して、全員拍手!」

 帰りの会は、拍手喝采のうちに終わった。早速、学級委員長とその取り巻きたちが星哉の席に集まり、集合場所と日程調整について話し始めた。彼はそれらに笑顔で応えていた。彼女たちは、その少年のような笑窪に惚れ惚れとした。対照的に、 石頭ほか四名は冷ややかな視線から逃げるように教室を去った。

 杜夫は天宮響の席を見つめた。そこは空席で教室の熱気とはかけ離れて、静寂を保っていた。杜夫はゆっくりと星哉に視線を移した。杜夫はその姿を目に焼き付けていた。クラスの信頼を一手に集める星哉の姿を。

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