束の間の追憶

 「んん…っ」

 一方、とある部屋では、あの黒髪の少女が、薄暗い部屋の中、ベッドの上で目覚めた。

 タオルケットに包まれているその躰はペンダントを首にかけている以外は一糸纏わぬ全裸で、スレンダーながらもグラマラスなボディラインが浮き出ている。

 「…あ~、そういや落とされたんだった」

 少女は左目に眩しさを覚えた。

 その顔の左側には、朝には無かった鳥型の痣が、白く光り輝いていた。

 された事を体が覚えているのか、顔が紅潮している。感覚も忘れられず己の柔らかな躰をさすっている。

 「あんの二人…喝入れようとしたら、揃って襲って来やがって…」

 上半身を起こした少女は、ベッドのシーツを見て、何も無いことを確認して安心したのか、ほっ、と溜息をつく。

 「ああも、揉みくちゃにしやがって…」

 少女はあの後のことを鮮明に覚えていた。

 自分は普通のフルーツクレープを、二人には別の女の子二人にそれをあげてしまったので、日頃の恨みも兼ねて、代わりにゲテモノクレープを買ってよこしたら、一方は一見笑顔だが、目は笑っていなかったな…もう一方は喜んで食ったが。自分は羨ましかったよ。あれトッピング抜きでも結構高いんだぞ。

 で、クレープを食い終わったら、それぞれ仕返し、お礼にと言わんばかりに脱いで、んでもって剥いて…。

 『そ~ゆ~ことする悪い子にはぁ~、こうだぁ~』

 だの、

 『もらってあげるね』

 だの言って、二体のスレンダーながら豊満な肉体が、眼前に迫り、躰を弄りだして…、

 「…貞操を護るのが大変だったな」

 暫くして事情を話したら、

 『ね~え、どんな娘?可愛い子?おっぱい大きい?』

 やれ、

 『綺麗かな?綺麗かな?』

 やれ、質問攻めになって、答えられないともっと酷くなって…、

 「分かってるのかあいつら、これでも未成年で、一応…」

 まあいいか、と、少女はベットから起き上がると、タオルケットが落ちて本当に全裸になった事もお構いなしで居間に入る。

 掛け時計を見ると、時間は18時過ぎ。

 辺りを見回したが、自分が寝ている間に出かけたらしく、その二人は居ないようだ。

 「…ってあいつら、高校生が居候してるってのに、こんな物…」

 少女が見つけた物、それはガラステーブルの上に置かれているDVDだった。

 その内容は…あまり触れたくない。とにかく言葉にもしたくない。何故なら、自分の躰が無意識にそれを求めてしまうからだ。

 「二人が帰ってきたら、キッチリ言っておこう…」

 少女はテレビのリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。画面が表示されたのを確認すると、立て鏡に向かう。

 「ふう、変わってない…」

 少女は、己の姿を鏡で見る。

 流れるように美しい黒髪は、子供の頃から自分の自慢だった。今でもそれは変わらない。 

 ただ一つ、顔の左側にあるこの光る痣が邪魔だが、この可憐な素顔を見ていると、懐かしさを感じる。

 「…っ!」

 少女は、首から下を見て、一瞬目を逸らした。

 「いや、仮にもこれは自分の体だ…」

 臆病になってはいけないと、少女は覚悟を決めて鏡の方に視界を戻す。

 百六十センチの細身の躰に、たわわに実ったバスト、ウエストはキュッとしていて、ヒップも程よく出ており、首から下、一本の毛もなくスベスベだ…。

 「悩ましい、だが美しすぎる…」

 しかし、こんな体質になって以来、段々と快感になってくる、この体に。そのままの姿で見とれているのがその証拠だ。

 「…何だか、また重くなったか?」

 少女は、鏡の前で、左手で己の乳房を掴み、揉みくだす。

 「ん…んっ…」柔らかな触感と、硬くなる乳頭の感触が、掌に伝わってくる。これがこれほどにまで堪らない。何時間でもこうしていたい…この感覚に、慣れてしまいそうで恐ろしかった…。

 いつの間にか、空いている右手も、これまた空いている乳房を掴んでいる。

 「…っ」

 だが、少女はそれ以上の行動に移ろうという気は起きなかった。

 このまま、自分の躰の他の部分に触れれば、もっと気持ちよくなるかも知れないし、きっと心も楽になる。

 しかし、ソレをやってしまえば、自分が自分でなくなってしまう。

 それを考えると、絶対にやってはいけない。

 「よかった、まだ、捨てちゃいない…」

 まだ自分は自分。

 それを確認すると、少し安堵した。

 「はぁ、はぁ…しかしこのままでは、ご近所様からは痴女呼ばわりだな…」

 もし、今ここに誰か人が来たら…本当にアウトだ。

 なのに、これが好きになってきている、そんな自分が愚かしく思う。

 自分でも、本当に情けない…。

 「…このままでは、本当にウチの馬鹿か、その悪友が持ってきた私物のアレみたくなる、止めておこう」

 まぁ、もうすぐだ、もうすぐこの苦痛も終わる。それまで我慢すればいい。

 少女は躰の感触を十分に堪能し、手を離すと、首のペンダントを手に取り、カバーを開ける。

 その中に入っていたのは、数年が経ってセピア色に変色し、ボロボロになった、赤毛の少女の写真だった。

 「…あの子も、こんな目に遭っているんだろうか…」

 少女は過去のことを思い出していた。

 子供の頃遊んだあの赤毛の女の子、一日だけ遊んだ事のある笑顔がかわいい女の子。虫も殺さない、誰とも知らない自分とも接してくれた、優しい子だった…まあ、今自分は虫が好物だが。また、遊ぼうとも約束していた様な気もする。

 名前は…、

 「『おとちゃん』…」

 ちゃんとした名前は知らない。

 自分が彼女の事をそう呼んでいただけだ。

 あの子もこんな苦しみを味わっているんだろうか、体をこんな風にされて今も生きているんだろうか…。

 「そう言えば、クレープショップの前にいた娘、似てたな…」

 だが、彼女は自分の事を『ぼく』と言っていた。尤も、自分が覚えているのは、遊んだことがあるのと、赤毛が綺麗だったこと。それ以外は記憶があやふやだ。だからそれ以上は何も言えない。

 ただ…、

 「もう一度、会ってみれば…」

 無駄足かもしれない。だがそれでもいい、今は、彼女と話がしたい。何があったのか、知りたい、

 もう一度、会いたい…。

 『ここで、臨時ニュースです』

 「…?」

 テレビの方で異変が起きたのか、少女は画面に視線を向ける。

 『ご覧くださいこの惨状、これは最早人間業では出来ません!』

 ヘリかドローンを用いて上空から撮影しているのだろう、そこには、体を分かたれて転がっている無数の人々が映されていた。

 「って、ここ近所じゃないか…!」

 知っている道と家々。

 そこが惨劇の舞台になっていたことに、少女は戦慄した。

 しかし、その画面が切り替わると…。

 「…はぁぁぁぁぁぁ!?」少女は眼を見開いた。

 朝に、クレープショップで会った二人の少女が映っていたからだ…。

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