仮想の君と、次はリアルで。
戌井てと
第1話
後方から迫る野犬。たった三匹だけど、このエリアで出くわす雑魚は相手にしたくない。一度でも咬まれれば全身に毒が――、しっかりと足跡が付くほど積もった雪に、じわじわと体力を減らされていく。ぶるっと寒気が走った、次第に刺すような冷たさが全身にまわる。アイテムの効果が切れた。あぁっもう! ちょっとでも隙が出来ればそれでいい。無我夢中で投げた閃光は綺麗に半円を描き、目も向けられないほど眩しく広がった。
その直後、弱々しい鳴き声が聴こえたかと思うと、三匹の野犬は倒れていた。冬を越すために進化したフワッとした毛皮、矢がかすった箇所から出ている血、それは、雪原へ染み渡っていく。矢が飛んできたってことはプレイヤーが近いって事だ。面倒なサブクエストを踏んでしまったからに、毒を持つ野犬に襲われた。アイテム目的の輩では無いよな、もしそうなら……本命の、俺を狙えばいい話。
雪のせいで見えづらい。耳を澄ませれば発動する、ステルスモードがあればな――…右手、手の甲に赤い予測線。ゆっくりと腕を這い、こめかみで止まる……。
危機感から握った剣を振った。そばに落ちた矢の先は、僅かに欠けている。
「お見事だったね~。見ないうちに腕上がったね?」
拍手のアクション。機械的だけど、やっぱ嬉しい。
「アキちゃんも、見ないうちにステルスモード上がったな」
「五段階のうち、四になりました! ふふっ」
ゲームキャラでの身長をリアルに置き換えた場合、アキちゃんは百五十センチくらい。美男子。なんで “アキちゃん”にしちゃったかなー、向こうはアキって呼び捨てで良いと言ってくれたのにな。
「みーくん。じゃない、みーさんだね。その腰の装備は、深海魚の捕獲クエスト」
目を細め、まじまじと見つめるアキちゃん。
「みーくんでいいだろ? なんで “さん付け” にしたんだよ」
「だって全体的に見たら、格好いい頼れるお姉さんって感じなんだもん! ガウチョっぽくて可愛い装備、いいなぁ~」
お互い、リアルは知らない。選ぶ装備品、戦い方で勝手に想像してるだけのオンラインで出会ったゲーム友達。なのに、なぜか心地良い。
「しばらくSNSやってないよな?」
「リアルが忙しくってね~。狩りすら出来てなかった。近いうちに引っ越しするんだ」
唯一の連絡手段、SNS。離れていても繋がれる、その時間、瞬間を共有できてる、一緒に居るような感覚。引っ越し、その一言が体の奥深くに沈んでいった。
「落ち着いたら、一緒に狩り行けるだろ?」
「そうだね。みーくんとは離れたくないよ」
アキちゃんの口元に力が加わる。創りモノのくせに、微細で豊かな表情が、情で包みたくなってくる。
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