第二章 借金を返さないといけないって酷くないですか!?

第一話 異世界でもバイトしないといけないって夢なさすぎじゃないですか!?

「とりあえず、お兄ちゃんには働いてもらう必要があります!」


 私は屋根裏部屋のベッドで寝転がりながら本を読んでいた兄を叩き起こす。

 目が死んだ鯛のようによどんでいるが、単に眠たいだけなのだと思う。


「ええ、マジかよ……面倒くせえなあ。あとででいいじゃん。もう少し異世界堪能したいじゃん」


 そう一言呟くと、兄はゴロンと私に背を向けて、再び本を読みだした。


「そういう言ってる場合じゃないから! こうしている間にも利息によって私たちの借金は刻一刻と増え続けてる! せめて今月利息を払えるぐらいには金を稼いでおかないと、大変なことになるの!」


 あのババアとの契約上利息が払えなかった瞬間にこの宿から追い出されることになっている。

 ここから追い出されたら、異世界に転生して早々にホームレス生活である。


 ホームレスになれば、トイレもなければシャワーも浴びられない。

 体臭は世の男性から避けられる理由になりえる。何が何でも彼氏を手に入れたい私にとって、最低限の衛生設備だけは死守しなければならなかったのである。


「お前とりあえず下でバイトしてんじゃん……足りねえの?」


「足りないに決まってるでしょ! ここの家賃と食費いくらだと思ってんの!? あとその本! それを買うために私の日当からくすねてるのは分かってるんだから!」


 私たちの借金を建て替えたババアはどうやら宿主であるらしく、一文無しになった私はやむを得ず一旦彼女のもとで働くことになた。あの口の悪さは健在で、ベッドのシーツを握る度にあのババアの首を絞めてやろうかと想像するが、ギリギリのところでとどまっていた。


 しかもあのババア、金勘定に関して一銭も妥協はなく、私が世界一美しい土下座を見せても借金も利息も減らしてくれることはなかった。それに加えて、ここの家賃と食費を追加で請求してくる始末だ。


 労働基準法も開ければ、消費者保護法もないこの異世界では搾り取れる人間には、搾り取れるだけ搾り取るのがセオリーらしい。

 だが、搾り取れるものがない幼気な若者に対しても容赦なく搾り取ろうとするあのババアには、いつか地獄に落ちてほしいと本気で願っている。


「で? 何すんの?」


「ふふっ……! よくぞ聞いてくださいました!」


 私は懐に準備しておいたチラシを取り出し、兄に渡す。

 そこには「お金に困っている人、大募集! 元敏腕社長が瞬く間にあなたのお金を増やします! 無料相談受付中!」と大文字で書かれており、自分でも中々インパクトのある広告に仕上げられたと思っている。


「これからお兄ちゃんにはお金に困った冒険者たちの経営アドバイザーになってもらいます! 一旦キャンペーン期間中ってことで、無料相談を受けようと思います。これ以上にナイスなアイデアはないと思うよ、お兄ちゃん!」


 まさかこれに目を惹かれない人がいるわけがない。

 前世の大手広告会社も真っ青な出来だ。


 兄は私のファビュラスでアーティスティックなチラシを手に取る。


「うわ……ダッサ……」


「ダサいっていうなし! これでも頑張ったんだから!!」


 全く、こうセンスを理解できない人には困る。

 兄のようなタイプの人間には、所詮ピカソの絵を落書き程度にしか理解できない人間なのだろう。


 感性が貧相というか、このチラシの芸術性の片鱗も感じ取れないとは。

 世界はこんなに沢山の色で溢れているのに、つまらない人間である。自分の兄に同情すら感じる。


「っていうか、俺たちのほうがお金に困ってるんだけど? 俺たちのほうが無料相談受ける側じゃね?」


「そ、そうかもしれないけどさ! 手っ取り早くお金を作らないといけないでしょ! お兄ちゃんってビジネスしかとりえないし。確かに顔もスタイルも良いけど、別に私好みじゃないし、売ってもしゃーないかなって」


「……もしかして、俺の体売ろうとしてた?」


 この異世界を散歩していると、奴隷もちょいちょい見かけたりするので、やろうと思えば多分兄は売れる。

 どれくらいの金額で売れるのか分からないので手を出していないが、最悪の自体が起きたときのカードとして、私の頭の片隅にはしっかり記録されている。


「でもさ、本当にいんの? 金に困ってる冒険者って? なんか、クエストとかで稼いでたりすんじゃねえの?」


「よくぞ聞いてくれた、お兄ちゃん……! そこなんだけど、結構いるらしいんだよね。やっぱり冒険者ってフリーターみたいなもので、仕事あるときは仕事あるんだけど、突然仕事が無くなったりした時が大変だったりするわけ」


「ふーん、なるほどね……冒険者はフリーター、ね。そりゃそうか」


 兄は合点がいったようだった。


 冒険者を専任でやっている人は多くなく、副業でチマチマやっている人が多いのだ。

 いつしか冒険者として名を挙げて冒険者だけで生計を立てていきたいと夢見る人も多いが、実際は上手くいかないのが実情である。

 どこかの時点で挫折し、結局最後まで粘った能力のある冒険者がプロの冒険者としてデビューすることになるらしい。


 あれ、整理してみるとなんか現代日本の漫画とかラノベ業界と実情が似ているような……。

 まあ、恐らく錯覚だろう。


「よく調べたな。お前、もしかして暇なの?」


「一日中ベッドで訳のわかんない本読んでるお兄ちゃんに言われたくないんだけど!! これでも宿に宿泊してる冒険者とか、色んなところ回りながら調べたの!!」


 宿で仕事をしているメリットの一つは色々な人の話を聞けるということだ。

 この宿はこの町でも有名な宿らしく、大手ギルド所属の冒険者や、著名な魔法使いなどが訪れたりする。


 防音対策が全く施されていない扉に耳をあてれば、部屋の中の音声は丸聞こえだ。

 地道に扉や壁に耳をあてて情報収集した汗の結晶なのだ。


 聞き耳を立てていると、中には夫婦の営み中のものもあったが、それはそれで、である。

 悪くはない。何事も経験なのだ。


「あとはパーティとか、ギルドとか組んでたりすると、その分運営費とかがかかるから、結構赤字出してるとこもあるらしいの。そこで、元敏腕経営者だったお兄ちゃんの出番! どんどん釣って、相談料をがっぽりふんだくるしかない!」


 兄は目を細くしながら、私の顔を見つめる。

 私のアイデアが輝きすぎて、言葉も出ないのだろう。


「……寝てもいい? 異世界来たばっかだから時差ボケがヤバいんだって」


「そんな嘘ついてもダメだから! ここ日本とほぼ気候変わらないし、時間も二十四時間だし、時差もほぼないし!! もう寝かせないからね!! お兄ちゃんには私と同じ、いやそれ以上に稼いでもらうんだから!!」


「お前が巨乳になってから言ってくれ、貧乳に俺の心は動かされない! ……まな板に発言権はないと思え」


「ま、ままままま、まな板ですってええええ!! これはステータスなの!! 希少価値なの!! とりあえずデカけりゃいいっていうもんじゃ……って寝てんじゃねえ、クソ兄貴!!」


 私はバケツに水を入れると、兄にぶちまける。

 兄と一緒にベッドが水びだしになり、ようやくあきらめたようで、兄はけだるそうに立ち上がる。


「もうあのクソババアに土下座して、場所も用意してもらってるの! チラシにも今日から開業って書いてあるし、さっさと起きてよ! ほらほら、寝ぐせも整えて、今日から仕事開始、開始!」

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